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サイトトップ > ニュース > 北西部で起きた地域グループ間の戦闘で7万人が避難

北西部で起きた地域グループ間の戦闘で7万人が避難

(2009.12.11)

コンゴ民主共和国(以下、「DRC」)北西部の赤道州で、地域グループ間の対立をきっかけに暴力行為が急増し、7万人が家を追われた。避難民の多くが国内の内陸部に向かっている一方、国境を越えて隣国コンゴ共和国で難民生活を送る人びともいる。国境なき医師団(MSF)は、コンゴ共和国リクアラ地方で緊急対応を開始し、また、数万人の国内避難民を抱えているDRCドンゴ南部の地域での調査を終了した。

10月末に赤道州で起きた武力衝突では、数千人が十分な持ち物もなく、家を追われた。
10月末に赤道州で起きた武力衝突では、数千人が十分
な持ち物もなく、家を追われた。

2つの地域グループ間の対立が全面的な戦闘に発展

戦闘の第一波が発生したドンゴはゴーストタウンと化している。地面には多くの遺体が放置されたまま数週間が過ぎた。殺害された人びとは約100人にのぼる。国連の報告によると、家屋、店舗、その他の建物は破壊または放火されたと伝えられる。長年一触即発の状態が続いていた2つの地域グループ間の対立は、10月に全面的な戦闘に発展し、近隣のいくつかの村に飛び火した。11月17日には、さらに南のボムボマ地域にあるサバ・サバ村で、新たな戦闘が起こった。住民と、ドンゴの戦闘で既に避難民となっていた人びとは、命懸けで逃げ出さなければならず、そのあとには多くの遺体や焼けた建物が残り、度重なる略奪が起こった。これらの状況は、11月16日~27日にMSFチームが行った調査により判明し、避難した人は7万人以上に達していることも判った。

国内避難民4万人以上に援助が届かず

4万人以上の人びとは、DRC国内のクング、ボコンジ、ボムボマ、ボンゼネ、ボトに向かって避難している。MSFのスタッフは、生きるために4日間休まず歩き続けたという人びとに会った。どこかにたどり着けても、彼らは無一文である。文字どおり着の身着のままで何も持っておらず、仮小屋、学校、教会で、あるいは現地住民の家で仮住まいをしながら、一日一日をなんとか生き延びている。また、けが人は医療費が高額で治療を受けていない。

3万人以上がコンゴ共和国内に避難

一方、少なくとも3万4000人が、ウバンギ川を越えてコンゴ共和国のリクアラ地方で難民生活を送っている。MSFはベトゥ地区の各地で移動診療を行なっているが、難民は少数グループで川沿いに散在しているため、医療チームはボートを使って難民の元に赴いている。

MSF緊急対応コーディネーターのサルハ・イッソーフーは説明する。
「約800人が紛争に関与した地域の一方に属しているため、動き回って援助を求めることができません。報復攻撃を恐れてドンゴン・ザイールとエボコの間の島に滞在しています。彼らは1組のMSFチームが彼らの元に出向いて援助にあたる予定です」

伝染性疾病の広がりと食糧不足の危機

難民の間で最も多い病気は、マラリア、呼吸器感染、下痢である。約100人がMSFの移動診療に足を運んだ。これらの患者のうち3分の1は5歳未満児である。

11月25日、ベトゥで世界食糧計画(WFP)による最初の食糧配給が始まった。しかし、食糧配給は時間がかかることが多いため、危機的な状況は今も続いている。

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