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      <title>国境なき医師団 日本</title>
      <link>http://www.msf.or.jp/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Sun, 15 Mar 2009 10:18:05 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>[プレスリリース] ダルフールで拉致のMSFスタッフ、解放される</title>
         <description><![CDATA[<p>3月11日にスーダン北ダルフール州のサリフ・ウムラで拉致された国境なき医師団(MSF)のスタッフ4人が、14日の夕刻、無事に開放された。</p>
<p>カナダ人看護師、イタリア人医師、フランス人プログラム責任者、およびスーダン人ガードマンの4人全員が、3日間の拘束ののち開放された。4人の健康状態に問題はなく、現地に残っていたMSFのスタッフとともに首都ハルツームに向かった。</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2009/03/15/6105/msf_62.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プレスリリース</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Mar 2009 10:18:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[プレスリリース] 逃げ場を失い、緊急援助を必要とするソマリアの人びと援助活動の縮小につれて栄養失調が急増</title>
         <description><![CDATA[<p>ソマリア国民は現在、緊急に必要とされる医療が受けられない状況の中、重大な人道危機に直面している。首都モガディシオ郊外のハワ・アブディとアフグーエで活動している国境なき医師団(MSF)のチームは、今年5月だけで2500人以上の急性栄養失調児を治療した。栄養治療プログラムに受け入れた患者数は3月から4月にかけて倍増し、5月にはこれがさらに2倍に増えた。栄養失調率は過去1年の間、緊急事態を示す数値を上回っている。新規患者数が急増しているにもかかわらず、外部からの援助は、極度の治安悪化と人道援助従事者を狙った襲撃の増加によって、質・量ともに縮小している。主要な国境検問所が閉鎖されているため、紛争を逃れようと試みるソマリア人にとって避難する手段はほとんどない。</p>
<table class="box-right">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a href="javascript:void(0);/*1214558409891*/"><img height="150" alt="image" hspace="5" width="200" align="right" vspace="5" src="/files/Image/20080627_3.jpg" /></a></td>
        </tr>
        <tr align="center">
            <td>MSFの栄養治療プログラムを<br />
            受けに集まる母子たち。<br />
            ハワ・アブディにて</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<p>MSFスイス支部のオペレーション・ディレクター、ブルーノ・ジョシュムは語る。「ソマリアは壊滅状態に陥りかけているのではありません。最悪の事態は今、起きているのです。先週だけでも500人を超える重度の栄養失調の子どもを私たちの栄養治療プログラムに受け入れました。そのうち6人に1人は合併症を併発しており、入院が必要でした。今後もこうした傾向が続けば、栄養失調は5才以上の子どもや体の弱い大人など、さらに多くの人びとにまで影響を及ぼすでしょう。この状況は悲惨ですが、私たちにはこの状況の悪化を防ぐために必要な援助が提供できないのです。」</p>
<p>アフグーエとモガディシオを結ぶ道路上には、25万人以上の人びとが極度に過密な状況で生活しており、住民が首都の戦闘から避難してくるにつれてその数は増加の一途をたどっている。清潔な水は1日にひとり当たり10リットル足らずしか入手できず、大半の家族はほとんど外界から身を守るのに役立たないような一時しのぎの小屋で暮らしている。米やとうもろこしなどの基本的な食糧の価格は今年初め以来3倍にはね上がり、多くの避難民が外部からの援助に完全に依存している。</p>
<p>日常的な戦闘がモガディシオ内外で続いており、民間人に多数の犠牲者が出ている。モガディシオ周辺部に位置するデイニールにあるMSFの外科病棟では、2008年初めから外傷を受けた患者を2100人以上治療してきた。その半数以上が女性と14才未満の子どもである。患者のうち56%は、銃創や爆破による傷など戦闘に関連した負傷の治療を受けている。</p>
<p>この非常に不安定な治安状況は、援助のレベルと質を大幅に進展させる上で妨げとなっている。人道援助従事者は日常的に拉致や殺害の標的にされているため、MSFを含むどの援助団体も外国人スタッフによる継続的な援助活動を実施することができない。</p>
<p>MSFインターナショナル会長のクリストフ・フルニエ医師は語る。「政情を安定化させテロリズムと闘うという名目で、国際社会が政治的かつ軍事的な関与を行ってから2年が過ぎましたが、事態はソマリア国民にとって壊滅的な状況となっています。紛争は激化し、あらゆる当事者による民間人への暴力が人道面での悲惨な状況を生み出しています。MSFは、人道援助活動をソマリアにおける政治活動および平和維持活動から独立させ、すべての紛争の当事者が援助活動従事者に対して安全かつ妨げのない活動の場を保証することを要求します。」</p>
<div class="border-box">
<p>MSFは1991年からソマリアで活動しており、同国中部と南部では医療を提供する主要な団体となっている。2007年には約52万人の診察を行い、2万3千人の入院患者を治療し、2500件の外科手術を実施した。現在は治安の悪化により、外国人スタッフを現地に常駐させて活動することは不可能となっている。現在バコール、バナディール、ベイ、ガルグドゥード、ヒーラーン、ジュバ川中流・下流、ムドゥグ、シェベリ川中流・下流の各地方で活動を行っている。ソマリア人スタッフの献身的な活動により、ソマリア国内でプログラムを運営し、命を救うための医療ケアを提供することが可能となっているものの、現在必要とされている援助の規模に対して、実施できる活動は非常に限られている。</p>
</div>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/27/6104/post_244.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ソマリア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プレスリリース</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Jun 2008 18:13:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[プレスリリース] タイ政府がモン族難民800人をラオスへ強制送還MSF、強制送還の即時停止と送還者への医療ケアの保証を要求</title>
         <description><![CDATA[<p><a href="javascript:void(0);/*1214539633654*/"><img hspace="5" height="134" width="201" vspace="5" border="5" align="right" src="/files/Image/20080627_1.jpg" alt="image" /></a>タイ政府は6月22日、ラオスから逃れてきたモン族の難民推定800人をラオスに強制送還した。さらにタイ当局は、タイのペッチャブン県ファイ・ナム・カオ村の難民キャンプに留まっている6千人のモン族難民についても近日中にラオスへ送還すると公言している。国境なき医師団(MSF)は、タイ・ラオス両政府に対して直ちにモン族難民の強制送還を全面的に停止するよう要求している。両政府は、ラオスへの強制送還者とタイ国内の収容所に拘束されていると見られるモン族の難民へ適切な医療・人道援助がなされるよう、独立の監視機関が介入するよう促すべきである。</p>
<p>MSFはさらに、東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国および事務局長、国連の潘基文事務総長、そしてフランス、米国、中国の各政府に対して、タイ・ラオス両政府が難民保護の国際基準に従ってこの問題を解決するよう働きかけることを要求している。</p>
<p>ラオスに送還された推定800人の難民は、タイとラオスの両政府が交わしたモン族難民の強制送還の合意に反対する抗議デモに参加した約5千人が軍に拘束された後、強制送還された。2005年からモン族難民への援助活動を行っているMSFは、タイのケクノイ村付近のキャンプで抗議デモの発生後、いまだに1300人がキャンプに戻っていないと見ている。彼らの消息は不明である。</p>
<p>MSFのタイにおける活動責任者、ジル・イザールは語る。「タイ当局は、今回の強制送還が難民たちの自発的な帰還であると主張しています。これは信じがたいことです。多くの家族が引き離され、抗議デモに参加したモン族のMSFスタッフの１人は、子どもたちを残してラオスへ強制送還されました。このようなケースは他にもあります。モン族難民の多くが、ラオスに送還されることを非常に恐れています。キャンプでは、150人以上の人びとが森の中で暮らしていた数年前にラオス軍兵士から受けたとする銃創に苦しんでいます。現在行方不明になっているモン族難民の中には、ラオスで受けた暴力や迫害による心的外傷の治療をMSFから受けていた人も含まれます。彼らはラオス政府を信頼しておらず、母国に送還される前に真に安全が保証されることを求めています。」</p>
<p>難民保護において国際的に認定されている基本的な権利によると、本国への送還は身の安全に不安を抱くいかなる個人に対して強制、もしくは命じることは出来ないと規定している。さらに、いかなる送還も帰還時の身の安全を保証し、必要な場合には適切な援助がなされるべきであることを明記している。</p>
<p>イザールは語る。「今回の強制送還の実施においては透明性が完全に欠如しており、これは問題をさらに悪化させるだけです。もしタイ、ラオス両政府が独立の監視機関の介入を容認すれば、この問題の解決につながるかも知れません。」</p>
<p>MSFはタイのモン族難民に対する援助を過去3年にわたって行っており、ラオスに送還された人びとへの医療チームのアクセスが認可されれば、彼らに対して人道援助を行う構えがある。</p>
<div class="border-box">
<p>MSFは2005年7月から、タイのペッチャブン県ファイ・ナム・カオ村のモン族難民に対する援助を行っている。MSFのチームは、このキャンプで暮らす約8千人のモン族難民に対し、医療・心理ケアの実施、食糧・水・救援物資の提供を行っている。</p>
</div>
<p> ※タイ・ペッチャブン県のモン族難民の状況についての報告資料(英語)は、以下をご覧下さい：<br />
<a target="_blank" href="http://www.doctorswithoutborders.org/publications/article.cfm?id=2705">http://www.doctorswithoutborders.org/publications/article.cfm?id=2705</a></p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/27/6103/800msf.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">タイ</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プレスリリース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ラオス</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Jun 2008 13:01:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[プレスリリース] MSF、アデン湾を渡る数千人のソマリア人・エチオピア人難民の暴力的な航海の状況を告発―報告書「選択の余地なし」の発表に際し、紛争や飢餓から逃れてイエメンに到着する難民・移民に対するさらなる支援を要求―</title>
         <description><![CDATA[<p><a href="javascript:void(0);/*1213950297636*/"><img hspace="5" height="150" width="200" vspace="5" border="5" align="right" src="/files/Image/20080620_2.jpg" alt="image" /></a>毎年数千人にのぼるソマリア人とエチオピア人が、紛争や極度の貧困から逃れるために命がけでアデン湾を渡りイエメンに入国している。航海は危険と背中合わせであり、密航業者から暴力を振るわれ、イエメンに到着しても援助はほとんど受けられない。国境なき医師団(MSF)は、本日発表した報告書「選択の余地なし」において過酷な航海の状況を公表し、祖国を脱出した数千人の難民・移民・亡命希望者に対してさらなる支援を行うよう要求する。</p>
<p>ソマリアにおける戦闘の激化と、「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ大陸東部を直撃している干ばつが原因で、新たにイエメンへと入国する人は増え続けている。国連によると、2007年には3万人がこの危険な航海を試み、2008年の1月から5月の間には2万人がイエメンに到着した。しかし、そのうち多くは航海に失敗している。2007年には1400人以上の死者および行方不明者が報告され、2008年6月までには400人がイエメンの海岸にたどり着くまでに命を落した。</p>
<img hspace="5" height="197" width="200" vspace="5" border="5" align="right" alt="map" src="/files/Image/20080620map.jpg" onclick="MM_openBrWindow('/files/Image/20080620map.jpg','map','width=453,height=446')" />
<p>6月20日の「世界難民の日」に発表されたこの報告書は、2007年9月からイエメンで活動するMSFのチームが集めた250を超える証言に基づいたものである。難民たちは疲れ果て、多くは病気にかかっており、精神的に打ちのめされた状態で到着する。定員30人から40人程度の8〜10mの小船に、100人を超える難民が詰め込まれる。難民たちは2〜3日の航海中、身動きもできず同じ姿勢で座らされ、多くの場合水も食糧も与えられない。</p>
<p>密航業者は極めて暴力的で、動こうとした人はだれでも殴る。貯蔵スペースとして設けられた狭くて窓のない倉庫に詰め込まれた人びとの場合、状況はさらに深刻である。20人もしくはそれ以上がこのような場所にひしめき合い、折り重なるように座ることを強要される。非常に劣悪な状況のため、乗員の3分の1が航海中に死亡したと報告されている。主な死因は激しい殴打、水と食糧の不足、そして倉庫内での窒息である。MSFが聞き取り調査を行った人のうち何人かは、密航業者が子どもを含む難民を甲板から海へ突き落としたと証言した。</p>
<p>イエメン沿岸への上陸は非常に危険である。軍による逮捕を避けるため、多くの船が夜間に到着し、海岸には近づかない。乗員は密航業者から水深の深い海に飛び込むよう強要され、多くの人びとが溺れ死ぬ。泳げない人もいれば、感覚がなくなり体が動かせなくなる人、方向を見失って海岸にたどり着けない人もいる。</p>
<p>MSFが聞き取り調査を行ったほとんどの人は危険を承知していたが、暴力と貧困から逃れる唯一の生存手段として、他に選択の余地がなかったと証言している。危険な航海を経てイエメンに到着したとしても、窮状は終わりではない。イエメンという国は資源に乏しく、支援はほとんど得られない。MSFのイエメンにおける活動責任者、アルフォンス・ヴェルデュは語る。「現在の人道援助では不十分です。さらなる国際的な援助が必要とされており、資金拠出機関は政治面でも経済面でもこの問題に対応すべきです。イエメンに到着した難民に対する援助を増やすことが必要であり、さらに多くの団体が援助活動に取り組むことが求められています。」</p>
<div class="border-box">
<p>MSFは2007年9月、イエメン沖に到着する難民に対して医療・心理ケアおよび人道援助を行うプログラムをイエメン南部の沿岸地域で開始した。移動診療チームが海岸で救急処置と緊急援助を行い、アワル収容センター内で救急診療所を運営している。MSFは過去8ヵ月間で6千人を超える難民に援助を行った。</p>
</div>
<p>MSF報告書「選択の余地なし：命懸けでアデン湾を渡るソマリア・エチオピアからの難民・移民・亡命希望者たち」の全文(英語版)は<span class="emphasize"><a target="_blank" href="http://www.msf.or.jp/pressroom/img_press_report/pdf/YemenReport.pdf">こちら</a></span></p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/20/6102/msf_61.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イエメン</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エチオピア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ソマリア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プレスリリース</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 17:21:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] ケニア：マウント・エルゴン県、緊急援助を切実に必要とする、 恐怖に脅える人びと </title>
         <description><![CDATA[<p>国境なき医師団(MSF)は、ケニア西部マウント・エルゴン県の人びとへの緊急援助を拡大すること、および人びとが約2年間にわたり耐え忍んでいる無差別の暴力を即時終結させることを要求している。 </p>
<p><a href="javascript:void(0);/*1213942224922*/"><img hspace="5" height="113" width="201" vspace="5" border="5" align="right" alt="image" src="/files/Image/20080620_1.jpg" /></a>2006年8月以来、マウント・エルゴン県の住民は、土地配分政策を不公正なものとみなして戦闘を開始した武装集団、Sabaot Land Defence Force(SLDF)とケニア当局との間で発生した武力衝突の狭間に囚われている。これまでに数万人が避難しており、その多くは、残虐行為、人体の切断、殺人事件が頻発する中で生活を送っている。 </p>
<p>現在も人びとは必死に生き抜こうと努力を続けているが、治安が全体的に悪化する中、基本的な行政サービス、衣類、食糧、住居、毛布が不足している。人びとの多くは、高地特有の夜間の冷え込みに晒される粗末な小屋に住み、援助もほとんど得られないまま、現地の地域社会のわずかな支援に依存している。 </p>
<p>MSFは2007年4月以来、マウント・エルゴン県の住民に医療および人道援助を提供している。MSFはこの間、この暴力的な危機への注目を集めようと試み続けてきた。過去数年間の暴力により心に傷を負った人びとを目の当たりにし、また人道上のニーズが満たされないままであることから、世界に広くこの事態を知らせる必要性を感じている。MSFの活動責任者であるレミ・カリエールは語る。「マウント・エルゴン県の人びとが抱える膨大なニーズには、医療援助だけでは応えることができません。暴力からの保護、さらなる援助、そして彼らの苦境により多くの注目を集めることが必要です。」</p>
<p>騒乱に対する当局の対応は、一貫して暴力に暴力で対応するものであり、2008年3月9日に開始された警察と軍の共同作戦により頂点に達した。この軍事作戦中に紛争はさらに激化し、一般市民は、攻撃、拷問、非人間的な扱いに耐え続けている。 </p>
<p>カリエールが説明する。「MSFが活動を開始して以来、マウント・エルゴン県の医療チームは、特に2007年夏から、暴力により外傷を負った患者たちを目の当たりにし、治療を行っています。この傾向は共同作戦の開始後ピークに達し、その後1ヵ月間で負傷者250人以上を治療しました。これらの犠牲者は主に成人男性で、武装集団に関与しているとの容疑で取り調べを受けている最中に負傷しています。約2年間にわたり避難を繰り返し、極貧にあえぎ、既に心に傷を負っている人びとにとって、この状況はさらに傷を深めることにしかなりません。」</p>
<p>一方で、人びとはSLDFによる暴力にも恐怖を感じ続けている。4月中旬に襲撃され、MSFの診察を受けたある女性はこう説明する。「私たちは路上で、4人の若い男たちに襲撃されました。男たちはナタで私たちを殴打し、地面に伏せるように命じました。男性1人が亡くなり、私は意識を失いました。私たちを殴打しながら、彼らはこう言いました。『武装集団はまだ生きているぞと奴らに伝えろ！』」</p>
<p>現在、一部の人びとは自宅に戻っているものの、住民や避難民の対処メカニズムは限界に達しつつある。MSFは、これらの人びとが生活を再開できるよう、援助を増大させ、暴力から保護することを求めている。対立の根本的原因を解決することなく暴力の応酬が続く限り、状況が大幅に改善する見込みはなく、人びとの苦しみは続くであろう。</p>
<hr />
<p><strong>MSFは、マウント・エルゴン県で紛争の影響を受けている人びとに援助を行う数少ない人道援助団体のひとつである。一般市民に対する暴力がもたらす結果に対応するため、2007年4月以来、MSFの活動は、主に一次医療施設への支援を通じた無償の医療ケアの提供や予防接種、遠隔地における移動診療に焦点を当てている。MSFはまた、医療上の緊急事態に対応する病院搬送システムも設置し、衣類や毛布の配布も行っている。</strong></p>
<p><strong>マウント・エルゴン県の危機的な状況、およびその影響を受けている人びとの詳細については、以下のリンクにあるMSF報告書、「ケニア：忘れ去られたマウント・エルゴンの紛争」をご覧ください。（PDF形式、英文）<br />
<a target="_blank" href="http://www.msf.or.jp/pressroom/img_press_report/pdf/MtElgon_June2008.pdf">http://www.msf.or.jp/pressroom/img_press_report/pdf/MtElgon_June2008.pdf</a></strong></p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/20/6101/post_243.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ケニア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 15:07:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] ミャンマー・サイクロン：緊急対応に向けた現地スタッフの採用とトレーニング</title>
         <description><![CDATA[<p>国境なき医師団(MSF)は、ミャンマーを襲ったサイクロン「ナルギス」に対し、現地スタッフを直ちに動員できたことにより、被害者のニーズに迅速かつ効果的に対応することができた。しかし、災害の規模や、緊急対応に求められる特定の技能を考慮し、MSFはさらに合わせて数十人の医師、看護師、ロジスティシャン（物資調達管理調整員）、水・衛生の専門家を採用し、トレーニングを行っている。</p>
<table class="box-right">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a target="_blank" href="/files/Image/20080616_3.jpg"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="150" border="5" align="right" alt="image" src="/files/Image/20080616_3.jpg" /></a></td>
        </tr>
        <tr align="center">
            <td>トレーニングの様子</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<p>MSFの事務所の外に置かれたベンチに座り、ミャンマー国内から集まった十数人の若者が慎重に申込書に記入している。いずれも医師、看護師、または工学技術の専門家である男女で、皆が「自国民を助ける」ためにイラワディ・デルタ地域へ赴くことを希望している。面接を経て最も能力とやる気のある者が選ばれ、研修を受けた後にデルタ地域で活動するMSFのチームのいずれかに加わる。ミャンマーにおけるMSFの活動責任者、ソヘイル・レイチュは語る。「既に現地スタッフが大勢いたとはいえ、これほど劇的な被害に対応するためにはさらに多くの現地スタッフが必要でした。元々現地スタッフだった人は、既に１ヵ月に渡り極めて困難な状況の中で活動を続けており、スタッフのローテーションも組まなければなりません。さらに、通常行っているプログラムでHIV/エイズ、結核、マラリア患者への医療ケアの提供を続けるためにも、元からのスタッフが必要となっています。」</p>
<p>被災2週間後からこれまでに、MSFは医師20人、看護師10人、水・衛生の専門家およびロジスティシャン30人以上にそれぞれトレーニングを実施している。</p>
<p>医療トレーニングを担当するオーストラリア人医師、スコット・ブラウンが説明する。「医師と看護師へのトレーニングの主な目的は、活動地で直面するであろうさまざまな状況に対処できるようにすることでした。この種の緊急事態では、食糧や避難場所に関する人びとの援助ニーズの調査、5才未満の子どもの栄養状態のスクリーニング、疾病の監視などについて特別な研修が必要となります。」これ以外にも、新規に採用したスタッフは4日間以上、現在デルタ地域で見られる水を媒介する感染症、呼吸器感染症、マラリア、デング熱、栄養失調といった主な病気の治療に関するMSFの手順について教育を受ける。</p>
<p>食糧以外で、被災者のニーズの中で最も大きいものの1つが清潔な飲料水の入手である。デルタ地域の多くの区域で、池や井戸およびその他の水源が塩水と泥で汚染されており、また村人たちは水汲み用の容器のほとんどを失なってしまった。MSFのチームはこれまでに約4万個のバケツと貯水容器を配布し、数十ヵ所の村で池の清掃を開始した。同時に、ヤンゴンでは新たに採用した技師や技術者たちに対して2日間のトレーニングを実施し、村での水源調査や水を浄化しその透明度や質を検査する方法、水を沸騰させて再び汚染されないようにすることの重要性を村人たちに教える方法についての教育を行った。ヤンゴンにある事務所の庭には貯水タンクと集水システムを備えた水・衛生施設の見本が設置され、研修生たちが学んだことを実習できるようになっている。</p>
<p>MSFは数百トンの食糧と救援物資をデルタ地域に輸送しており、現在直面している最大の課題の1つは、これら配布と物流管理である。MSFのトレーニングを受けたミャンマー人ロジスティシャンは、倉庫の管理および全ての在庫の行先管理の方法を学んでいる。</p>
<p>水・衛生活動のトレーニングを受け、デルタ地域のボガレイに向かおうとしている23才の機械技師、モーは語る。「私は被災者の力になりたいと思い、MSFに加わりました。私たちにとっての最優先課題は水が媒介する感染症の発生を予防することです。赴任先の村々で、上手くできればよいのですが。」</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6100/post_242.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー　サイクロン</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー　サイクロン　緊急支援</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 19:12:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] 中国・四川大地震：心理療法士へのインタビュー</title>
         <description><![CDATA[<p>四川省で発生した地震の被災者の多くは、家屋や財産を失ったばかりではなく、友人や家族も失っている。地震という恐ろしい経験をした後、多くの人びとは未だにショック状態にあり、明らかに心理的な支援を必要としている。現在、国境なき医師団(MSF)の心理療法士4人とソーシャルワーカー1人からなるチームが、被災者が臨時の避難所で暮らす彭州市龍門と綿竹市汉旺の2ヵ所で活動を行っている。</p>
<p>被災者に心理ケアを提供しているMSFの心理療法士のひとり、マリーネ・リーが四川省での体験を語った。</p>
<p><strong>Q.地震後の四川省で、どのような心理上の問題を目にしましたか？</strong></p>
<table class="box-right">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a target="_blank" href="/files/Image/20080616_2.jpg"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="150" border="5" align="right" alt="image" src="/files/Image/20080616_2.jpg" /></a></td>
        </tr>
        <tr align="center">
            <td>マリーネ・リー心理療法士（中央）</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<p>A. 広範囲にわたる情緒的、行動的、認知的反応の症例を見てきましたが、犠牲者と災害との近接性によって差異が見られます。例えば、地震で重傷を負い、自宅が全壊し、着の身着のままで逃げ、家族や友人を失った被災者の場合、無力感や絶望、あきらめ、将来に対する不安、健康に関する懸念などの兆候が見られました。比較的軽傷で、自宅も家財も被害を受けなかった地域から避難し、家族や友人を失っていない被災者については、睡眠障害、食欲減退、嘔吐、頭痛など心因性の訴えが極めて多く見られました。また、多くの被災者が悪夢にうなされ、神経過敏や不安になり、ちょっとしたことに驚き、余震を心配していると語っています。</p>
<p><strong>Q. 地震後の最も深刻な心理的反応には、どのようなものがありますか？</strong></p>
<p>A. 心理療法士としての個人的な考えですが、絶望と落胆は患者に見られるかなり深刻な症状だと思います。避難民キャンプのひとつで102才になる一家の曾祖父に会った時のことを覚えています。102才で曾孫たちに先立たれるのは辛いことです。彼は曾孫全員と自分の子ども数人を地震で失い、泣き止むことができませんでした。これほどの年齢になると、曾孫たちには他の亡くなった子どもたちと同様に長い前途があったのに、自分はいわゆる「役立たずの102才」にすぎない。それなのに、どうして自分は災害を生き延びてしまったのか、今後どうなるのだろうか、とあれこれ思い巡らすのです。</p>
<p><strong>Q. 先ほどの説明にあった地震の被災者における患者2種類の中で、心理ケアが至急に必要だと思われるグループはありますか？</strong></p>
<p>A. 大災害の後、弱い状況に置かれやすい集団は複数あります。まず明らかなのは幼い子どもたち、特に孤児となったり、あるいは死や負傷の危険に晒された子どもたちのグループです。次に高齢者のグループですが、彼らは顧みられない傾向にあります。3つ目のグループは、最愛の人を失った人びとのグループです。特に中国は一人っ子政策を導入しており、子どもが亡くなった、あるいは行方不明となっている親にとっては非常に辛い状況です。さらに、援助活動従事者も心理ケアの支援を受けるべきグループのひとつです。四川省では、膨大な数の援助活動従事者が捜索や救出活動、被災者への医療提供を行っています。多くの死者や負傷者を目の当たりにしてきたため、援助活動従事者は、今から長期的にわたる心理的支援を受ける必要があります。</p>
<p><strong>Q. MSFは地震後の緊急援助のニーズに対応するためにどのような活動を行ってきましたか？</strong></p>
<p>A. 私たちは地震直後にさまざまな活動を行いましたが、その内容は災害後の状況の段階ごとに異なります。しかし、基本的に主な活動は、病院や国内避難民キャンプにおける心理ケアのニーズの調査、華西病院精神衛生センターにおける臨床面、研究面での助言の提供、病院2ヵ所における被災者への心理的支援の提供、これらの病院の医療従事者に対する基礎的な心理ケアの研修の実施を中心としていました。また、地震体験後に予想される一般的な反応に関する心理教育、およびこのような反応に対処するめの自助的な方策についてアウトリーチ活動*を実施しました。<br />
</p>
<p>*こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること</p>
<p><strong>Q. 診察中、被災者たちの間で地震に対処する上で役立っていると思われる要因や行動について、何か気づいたことはありますか？</strong></p>
<p>A. 非常に顕著だったのは、地域の強い結束力と、家族単位だけではなく地域レベルでも互いを支え合うという人びとの間の連帯でした。同じ村の人びとを支援している住民は私たちにこう言います。「ご覧の通り大変な時ですが、私たちはなんとかやっています。他の村の人びとの方が、あなた方の助けを必要としていると思います。」この地では、社会構造の中に非常に強固な支援システムが織り込まれています。社会的支援は災害からの回復を示す強力な指標であり、私はこれが中国の人びとにとっての力強い保護的要因になると思います。</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6099/post_241.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国四川地震</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国四川大地震 緊急支援</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 19:03:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] 中国・四川大地震の活動状況：震災から1ヵ月、心理的支援を被災者に継続</title>
         <description><![CDATA[<p>5月12日に中国の四川省でマグニチュード8.0の地震が発生してから1ヵ月が過ぎた。国境なき医師団(MSF)は地震の被害に遭った人びとに心理的支援の提供を継続している。災害後の心的外傷に対応した経験を持つ心理療法士のチームが、医療スタッフに助言とトレーニングを行い、人びとが避難している場所で心理ケアプログラムを開始している。</p>
<p>四川大地震に対する現地、地域社会、政府の対応は大規模なものであるが、特に心理ケアなど、いくつかの援助ニーズが残っている。</p>
<table class="box-right">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a target="_blank" href="/files/Image/20080616_1.jpg"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="150" border="5" align="right" alt="image" src="/files/Image/20080616_1.jpg" /></a></td>
        </tr>
        <tr align="center">
            <td>心理教育セッションを行う現地スタッフ</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<p>MSFの四川省における緊急コーディネーター、シンディ・フアンは語る。「この地震は、政府や現地の対応の迅速さと効率の点において、他の自然災害とは異なります。世界の他の場所で起きている同じ規模の緊急事態と比べると、広範な救援活動のなかで、MSFが果たす役割は限られています。」</p>
<p>「MSFは緊急医療・人道援助を専門としているため、復興に加わる予定はありません。緊急対応は迅速かつ効率的なものですが、再建のプロセスは、物質的にも人的にも長期にわたることを心に留めることが重要です。中国に迅速に質の高いインフラを再建する能力があることに疑う余地はありませんが、生活を立て直すプロセスはより困難です。多くの負傷者は迅速かつ大規模な救援活動により救助されましたが、日常生活に戻るためには多くの時間や手段が必要です。例えば、地震により体に障害を負った人びとは理学療法やその他の現実的な、そして心理的な支援が必要です。私は皆さんに、それぞれの生活や地域社会を再建するために全力を尽くすという意味での再建を考えてもらいたいと働きかけています。」</p>
<p><strong>避難場所における心理ケア</strong></p>
<p>食糧や住居など、ほとんどの基本的な援助ニーズは解決したものの、被災者の中には生きて行く上でのバランスを取り戻すために心理ケアを必要としている人びとがいる。</p>
<p>現在、心理療法士3人から成るチームが、被災者が避難生活を送っている綿竹市汉旺で活動をしている。彭州市龍門における心理ケアプログラムは、6月第2週前半に終了した。</p>
<div class="border-box">
<p>震災後、MSFが段階的に行った心理ケア活動</p>
<ol>
    <li> 病院や避難民キャンプにおける心理ケアのニーズの調査</li>
    <li> 搬送病院2ヵ所における心理的支援の提供</li>
    <li> 医療スタッフへの、心理面での応急処置、患者の管理、家族による自己ケアに関するトレーニング</li>
    <li> 地域におけるアウトリーチ活動の実施。地震の後に一般的に現れる心理反応についての教育や、それへの自助的対処に関して。</li>
    <li> 画渓の西中華病院内にある心理ケアセンターでの診療</li>
</ol>
</div>
<p>MSFは中国赤十字社と密接に協力し、テント4570張、ビニールシート800束、下着1万枚や洗面器2千個などの基本的物資を配布した。また、地域内の複数の医療施設に医薬品や医療物資を寄付した。</p>
<p>これまでにMSFの海外派遣スタッフ約40人と現地スタッフ16人が被災地で活動を行い、被災者の医療ニーズと基本的援助ニーズの調査、外科治療と基礎医療、腎臓病学の専門的知識の提供、心理ケアを行った。また、政府などによる救援活動のために医療・非医療物資を寄付した。</p>
<p>MSFは人びとの援助ニーズへの対応を継続する。6月12日時点で、MSFの海外派遣スタッフ8人と現地スタッフ9人が四川省で活動を行っている。</p>
<div class="border-box">
<p>MSFは1988年から中国で活動している。地震発生当時、MSFのスタッフは2003年から広西チワン族自治区の南寧で、広西壮族自治区の公衆衛生当局および疾病対策センターと提携して行っているMSFのHIV/エイズ治療プログラムで活動していた。一方湖北省の襄樊で行っていた HIV/エイズ治療プログラムは、2008年初頭に中国当局に移管した。</p>
</div>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6098/1_7.php</link>
         <guid>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6098/1_7.php</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国四川地震</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中国四川大地震 緊急支援</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">緊急ニュース</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 18:47:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[派遣者の声] 名和　正行　（イラン・メヘラン　麻酔科医）</title>
         <description><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<img width="598" height="32" alt="今回の派遣" src="/work/img_worker/workerSubCaption1.gif" />
<p> 派遣期間：2008年2月〜2008年5月<br />
派遣国・プログラム地域：イラン・メヘラン<br />
ポジション：麻酔科医</p>
<p><strong><img width="100" vspace="5" hspace="5" height="127" border="5" align="right" src="/files/Image/20080616nawa.jpg" alt="image" />1.なぜMSFの海外派遣に参加したのですか？</strong></p>
<p>医療過疎地に貢献したいからです。</p>
<p><strong>2.今までどのような仕事をしていたのですか？　また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか？</strong></p>
<p>基本的には麻酔科医です。MSFの派遣に参加した後に、守備範囲を広げたくて総合診療の研修を受けました。</p>
<p>活動地では、生活も医療環境も日本とは全く違います。仕事よりも山歩きや貧乏旅行の経験の方が役に立ちました。</p>
<p><strong>3.今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか？また、具体的にどのような業務をしていたのですか？</strong></p>
<p>イランとイラクの国境にある町での救急医療、特にイラクからの外傷患者の受け入れが主な目的でした。公立病院の一角を借りての活動です。しかし混乱の中心であるバグダッドからは遠く、政治的な理由で国境を越えるのも困難なため、プログラムが開始してから7ヵ月間は開店休業状態でした。その後、プログラム内容にイラクからの「外傷後の四肢変形患者に対する整形外科治療」を追加したことにより、ようやくMSFとして患者を受け入れることができました。イラクからの最初のグループは7名、どの人も爆弾テロの巻き添えや某国兵士に不当に銃撃されたという戦争の被害者で、脚の変形や感染の合併症に苦しんでいます。</p>
<p>麻酔科医として上記の患者を手術時に管理するほか、MSF以外の業務で現地の一般外科・産婦人科医の手術時の麻酔に協力しました。</p>
<p>その他には、イラン・イラク戦争時の地雷が多数残っており、今も週に1度ほど地雷事故が起きています。約半数は即死するため病院にも来ませんが、搬送があれば救急外来での処置にも手を貸しました。</p>
<p>正直、今までで一番ヒマな派遣でしたが、一方で戦争をもっとも身近に感じたものになりました。</p>
<p><strong>4.週末や休暇はどのように過ごしましたか？</strong></p>
<p>近所の子どもたちとサッカーをしたり、料理や読書をしたり、トレーニングジムに通っていました。</p>
<p><strong>5.現地での住居環境についておしえてください。</strong></p>
<p>レンガ造りの近代的な豪邸でした。エアコン、衛星放送、温水シャワーが完備していました。小さい町ですが近所にインターネットカフェ、トレーニングジム、アイスクリーム屋まで揃っていました。MSFの派遣ではありえない待遇でした。電気や水道がない活動地に慣れていたので贅沢すぎるような気もしました。</p>
<p><strong>6.良かったこと・辛かったこと</strong></p>
<p>辛かった事は、時差ボケ（パリ経由で入国したため）、単身赴任、長期のルームシェアです。</p>
<p><strong>7.派遣期間を終えて帰国後は？</strong></p>
<p>再就職します。</p>
<p><strong>8.今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス</strong></p>
<p>以下はあくまでも私の体験と、医師の視点からのアドバイスです。MSFの採用基準とは関係ありません。</p>
<p>派遣により大差がありますが、一般的に生活環境は過酷です。潔癖症や好き嫌いが多い方はまず使い物にならないでしょう。ある活動地では部屋に虫はもちろん、ヘビ、ネズミ、サソリなども出没しました。</p>
<p>日本の医療は細分化されていますが、MSFでは専門外の事だらけです。患者の不利益にならない範囲で専門外の分野にも踏み出す積極性が必要です。そして専門外というのは、医療以外の業務、テント設営や物資の積み込みなども含まれます。</p>
<p>理由は参加してみればわかりますが、日本語のテキストは何の役にも立ちません。どうしても持参したい方も現地に置いてくることはやめてください。多くの人びとが1日1ドル以下のお金で生活している所に平気で数千円もするテキストを捨ててくるような感覚の持ち主に、人道援助をする資格はありません。</p>
<p>体力はある方がいいでしょう。自身の下痢や虫刺され程度は、歓迎の儀式だと思ってください。地震の救援活動に参加した時には、20㎏の医薬品を担いで山道を歩きました。スポーツでの交流も大切な業務だと思います。</p>
<p>医療や語学の能力も必要ですが、何よりも普段の価値観を捨てて現地に馴染む事が大切です。楽しくなければいい仕事はできません。</p>
<img width="598" height="32" alt=" MSF派遣歴" src="/work/img_worker/workerSubCaption2.gif" />
<p> 派遣期間：2004年6月〜2004年10月<br />
派遣国・プログラム地域：ネパール・ルクム<br />
ポジション：内科医・麻酔科医</p>
<p> 派遣期間：2005年5月〜2005年6月<br />
派遣国・プログラム地域：インドネシア・シグリ<br />
ポジション：麻酔科医</p>
<p> 派遣期間：2005年10月〜2005年11月<br />
派遣国・プログラム地域：パキスタン・ハティアン<br />
ポジション：麻酔科医</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6097/post_240.php</link>
         <guid>http://www.msf.or.jp/2008/06/16/6097/post_240.php</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2008</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イラン</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">派遣者の声</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麻酔科医</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Jun 2008 18:34:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] ミャンマー：「保護する責任」の適用は可能か</title>
         <description><![CDATA[<p>フランソワーズ・ブーシェ=ソニエは、『人道法の実用的解説(The Practical Guide to Humanitarian Law)』の著者であり、国境なき医師団(MSF)の法務ディレクターを務めている。サイクロン「ナルギス」直撃後のミャンマー当局による国際援助の制限に関して、「保護する責任」という概念が誤って持ち出されている点について、ブーシェ=ソニエは次のように考察している。</p>
<p><strong>Q.自然災害における国際人道援助に関して、法的な枠組みはありますか？</strong></p>
<p>A. 国連総会で決議された通り、自然災害の場合に適用される規定には中心となる概念が2つあります。ひとつは、被災国の領土内の人びとに対する援助を調整して提供し、援助団体の活動を促進する責任、もう一つは、被災国を支援しその対応能力が不十分な場合には増強する、国際社会の連帯です。</p>
<p>しかし援助の分配という点においては、国際社会はこれを管理する権利も義務もありません。したがって、被災国が支援の協力を拒否した場合に関する条項はなく、拒否を覆す権限もありません。NGOや国家は、たとえ被災国の政府が独裁政権であっても、その意向を無視することはできず、援助の可能性と形態に関しては被災国と交渉しなければならないのです。</p>
<p>被災国に決定事項を法的に強制できる唯一の機関は、国連安全保障理事会です。国連憲章第7条に基づき、平和に対する脅威が存在する場合には、この強制権を行使することができます。</p>
<p>したがって、ミャンマー政府に対して、サイクロン「ナルギス」直撃後の救援活動を立ち上げるために、外国からの援助従事者が入国することを認めるよう強制できる法律はないのです。</p>
<p><strong>Q. 「保護する責任」とは何ですか？</strong></p>
<p>A.ミャンマー問題に関して、政治指導者たちは公的な場でこの「保護する責任」という概念に言及しています。しかしこれは、自然災害に際しての人道援助の制限を解決するものではありません。安全保障理事会が、大量虐殺、戦争犯罪、民族浄化、および人道に対する罪に対して、その権限を行使する機会を拡大するための論理です。</p>
<p>この「保護する責任」という概念は、明らかに法律の発展的な解釈を可能にしています。安全保障理事会は、当事国に対する強制措置を取る上で、平和に対する脅威が存在することを証明する必要がなくなりました。ただし、大量虐殺や人道に対する罪という状況においてさえも、適用には安全保障理事会の個別の票決が必要なため、この権限は仮のものでしかありません。</p>
<p>ミャンマーでは現在、国民が極めて危険な状態に置かれており、人道援助への制限も現実にありますが、これを大量虐殺や大規模犯罪などと定義する条件を満たしていないため、安全保障理事会は「保護する責任」の適用に関して合意に達しませんでした。</p>
<p><strong>Q. 現行の規制条項が不適切なのでは？</strong></p>
<p>A. 今日、急を要するのは法改正ではなく、この権限の行使に代わる方法を明らかにすることです。ミャンマーの場合、誰もが容認しがたいと見なす制限と被害の規模を考慮して、市民社会の怒りと外交上の相乗効果をまとめることが緊急に必要です。</p>
<p><strong>Q. 「介入する権利」という概念も持ち出されていますが、これはどのような意味ですか？</strong></p>
<p>A. 国際人道法において「介入する権利」という表現は存在しないことを、まず念頭に置く必要があります。「介入」は定義された法的概念ではありません。</p>
<p>「介入」とは、政府の承認なしに入国するNGOに関して用いられてきた表現です。しかし、NGOは常に、ある国のある地域において、そこを支配する勢力の合意のもとに活動するため、言葉通りの「介入」は決して起こりません。例えば1980年代のアフガニスタンにおいてMSFは、カブールの中央政府の承認は受けませんでしたが、地域を支配していたムジャヒディン*の承認のもとに活動を行いました。<br />
*「イスラム聖戦士」の意。ここでは、地域を支配していたムスリム系ゲリラを指す。</p>
<p>政治指導者たちは、国際諸国がある政府に外国勢力を受け入れるよう要請、あるいは強制できることを示唆するこの「介入」という概念に飛びつきました。その結果、「人道的介入」という表現が誕生したのです。しかし、「人道的介入」は明らかに軍事力を伴うのですから、その意味を誤解してはなりません。この概念も、国連憲章第7条で法的枠組が提示されており、1990年から1991年の湾岸戦争、そして1992年のソマリア内戦の際に適用されました。</p>
<p>また、こうした権力の行使が、援助の確実な分配を保証する訳ではないことも指摘しなければなりません。さらに、軍事力の行使には長い準備期間が必要であり、必ずしも住民によりよい援助を提供できるとは限らないため、人道援助を軍事的に展開するという考え方の有用性についても自問すべきです。</p>
<p>一方で、軍事的援助や政治的援助には現実的な危険、つまり暴力を拡大させかねない危険があります。1992年のソマリア内戦の場合のように、人道援助の車列を保護するために、ある時点で、その地域の支配者と交戦せざるを得なくなるのです。人道的介入とはソフトな表現ですが、その効果は人道援助よりも軍事行動の面に現れるのです。</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/12/6096/post_239.php</link>
         <guid>http://www.msf.or.jp/2008/06/12/6096/post_239.php</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー　サイクロン</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー　サイクロン　緊急支援</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:59:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] ナイジェリア：髄膜炎とはしかに対する緊急対応、ヨベ州では栄養失調のスクリーニングを行う</title>
         <description><![CDATA[<p>ナイジェリア北部のカツィナ州における国境なき医師団(MSF)の髄膜炎への緊急対応は、6月初旬に終了した。MSFチームはそれまでに約10万人の子どもに予防接種を実施し、MSFが支援する診療所では422人が治療を受けた。一方、北東部のヨベ州で活動する別のチームは、280人の治療を行った。</p>
<p><strong>髄膜炎の後にはしかが流行</strong></p>
<p>チームはヨベ州で別のはしかの流行を発見した。MSFが支援する診療所では、約1500人のはしかの感染例を治療した。MSFは医療スタッフのトレーニングを行い、医薬品を寄付し、患者向けの新しい医療施設を設立する支援を行った。</p>
<p>また、はしかの集団予防接種をヨベ州で6月4日に開始した。今後1ヵ月にわたり、15チームが生後6ヵ月から15才までの19万2千人の子どもにワクチンを接種する。各チームは、ナイジェリア保健省からのスタッフを含む12人から成る。子どもたちには、はしかが原因となって起きる眼合併症を予防するため、ビタミンAも投与する。</p>
<p><strong>栄養スクリーニング</strong></p>
<p>チームはまた、5才未満の子どもの栄養失調を発見するためのスクリーニング検査も開始する。既に、重度の栄養失調児80人が治療を受けている。MSFはこのスクリーニングにより、栄養治療を必要とする子どもたちの数と、それがはしかによるものかどうかを推定する。予防接種チームが治療を要すると確認した子どもたちのために、5つの搬送病院を指定している。</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/12/6095/post_238.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">はしか</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ナイジェリア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">栄養失調</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">髄膜炎</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:57:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] エチオピア南部で栄養治療プログラムを拡大</title>
         <description><![CDATA[<p><a href="/files/Image/20080605_1(1).jpg" target="_blank"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="267" border="5" align="right" src="/files/Image/20080605_1(1).jpg" alt="image" /></a>ジャラロは心配している。妻がエチオピア南部のオロミヤ州シャシェメネにある国境なき医師団(MSF)の入院治療センターに、1才になる双子の子どもたちを連れて行き、栄養失調の治療を受けている。しかし、家にいる他の10人の子どもたちには、食べるものがない。ジャラロが説明する。「私は農場で作物の見張り役として働いていましたが、今年は雨が降らないため、仕事がほとんどありません。何か食べられる日もありますが、何も食べずに寝る日がほとんどです。」</p>
<p>これはジャラロに限ったことではない。5月13日にオロミヤ州で栄養治療を開始して以来、MSFはシャシェメネ、ロピ、センベテ・シンクイールにある入院治療センター3ヵ所に、合併症を伴う重度の栄養失調児を700人以上収容した。さらに、重度の脱水症状やマラリアなどの合併症は併発していないものの、同州の診療所8ヵ所で通院治療を受けている栄養失調患者が1500人以上いる。</p>
<p>エチオピアでは約700万人が日々の食糧を援助に頼っており、栄養失調は珍しいことではない。しかし、今年は多くの異なる要因が重なり、例年以上に厳しい状況を生み出している。MSFのエチオピアにおける活動責任者、フランソワ・カラスは語る。「オロミヤ州においては、ほとんどの患者が、今年は小雨季に雨が降らなかったために食糧がないと言っています。しかし、高いインフレ率や食糧価格の高騰など、その他の要因もあります。ここに住むほとんどの人びとにとって、生きることは日々悪戦苦闘することですが、今年の闘いは多くの人に厳しすぎて耐えられないものになりました。」</p>
<p>理由はどうあれ、MSFのチームが目にする栄養失調のレベルは憂慮すべきものである。MSFは栄養治療の活動を開始する際に、状況の深刻さを把握するために迅速な調査を行う。一般に、重度の急性栄養失調の割合が3%以上であれば緊急栄養治療プログラムを開始する。南部諸民族州の一部地域では、この割合が11%にものぼることが最近の調査で分かった。MSFはこの結果を受けて、この州で最も人口密度の高い地域の一つであるカンバタに入院治療センター設置した。</p>
<p>MSFは緊急医療援助団体として、最も重度の栄養失調患者を治療することに焦点を当てている。しかしながら、より総合的な予防策を講じない限り、人びとを治療する成果は限られるであろう。カラスは説明する。「まだ栄養失調や病気がそれほど進行していないという理由から、治療センターに来た人びとにそのまま帰ってもらうこともあります。しかし帰っても食糧がないことは分かっており、患者の病状が悪化して再びやって来るのも時間の問題かもしれないのですから、辛いことです。私たちは患者が退院する時に栄養治療食と家族分の食糧を渡していますが、食糧援助機関による配給が大幅に増加しない限り、今後数ヵ月にわたり栄養失調児を診察し続けることになるでしょう。」</p>
<div class="border-box">
<p><strong>MSFのエチオピアにおける栄養治療</strong></p>
<p>オロミヤ州では、MSFはシャシェメネ地域のシャシェメネ、およびシラロ地域のロピ、センベテ・シンクイールに入院治療センター3ヵ所を設置している。</p>
<p>また、オロミヤ州のシャシェメネ、ファジゴール、トガ、シャラ、アレム・ゲボヤ、ロピ、センべテ・シンクイール、アレム・テナで8つの通院治療プログラムを実施している。</p>
<p>最近、南部諸民族州のカンバタに新たに入院療養センターを設置し、通院治療プログラムを開始した。</p>
<p>今後、MSFシャラに入院治療センターを設置し、さらに2つの通院治療プログラムを実施するほか、シラロ地域でさらに3つ、南部諸民族州のカンバタでさらに7つの通院治療プログラムを実施し、さらに活動を拡大する予定である。</p>
</div>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/12/6094/post_237.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エチオピア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">栄養失調</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:53:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] コロンビア：紛争の続く農村部で活動した精神科医へのインタビュー</title>
         <description><![CDATA[<p>コロンビアのカケタ県で2年間、国境なき医師団(MSF)の精神科医として活動したアレサンドロ・ウベールが、以下にMSFの心理ケアプログラムの内容、紛争の真っただ中にいる農村部の住民が抱える援助ニーズなどについて語った。</p>
<p><strong>Q. MSFはカケタ県で現在どのような心理ケアプログラムを実施していますか？</strong></p>
<p><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="279" border="5" align="right" onclick="MM_openBrWindow('/files/Image/20080612colombia.gif','map','width=488,height=680')" src="/files/Image/20080612colombia.gif" alt="map" /> A. MSFはカケタ県の県都フロレンシアにある心理ケア診療所で、2005年3月から活動を続けていて、2006年7月からは、県内の他の都市へも診療チームを定期的に派遣しています。これらの診療チームの派遣は、MSFの存在と活動を目に見えるものにする上で貢献していると思います。また、治安上の問題から2004年以来アクセスできずにいる農村部で活動を再開するために、必要な接点を築くという点でも役立っています。農村部のサン・ビセンテ・デル・カグアンでは2007年7月から、また、カルタヘナ・デル・チャイラでは2008年1月から、それぞれ活動を再開できるようになりました。</p>
<p><strong>Q. 農村部の住民は都市部の住民と同じ問題に直面しているのですか？</strong></p>
<p>A. いいえ。問題は同じではありません。フロレンシアに到着する国内避難民は、住んでいた村を離れ、紛争を体験し、すべてを失った人びとです。一方、農村部の人びとは紛争の真っただ中で生活しています。自分の農地で家畜や作物を育てて暮らしていますが、毎日、あるいは定期的に紛争に耐えなければなりません。</p>
<p><strong>Q. 治療の際に最も多く見られる症状は何ですか？</strong></p>
<p>A. 抑うつ症が20%、そして適応障害がほぼ同じ程度です。適応障害は、新しい状況への適応が必要な国内避難民に主に見られます。人間関係の問題や虐待、過失などが原因の症状も見られます。それから、不安神経症や、非常に数は少ないものの、急性ストレス障害や心的外傷後ストレス障害もあります。数が少ないのは、おそらくより重い症状に変わってしまっているからでしょう。人びとが心的外傷を引き起こす出来事を体験した直後に到着した場合には、急性ストレス障害が見受けられます。紛争状態や身近な人の暗殺を経験するのは遠く離れた密林地帯においてであり、フロレンシアに到着する時には既に1～2週間経過しているため、症状は急性ではなくなっています。</p>
<p><strong>Q. 農村部には、心理療法士による診察を求める人びとが多数いますが、なぜでしょうか？</strong></p>
<p>A. 心理ケアチームには、臨床心理療法士のほか、地域社会に密着した社会心理療法士もいます。彼らは心理ケアを推進し心の病気の予防を行う専門家で、その任務の一つは、心の健康とは何かを説明することです。私たちが心の健康と呼ぶものが何を意味するか、分かりやすく説明すれば、人びとはすぐに理解します。</p>
<p>例を挙げると、社会心理療法士は、不眠症、不安、悩み、人間関係の問題などがある時や、自分の子どもに対して攻撃的になる、あるいはもう生きていたくないと思う、などの場合に心理上の問題があると説明します。このように説明すれば人びとは十分に理解し、もし自分の心理上の問題に気づけば、心理療法士と話をしたいと思うようになります。MSFが世界的な団体であることから、人びとはMSFの心理療法士を信頼できる、そして何よりも村とは関係がない人物であると考えます。というのも、村では個人的な問題でもふつう隣近所の人と話すことになっているからです。</p>
<p><strong>Q. 人びとは心理ケアの診察に何を求めているのでしょうか？</strong></p>
<p>A. 単に自分の話を聞いてくれる人を求めているだけのこともあれば、自分が何か判断を下す際に助けになる人を求めていることもあります。</p>
<p>人びとは非常に困難な体験をしています。多くの場合、紛争に関連する問題は幼少期の経験に遡ります。概して、現在も続く武装集団による暴力が、家庭内暴力を引き起こしています。これほど多くの子どもたちが自分の家で暴力の被害を受けているのを、私はこれまで見たことがありません。人びとは、このような機会は二度とないと考えてMSFのサービスを利用し、自分たちの生活や、多くの苦難が短期間に凝縮された体験を語ります。</p>
<p>一般的な暴力の問題に加え、主に少女に対する身内での性的暴力も蔓延しています。悲しみと心の傷となる出来事に満ちた身の上話をすることが、ストレスを和らげるのに役立ちます。</p>
<p>この他、特定の問題についての解決策や自分が判断を下す際の助けを求めて来る人びともいます。たとえば、配偶者との問題や紛争に関連した問題です。このような場合、彼らは心理療法士に助言を求めます。</p>
<p><strong>Q. 心理ケアチームは、一度診療を行った地方都市や農村部を再び訪れることが必ずしもできるわけではありません。多くの場合、患者の経過観察は不可能です。心理療法士や精神科医は、患者に再び会う機会がないかもしれないと分かりながら、どのように活動を行うのでしょうか？</strong></p>
<p>A. 一定の条件の下であれば、1度の診察でも効果があり、また十分な場合があることが分かりました。そして、私たちが1度の診察で十分であると判断するのは、いくつかの理由に基づいています。例えば、診察の終わりに患者が口にする感謝の言葉であり、以前に診察した患者がずっと後に何らかの理由で、あるいは避難をした後に別の場所でMSFのメンバーとたまたま出会い、感謝の気持ちを表す時であり、また、患者の家族が1度の診察で本人がどのように変わったかを私たちに話してくれること、などからです。</p>
<p><strong>Q. フロレンシアではどのような人びとを診療していますか？</strong></p>
<p>A. 心理ケア診療所では、国内避難民と弱い立場にある住民の両方を診療しています。フロレンシアには毎週、農村部から平均で5人家族の避難民の世帯が約25組到着します。避難は徐々に進んでいます。子どもや14、15才の若者が武装集団に強制的に徴兵されることから逃れるために、避難してくる人びともいます。2007年にはMSFの患者の63%が国内避難民でしたが、紛争の影響を直接受けているが避難していない人びとの数は5%増加しました。また私たちは、弱い立場にある人びとのうち約30%にサービスを提供しています。</p>
<p><strong>Q. コロンビアで2年間活動して、何か状況の変化に気づきましたか？</strong></p>
<p>A. この紛争は、60年近くに渡る非常に長い紛争です。今回私が気づいた唯一の変化は、紛争が都市部から離れ、農村部や密林地帯に集中するようになっていることです。例えば、以前道路は危険でしたが、現在では、地方都市間の通行は可能です。しかし、農村部での活動はますます困難になっており、住民は紛争の真っただ中で生活を続けているのです。</p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/12/6093/post_236.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コロンビア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">心理ケア</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:47:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[派遣者の声] 京寛　美智子　（ナイジェリア・ポートハーコート　看護師）</title>
         <description><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<img width="598" height="32" alt="今回の派遣" src="/work/img_worker/workerSubCaption1.gif" />
<p> 派遣期間：2007年11月〜2008年5月<br />
派遣国・プログラム地域：ナイジェリア・ポートハーコート<br />
ポジション：看護師</p>
<p><strong>1.なぜMSFの海外派遣に参加したのですか？</strong></p>
<p><img width="100" vspace="5" hspace="5" height="120" border="5" align="right" src="/files/Image/20080611kyokan.jpg" alt="image" />子どものころから外国に興味がありました。旅行、留学、ボランティア、色々と経験しましたが、看護師であることが生かせる活動がしたいと思うようになりました。ある本をきっかけにMSFのことを知り、医療に手が届かない人や社会で弱い立場にある人に医療を提供している活動に共感し、参加しました。</p>
<p><strong>2.今までどのような仕事をしていたのですか？　また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか？</strong></p>
<p>大学卒業後、大学付属病院の循環器、呼吸器内科、地方のホスピスや内科のクリニックで勤務しました。その後は海外旅行や語学留学をし、インドとエチオピアではキリスト教系の施設でボランティアをしていました。2005年からはMSFを中心に活動しています。</p>
<p>語学力、オープンマインドであることは現地スタッフや多国籍の同僚とのやり取りには不可欠だと思います。</p>
<p><strong>3.今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか？また、具体的にどのような業務をしていたのですか？</strong></p>
<img width="200" vspace="5" hspace="5" height="181" border="5" align="right" alt="map" src="/files/Image/20080606NIGERIA.gif" onclick="MM_openBrWindow('/files/Image/20080606NIGERIA.gif','map','width=602,height=546')" />
<p>ナイジェリアのポートハーコートにある外傷専門の病院で、看護スタッフのマネージメントを担当していました。具体的にはER、ICU、外科病棟、外来部門で質の高い看護が行われているか監督し、改善を求めたりしながら看護の質の向上に努めていました。また、各病棟にいる看護師長にマネージメントや人事などの指導を行い、現地スタッフがさらに自立して看護活動が行えるようにしました。</p>
<p>また、レイプの被害者が多いところだったので、学校や地域社会を巡回し、被害者にカウンセリングや医療的治療が必要であることを説明することもありました。</p>
<p><strong>4.週末や休暇はどのように過ごしましたか？</strong></p>
<p>休みは日曜日だけだったので、ひたすら寝ていました。正午近くには起きましたが、特にすることもなく家でだらだらすることが多かったです。外国人の誘拐に備えて外出が制限されていたので、病院と家の行き来だけだったと言っても言い過ぎではありません。近くのレストランやバーには行けましたが、6ヵ月も同じ店に通い続けたため結構うんざりしていました。</p>
<p>一週間の休暇はガーナに行きました。特別な観光地ではありませんでしたが、ナイジェリアやポートハーコートの喧騒や無法地帯から離れ、ゆっくり落ち着いた時間が過ごせました。</p>
<p><strong>5.現地での住居環境についておしえてください。</strong></p>
<p>大きな屋敷に共同で住んでいました。一人部屋で、トイレ・シャワー付きです。MSFのスタンダードからすると、5ツ星でした。きれいな湯船のあるお風呂で、よく長湯しました</p>
<p><strong>6.良かったこと・辛かったこと</strong></p>
<p>多国籍のチームで、慰め合い、愚痴をこぼし合いながらみんなで協力しあい、活動できたことが良かったです。日本人の派遣スタッフがおり、日本語で会話が出来たことも大きな助けでした。</p>
<p>多国籍のスタッフのなかには仕事、私生活で上手く合わない人もいたので、いろいろと大変なこともありました。</p>
<p>外科の病院だったので、ほとんどの患者は回復して退院し、外来診療に来ていました。中には見込みのなかった患者が自力で歩けるまでに回復し、退院することもあり、スタッフみんなで感激しました。元気になった患者を見るのは日本でも海外でも嬉しいことです。</p>
<p><strong>7.派遣期間を終えて帰国後は？</strong></p>
<p>旅行などしながら、ゆっくりと今後のことを考えたいと思っています。</p>
<p><strong>8.今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス</strong></p>
<p>私は以前に、青年海外協力隊やMSFの面接に落ちた経験があります。もし参加したいと思うなら、是非挑戦してみてはいかがでしょうか？結果が駄目でも、それは次にまた挑戦する第一歩になるし、何か他のことへの第一歩になるかもしれません。</p>
<p>参加してみても、向き不向きはあると思います。自分の合った活動が見つかればいいですね。</p>
<img width="598" height="32" alt=" MSF派遣歴" src="/work/img_worker/workerSubCaption2.gif" />
<p> 派遣期間：2005年7月〜2006年1月<br />
派遣国・プログラム地域：シエラレオネ・ボー<br />
ポジション：看護師</p>
<p> 派遣期間：2006年8月〜2007年3月<br />
派遣国・プログラム地域：スーダン・ダルフール地方<br />
ポジション：看護師</p>
<p><strong>※2006年8月〜2007年3月のスーダン派遣時の「派遣者の声」は<a href="http://www.msf.or.jp/2006/08/02/5791/2006820073.php"><span class="emphasize">こちら</span></a></strong></p>]]></description>
         <link>http://www.msf.or.jp/2008/06/11/6092/post_235.php</link>
         <guid>http://www.msf.or.jp/2008/06/11/6092/post_235.php</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2007</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ナイジェリア</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">派遣者の声</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">看護師</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Jun 2008 18:32:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>[ニュース] ミャンマー：サイクロン「ナルギス」関連の活動状況：6月9日現在</title>
         <description><![CDATA[<p><strong>活動上の困難</strong></p>
<p>緊急事態は続いており、援助ニーズは膨大である。特にミャンマー南部イラワディ・デルタ地域の遠隔地に暮らす数万人に、早急に救援を届ける必要がある。</p>
<p>サイクロン「ナルギス」がイラワディ・デルタ地域を壊滅させてから1ヵ月が経つが、国境なき医師団(MSF)のチームは生存者が外部からの援助を全く受けていない村々を目にし続けている。徒歩でしか赴くことができない村の中には、特に厳しい状況に陥っている場所もある。</p>
<p><a href="/files/Image/20080611_2.jpg" target="_blank"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="150" border="5" align="right" src="/files/Image/20080611_2.jpg" alt="image" /></a>現地スタッフを迅速に動員できたことで、MSFは災害発生当初から大規模に援助を提供することができた。ミャンマー人スタッフのおかげで今回の災害に高い水準で対応することができたものの、当局により外国人援助従事者の移動が制限されたことから、MSFの初期段階での対応、そしてとりわけこの時期に援助を必要としていた人びとへのアクセスが不必要に妨げられた。</p>
<p>MSFは国連と他の国際NGOが活動を迅速に拡大し、食糧と救援物資の提供を大幅に増やすことができるよう、心から願っている。未だに緊急事態が続いており、生存者の援助ニーズは甚大で、緊急の援助活動を要する状況にある。</p>
<p><strong>緊急の援助ニーズ</strong></p>
<p>最も緊急の援助ニーズは、<strong>食糧、水、住関連の品々</strong>など、未だに基本的なものである。</p>
<p><strong>さらに多くの食糧が必要である。</strong>食糧援助を専門とする機関が適切な配給経路を設置できていないことから、食糧配給は概して不十分であり、配給があったとしても、多くの地域では辛うじて生き延びるだけの量しか受け取っていない。セッツー地域で活動するチームは、極端に重度の栄養失調に陥った子どもたちを治療している。概して、栄養失調が増加する兆候は見られていない。<strong>さらに多くの食糧が、最も遠隔の地域に住む人びとに届くようにすることが急務である。適切な食糧がないまま数週間が過ぎれば、重度の栄養失調に陥る危険性が極めて高くなる。</strong></p>
<p><strong>住関連の品々に対するニーズ</strong>も緊急である。数万人が家を破壊され、全財産や食糧の備蓄を失い、完全に外部からの援助に頼る必要がある。</p>
<p><strong>雨が人びとの健康に深刻な影響を与えつつある。</strong></p>
激しい雨に晒されているため、現在は呼吸器感染症の兆候を示す人びとが増加しており、<strong>住環境の整備や毛布も緊急に必要</strong>である。
<p>&nbsp;</p>
<p>MSFは現在、1日あたり約500件の診察を行っている。チームが治療している患者のうち負傷者の割合は、全体の半数以上を占めた状態から現在ははるかに少ない割合へと徐々に減少してきた。</p>
<p>チームは<strong>ラブッタの異なる3地域で、重度の水様性の下痢が発生しているという報告を受けている。</strong>デルタ地域の他の場所では、チームはこれまでに下痢の症例を毎日数例目にしているが、まだ流行には至っていない。</p>
<p><strong>心の健康に関する問題も重要である。</strong>人びとは心に傷を負っており、その多くが完全な絶望状態にある。MSFは村人を対象に、心理社会的支援や心理ケアのカウンセリングを組織している。</p>
<p><strong>ビザの発給</strong></p>
<p>初期段階はビザ取得に非常に時間がかかったが、現在、MSFの外国人派遣スタッフ20人以上が、被害が大きかったデルタ地域で活動を行っている。ビザと労働許可は、MSFのデルタ地域における緊急援助活動の障害ではなくなっている。</p>
<p><strong>デルタ地域へのアクセス</strong></p>
<p><a href="/files/Image/20080611_3.jpg" target="_blank"><img width="200" vspace="5" hspace="5" height="132" border="5" align="right" src="/files/Image/20080611_3.jpg" alt="image" /></a>6月9日時点で、主に現地スタッフから成る36の移動診療チームがデルタ地域で活動を行っており、水・衛生活動や医療援助の提供、および食糧や救援物資の配布を継続している。</p>
<p>サイクロン「ナルギス」が5月3日にミャンマーを直撃して以来、MSFは特に複合的な緊急事態の専門的知識を持つ外国人派遣スタッフ20人以上を、デルタ地域のボガレイ、ピャポン、ラブッタ、ハイギに派遣している。</p>
<p>6月9日時点では、チームは現地で自由に活動を行うことができている。外国人派遣スタッフは問題なく移動し、全ての避難民キャンプに赴くことができる。スタッフの訪問意図や活動について質問をしてくる村やキャンプもあるが、全ての場所で自由に活動を行うことができている。</p>
<p>災害発生から最初の3週間は、現地で活動する外国人派遣スタッフが足りないために、救援活動全体が著しく妨げられた。これらの専門的な知識を持つスタッフは、援助のペースを加速するために、そしてMSFの現地スタッフによって続けられている命を救う活動を支えるために、必要な人員であった。サイクロンから1ヵ月が経ち、チームは未だに全く救援の手が届いておらず、大きな援助ニーズを抱えている人びとの元に赴くことに焦点を当てている。MSFは連日平均500件の診察を行っており、これまでに以下の物資を配布している。</p>
<div class="border-box">
<p><strong>救援物資の配布</strong></p>
<p>MSFは5月5日以来、以下の援助物資を配布した。</p>
<li>米1500トン以上</li>
<li>豆400トン以上</li>
<li>食用油19万リットル以上</li>
<li>高エネルギービスケット5万個以上</li>
<li>魚の缶詰約70トン</li>
<li>ビニールシート約19万枚</li>
<li>蚊帳9万張以上</li>
<li>毛布6万枚以上</li>
<li>石けん1万個以上</li>
<li>衛生キット2万組以上</li>
<li>バケツと貯水容器10万個以上</li>
</div>
<p><strong>ンガプダウ平原</strong></p>
<p>水・衛生活動が増加しているため、MSFは現地の支援スタッフを雇用し、トレーニングを行っている。水・衛生チームは1日あたり井戸10基を塩素消毒している。スプレーによる消毒は、雨が降り続いているために中止した。</p>
<p>食糧配給は4週目に入り、MSFは対象とする15万人のうち84%に食糧を配布した。配布は援助対象となる人びとに直接行い、国連世界食糧計画(WFP)の定める標準配給量に基づいている。</p>
<p>いくつかの現地NGOがハイギに到着し、少量の衣服、石けん、バケツの配布を開始している。セーブ・ザ・チルドレンは現在MSFチームと協力している。ワールド・ビジョンは6月8日に現地に到着した。MSFは援助を行う地域を分担するため、これらの団体と会合を持つ予定である。</p>
<p><strong>ラブッタ</strong></p>
<p>水・衛生の専門家数名など、少人数の外国人派遣スタッフが、ラブッタでも活動を行っている。</p>
<p>医療チームはラブッタの町で診療所4ヵ所を運営しており、さらに移動診療・物資配布チームも郊外の村々を訪問している。移動診療チームは、ラブッタの異なる3地域で重度の水様性の下痢が発生したという報告のフォローアップを行っている。水・衛生チームと医療チームの両方が患者の経過を観察している。</p>
<p>MSFはWFPから提供を受けた2万人分の食糧を配布している。しかし緊急に食糧援助を必要とする人びとがいる場所を、連日新たに発見している。</p>
<p>浄水ユニットを2基設置した。1基はラブッタの町に、もう1基は町から8キロ離れた、ミャンマー政府が運営する避難キャンプにある。さらに、町から約5キロ離れたキャンプに手動で処理するための貯水タンクを1基設置した。MSFはラブッタの町の外における水・衛生活動を増強している。チームはさらに多くの村々を訪問しており、水様性の下痢の発生にも対応している。</p>
<p>ラブッタ地域では村人4人が、未だに地域内の流域に数多くの被災者の遺体が浮かんでいることと、アブラムシの多さに苦情を述べている。激しい雨のために、浅い所に埋められた遺体がまた姿を現している。NGO団体「飢餓に対する行動(ACF)も他の地域で同様の問題を報告している。</p>
<p><strong>セッツー地域</strong></p>
<p>セッツー地域では医療コーディネーター1名と水・衛生の専門家1名などが、小規模な水・衛生活動を行っている。3つの医療チームが、セッツーを拠点に周辺地域の約2万5千人に援助を届けようとしている。</p>
<p>水深が浅いためにセッツーに戻れず、訪問先の村で宿泊しなければならなかったなどの困難な状況の中、チームはボートでの移動を繰り返している。ボートで遠隔地の村々に赴くためには、ボートの大きさ、川水の満ち引き、川幅などに関して、慎重な計画を立てる必要がある。</p>
<p>今までのところ医療チームから感染症流行の報告はないが、極端に重度の栄養失調に陥った子どもたちが見つかり、治療を行った。MSFはセッツーの南にあり、他の団体が活動を行っていない20の村に、約100トンの食糧を配布している。チームは住居や水を集めるためのビニールシート、蚊帳の配布を継続し、合わせてセッツーの町におけるトイレのニーズも調査している。清潔な水が容易に得られるよう、地域内の50ヵ所の池を清掃する活動を開始した。</p>
<p>MSFはセッツーから南の場所に新たな拠点を設置する予定である。</p>
<p><strong>ボガレイ</strong></p>
<p>3チームがおり、ボガレイの町を郊外地域に赴くための拠点として、ボガレイの南の村々において食糧と救援物資の配布、診察と栄養面の監視を行っている。今までのところ感染症流行の報告はない。主な医療上の問題は呼吸器感染症、負傷やストレス障害である。チームは清潔な水が容易に得られるよう、地域内の70ヵ所の池を清掃する活動を開始した。</p>
<p><strong>ピャポン</strong></p>
<p>チームは清潔な水が容易に得られるよう、地域内の30ヵ所の池を清掃する活動を開始した。</p>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ニュース</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミャンマー　サイクロン</category>
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         <pubDate>Wed, 11 Jun 2008 17:37:22 +0900</pubDate>
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