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激しい紛争からウガンダに逃れた難民たちの証言

(2009.2.20)

コンゴ民主共和国(DRC)の紛争を逃れてウガンダで避難生活を送る難民たちは、暴力、虐殺、および軍隊や武装集団に強制的に入隊させられることへの恐怖から、帰国に不安を感じている。コンゴに残る親戚から届くわずかなニュースが、帰国は危険という考えを強めているようだ。

以下に紹介するのは、コンゴを逃れてウガンダで避難生活を送る難民たちの証言である。彼らは脱出の際にほとんど何も持ち出すこともできず、群集の中で子どもたちとはぐれないようにしながら、国外への道を日夜休まず大挙して歩き、国境を越えて安全な場所にたどり着いた。

難民たちは、コンゴとの国境に近いウガンダ・イシャシャにあるマタンダ難民キャンプで、未来への希望を持つ。そしてようやく目的地のナキヴァレに到着すると、事態が違うことに気づく。ここでも生活環境は依然として厳しく、よりよい生活を手にできるチャンスはほとんどないためだ。

ワイナナ

16才のワイナナは、先日未熟児の男児を生んだ。一月半前に夫と二人でウガンザ地域の戦闘を逃れ、コンゴを脱出した。この地域では、武装集団による大量虐殺のうわさが流れ、軍隊も同様の行動に出るのではないかという恐怖が起こった後、多くの人びとが一斉に避難を決行した。ワイナナたちも村を出たときはどこへ行けばよいかわからなかったが、イシャシャの国境点を経てウガンダへ行くのがよいと聞いてやって来た。ワイナナは夫と共にマタンダ難民キャンプに到着すると、国境なき医師団(MSF)の救急診療所に直行した。そして未熟児が生まれそうだったため、直ちに帝王切開手術のため病院に搬送された。ワイナナは、コンゴには帰れないので、体調が戻りしだいすぐに夫と共にナキヴァレに行くことを望んでいる。

ミリンディ

ミリンディはゴマで看護師をしていた。2008年10月29日、武装集団が彼女の自宅に押し入り、彼女の夫、娘、両親、義理の両親、義理の兄弟を殺害した。このとき彼女はレイプされた。ある朝、彼女は9~16才の4人の子どもと義理の兄弟の12~20才の5人の子どもを連れて逃げ出すことができた。武装集団に遭わないように気をつけたつもりだが、実際にはどこへ行けば安全なのかわからなかった。ギセニに着いて、キソロから国境を越えてウガンダに逃げるのがよいと勧められた。国境を越えた一家はナキヴァレ難民キャンプに移送された。12月12日、ミリンディはナキヴァレに到着し、MSFの診療所に行った。レイプの際に受けた殴打による痛みが未だに消えていなかったのだ。MSFチームの治療を受けた後、現在は回復に向かっている。彼女はもう二度とコンゴへは帰りたくないと考えている。

センギミヴニ

ルチュルの住民だったセンギミヴニは、戦闘が始まったとき、妻と5人の子どもを連れて逃げる決意をした。一家は数千人にのぼる他の人びとと同じように、イシャシャへ向かい、国境を越えてコンゴを脱出。そこから12月上旬にナキヴァレへ移送された。ナキヴァレはコンゴよりは安全だが、生活環境は依然として厳しい。家族と共にコンゴに帰りたいと思うが、襲撃とわずかな所持品の略奪を恐れている。まだコンゴに留まっている人びとと定期的に連絡を取っているが、帰国には不安を感じている。

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