顧みられない熱帯病――カラアザール(内臓リーシュマニア症)、アフリカ睡眠病、シャーガス病、そしてブルーリ潰瘍によって、4億人を超える患者が危機に瀕している。最初の3つは顧みられない病気の中で致死率が最も高く、この4つはすべて世界保健機関(WHO)によって特に治療困難な病気と指定されている。その理由は、治療法と診断法が時代遅れで効果がないか、あるいは存在せず、また患者がほとんど医療を受けられない遠隔地や治安の不安定な地域で通院が難しい状態に置かれているためである。さらに、新薬と新たな診断法の研究開発のための資金援助は大幅に不足している。患者に積極的な診断と治療を推進する政府レベルでの疾病対策、予防法への投資、新薬専門の研究開発に適用できる大規模な資金増強がなければ、顧みられない病気の患者は今後も顧みられないままだろう。
カラアザールの患者は毎年新たに50万人発生しており、HIV/エイズ患者の日和見感染症として増加する一方である。リポソーマルアムホテリシンB(商品名:アムビゾーム)は効果的な治療薬だが、高額な薬価と輸送の難しさが普及を妨げている。例えば、インドのビハール州では、国境なき医師団(MSF)はこの薬ひと瓶に18米ドル(約1626円)支払っている。アムビゾームを用いた一連の治療には患者一人当たり200~300米ドル(約1万8066円~2万7099円)かかるため、保健省は大規模な治療体制を整備することができず、ほとんどの住民には手が届かない。患者の大半は、28日間にわたってスチボグルコン酸ナトリウム(SSG)を筋肉に注射し、強い痛みに耐えなければならない。これは1930年代に開発された治療法である。
命にかかわる寄生虫病、アフリカ睡眠病(アフリカトリパノソーマ症)はサハラ以南のアフリカ諸国に見られる病気だ。治療が長期にわたることもあるため、この病気が風土病、かつ最低限の医療しかない武力紛争地域においては、患者はとりわけ治療を受けにくい立場にあり、健康上の危機にさらされることになる。現在MSFはコンゴ民主共和国(DRC)と中央アフリカ共和国(CAR)でプログラムを運営している。近年、MSFと「顧みられない病気のためのイニシアティブ(DNDi)」は、ニフルチモックスとエフロールニチン併用療法(NECT)の5年がかりの臨床試験で、その有効性を実証する結果を得た。この併用療法は、過去の治療法に比べて簡便で投与期間も短く、患者の10%が死に至るメラルソプロールというヒ素を用いた現行の標準的治療法よりも、はるかに安全が高い。既に数ヵ国がNECTを採用し、キットの発送も始まっているが、さらなる提供範囲拡大が待たれている。
シャーガス病は南米の一部の国における風土病だが、全世界の患者数は米国内の30万人を含めて合計1500万人にのぼる。シャーガス病患者のうち推定30%が心臓や消化器の合併症を引き起こし、死に至る場合もある。この病気に関する診断法と治療プログラムは非常に少ないが、MSFは現在ボリビアとコロンビアで3つのプログラムを運営している。シャーガス病への医療対応として、積極的検査、現在入手可能なベンズニダゾールとニフルチモックスを用いた治療、および新たな診断法と新薬の研究開発が求められている。
死に至る病気ではないが、ハンセン病や結核と同種のブルーリ潰瘍は、奇形や身体障害を引き起こし、ときには命にかかわる二次感染をもたらす。MSFは現在カメルーンでこの病気の治療にあたっているが、抗生物質、適切な創傷治療、理学療法、小手術といった簡単で効果的な治療法はあるものの、まだ利用できる人の数は少ない。
人類にとって、現在進行中のこうした顧みられない病気にかかる費用は莫大である。2008年の分析では、上記の4つの病気に関する研究開発費は、わずか8140万米ドル(約73億5300万円)だった。研究開発が市場利益だけでなく保健上のニーズによって進められるよう、新たな資金援助とインセンティブのメカニズムが至急必要である。
最近発表された米国の「世界健康イニシアチブ(GHI)」では、顧みられない病気のうち、いくつかの病気は取り組み対象とされているが、現在のところ上記4つの病気は含まれておらず、世界で最も貧しく顧みられない人びとに影響を与えている病気が、さらに放置される恐れがある。現在こうした病気に苦しむ人びとがただちに治療を受けられるよう策を打つことが求められるとともに、将来の患者のために、より副作用が少なく、効果的で利用しやすい治療法、およびよりよい診断法を開発する努力が急務である。
(※ 動画は英語です)