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サイトトップ > 証言 > 激しい銃撃戦のただ中で

激しい銃撃戦のただ中で

(2008.12.1)

Jは16才。声をひそめて体験を語る。明らかに怯え、ショックを受けたままだ。2週間前に我が身に起こったことさえ、まだ実感できていないのだろう。

戦闘が始まった時、Jと10才になる弟はニャンザレ地域の森の中にいた。「僕たちは激しい銃撃戦のただ中で立ち往生していました。本当に恐ろしい思いをしました。逃げる場所がないのです。互いを撃ち合っている武装勢力の間に文字通り挟まれてしまったのです。突然、僕のすぐそばでものすごい爆発がありました。僕は倒れ、意識を失いました。気がつくと、弟は金切り声を上げていました。彼は無事だったのですが、僕に何が起きたかを見て恐怖にかられたのです。僕はとても重い痛みを左腕に感じ、それがめちゃくちゃになっているのを見ました。弟は走り去りました。」

Jは戦闘が起きている方向に向かって森から出た。武装した男たちは、彼のためには何もできなかった。地元の人びとがやってきて、彼をニャンザレにある国境なき医師団(MSF)の診療所へ連れて行った。そしてMSFチームが 、同じくMSFによって運営されているルチュル病院へ彼を救急車で搬送した。

MSFの外科病棟責任者、フランソワは語る。「Jは到着したとき、本当にひどい容態でした。大量に失血しており、意識不明で即座に手術を必要としていました。外科医たちは彼の腕の一部でも残そうとしましたが、不可能でした。残すには骨組織があまりにもひどく損なわれていたのです。」

Jは言う。「目が覚めたとき、怖くて悲しい気持ちでした。このあと、どうなるのかわかりません。父は僕がほんの小さかったときに亡くなり、母は別の男の人と住むために家を出ました。僕は残された家族の面倒をみるはずでしたが、こんな状態になってしまい、どうすればそれができるかわかりません。今は妹が病院で僕の面倒をみてくれています。家に帰れるのかもわかりません。」

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