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サイトトップ > 証言 > 「みなで楽しく祝うはずの日が、恐怖の日となってしまったのです。」

「みなで楽しく祝うはずの日が、恐怖の日となってしまったのです。」

(2009.2.20)

この出来事は2008年12月24日、コンゴ民主共和国(DRC)オー・ウエレ地方のドルマから北へ7kmほど離れたバタンデ地域のある村で起こった。以下の証言は12月30日ドルマにて記録されたものである。

その日はクリスマス・イブで、多くの村人が祝いの食事を共にするために「CK20」の教会堂に集まっていた。「CK20」というのはコンゴのこの地方でたいへん人気のあるキリスト教福音運動である。なにが待ち受けているか知る由もなく、60人から70人くらいのひとびとがやって来ていた。

M.B.は畑仕事があり、集まりに行けなかった。そしてこの事件を目撃することになったのだ。

「私は村から1kmほど離れたところにいました。昼ごろ、突然、教会から叫び声が聞こえてきました。私は仕事道具をそこにおいて、何が起こったのか見に行きました。

悪夢のような出来事が起こっていました。

村の中心へと向かう道を、道のそばに生い茂っている背の高い草で身を隠しながら進みました。私の父が殺されるのを目の前にしても、どうしようもありませんでした。たった数メートルの距離のところで、2人の武装した男が父の頭を棍棒で砕きました。即死状態でした。

私は恐怖でまったく動けなくなり、茂みに隠れていました。男たちがその場を離れたので、私は茂みに隠れながら村の方へ行きました。すると、60人くらいとも思われる、大勢の武装した男たちが、小さな教会堂を包囲していたのです。村人はみな中にいました。この男たちが何者なのかはわかりませんでした。

男たちの多くは教会を囲んでいましたが、教会の建物から村人をひとりずつ連れ出している男もたくさんいました。村人たちは草むらのなかへ連れて行かれ、次々に殺されました。多くは頭を棍棒で殴られて殺されましたが、斧や刃物で殺された人たちもいました。

これが何時間も続いたように思えました。誰ひとり容赦されることなく、子ども、乳児、妊婦、老人にいたるまで、みな殺されました。60人以上が。

私にはなにもできませんでした。」

M.B.はこれ以上話すことができなかった。あとで彼は次のように語ってくれた。彼はずっと隠れていたが、武装集団がその場を離れた後、妻の死体を見つけた。妊娠中にもかかわらず殺されたのだ。そのあと、一人息子が死んでいるのを見つけた。

しばらくして、ふたりの生存者と一緒になった。そのひとり、7才の男の子は、住まいの小屋が襲われたが、なんとか脱出することができたのだった。父親は彼の目の前で殺された。もうひとりは老年の男性で、村から少し離れたところに住んでいた。

M.B.は、妻、息子、父親を埋葬した。それから5日間、地面を掘って共同墓地をつくり、20人以上の幼い子どもたちを含む50人を埋葬した。

毎晩、彼と生き残った他の2人は、草むらに隠れて夜を過ごした。

12月29日になってようやく、ドルマからバタンデに叔父を訪ねてきた人がいた。その叔父にあたる人も殺されていた。その人は残っている死体を埋葬するM.B.を手伝い、それからみなでドルマへと向かった。

7才の男の子は里親に引き取られた。この子は数日間を両親の死体の傍らで過ごしており、このインタビューを受けた日も、精神的ショックを負ったままだった。

地元にある団体、「総合的な開発のための若者の会」ではこのような心の傷を経験した子どもたちを助ける活動をしており、この男の子もそのケアを受けている。国境なき医師団(MSF)はこのグループを支援している。

M.B.は夜間眠れなくなってしまった。気が滅入り、バタンデにいつか帰れるかどうかもわからなくなっている。

12月30日、ドルマの病院に4才の女の子が入院した。武装した男たちに首を絞められて殺されそうになったが、生き延びることができたのだ。もうひとり、7才の女の子は体を数ヵ所刺されて傷を負っていたが、命を取り留めた。他にも、武装集団によって死んだものとして置き去りにされたが、生き延びることができた子どもたちがいる。オー・ウエレ地方を震撼させているこの武装グループは、「神の抵抗軍(LRA)と関連があると多くの人は考えている。

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