活動地からの声
2012年1月26日
南スーダン:「家族を殺され、一人娘をさらわれ、胸が張り裂けそう」――襲撃を生き延びた女性の証言
地域の民族対立が激化する南スーダンのジョングレイ州ピボール郡で、国境なき医師団(MSF)は住民に医療を届ける活動を続けている。襲撃を受けた村から逃げた住民が、スタッフにその状況を語った。ピボール郡の町レクウォンゴルで2011年12月27日...
2012年1月26日
南スーダン:襲撃を受けたピボールから――プログラム責任者の報告
昨年末から地域間の民族対立による衝突が激化し、襲撃を受けたジョングレイ州ピボール郡。いったん避難を余儀なくされた国境なき医師団(MSF)のチームは、現在、現地に戻り、住民に医療を提供しようと努めている。1月23日、ピボール郡で活動中のMS...
2012年1月24日
インド:「赤い森」に医療を届ける―レベッカ・カスバート医師の手記(その2)
インド中部の森の中で、「ナクサライト」と呼ばれる毛沢東主義反政府勢力が、南北に長く伸びる広大な奥地の支配をめぐり政府軍と戦闘を続けている。この地域の数十の村落に住む人びとは紛争に囚われ、チャッティースガル州の保健省の診療所にはたどりつくこ...
2012年1月23日
インド:「赤い森」に医療を届ける―レベッカ・カスバート医師の手記(その1)
インド中部の森の中で、「ナクサライト」と呼ばれる毛沢東主義反政府勢力が、南北に長く伸びる広大な奥地の支配をめぐり政府軍と戦闘を続けている。この地域の数十の村落に住む人びとは紛争に囚われ、チャッティースガル州の保健省の診療所にはたどりつくこ...
2012年1月6日
フィリピン:台風・洪水被災地で活動を展開中―緊急対応プログラム副責任者インタビュー
国境なき医師団(MSF)は現在、フィリピン・ミンダナオ島で12月に起きた洪水の被害が最も深刻な地域で活動を行っている。住居が破壊され、避難所生活を送る人びとを対象に1チームが医療援助を提供中だ。MSFの緊急対応プログラムの副責任者、ピエー...
2011年12月20日
創立40周年記念インタビュー:ロニー・ブローマンが振り返る、国境なき医師団(MSF)の軌跡(その3)
ロニー・ブローマンは、国境なき医師団(MSF)がパリ市内のただ一部屋で運営されていた頃に活動に加わり、その後、難民キャンプや飢きんや戦争のさなかで働いた。1982~1994年には、MSFフランス支部の会長としてこの団体が今日の姿にまで成長す...
2011年12月16日
創立40周年記念インタビュー:ロニー・ブローマンが振り返る、国境なき医師団(MSF)の軌跡(その2)
ロニー・ブローマンは、国境なき医師団(MSF)がパリ市内のただ一部屋で運営されていた頃に活動に加わり、その後、難民キャンプや飢きんや戦争のさなかで働いた。1982~1994年には、MSFフランス支部の会長としてこの団体が今日の姿にまで成長す...
2011年12月13日
パキスタン:「たとえ大海の一滴でも、患者のために闘う」――ハングー郡で活動した助産師のインタビュー
2011年2月から8月まで、助産師のローズ・ルイーズ・キャドは国境なき医師団(MSF)のチームの一員としてパキスタンのハングー郡で活動した。彼女の任務は、医療の質を向上させるために、保健省が運営する病院の産科部門チームをサポートするという...
2011年12月9日
創立40周年記念インタビュー:ロニー・ブローマンが振り返る、国境なき医師団(MSF)の軌跡(その1)
ロニー・ブローマンは、国境なき医師団(MSF)がパリ市内のただ一部屋で運営されていた頃に活動に加わり、その後、難民キャンプや飢きんや戦争のさなかで働いた。1982~1994年には、MSFフランス支部の会長としてこの団体が今日の姿にまで成長す...
2011年11月22日
ミャンマー:「ここではHIV/エイズはいまもタブーです」――HIV/エイズ専門医のインタビュー
カロリーヌ・ミケジェ医師は、モザンビーク、カメルーンを始め、多くの国で活動してきたHIV/エイズ治療の専門医である。国境なき医師団(MSF)が2000年からHIV/エイズ患者とHIVと結核の二重感染患者の治療を行うミャンマー南部のダウェイ...
2011年11月16日
インド:最善のカラアザール治療法を求めて―カラアザール治療に携わる医師のインタビュー
「いま、インドでは、最善のカラアザール治療法を探る多くの研究プログラムが進められています」。ビハール州バイシャリー地域で、国境なき医師団(MSF)のカラアザール治療プログラムに携わる医師、マルタ・ゴンサレスへのインタビューを伝える。 続き...
2011年11月11日
東日本大震災に際し、国境なき医師団(MSF)の派遣スタッフとして宮城県南三陸町で活動した鈴木徹郎医師の活動報告が、2011年10月発行の『医療の広場』*に掲載されました。 *『医療の広場』:独立行政法人国立病院機構、独立行政法人国立高度専...
2011年10月28日
南アフリカ共和国に暮らすフメザはいま、ケープタウンに近いカエリチャ地区にある結核治療センターで、多剤耐性結核(MDR-TB)の治療を受けている。 2010年は最近の10年間で初めて結核による死亡者数が減った年であった。しかし、いまだに毎年3...
2011年10月28日
HIV陽性のキャサリンは、4人の子どもの母親だ。彼女はケニアの首都ナイロビにあるスラム地区キベラに暮らし、MSFの診療所で働いている。 2009年にHIVに新たに感染した子どもの数は37万人とされており、その大多数は母子感染によって起きてい...
2011年10月28日
命の物語1:アレクシ ――小児栄養失調の早期発見によってとりとめた命
ブルキナファソに暮らすシングルマザーのナターシャは、収穫期の狭間で食糧が不足する時期に、いかに息子のアレクシたちを栄養失調から守るか心を砕いている。 栄養失調は250万人をはるかに超える5歳未満の子どもたちに死をもたらしている。そのまま食べ...
2011年10月27日
結核:「膝の上の子どもにも注意して!」――小児結核患者の診断法と治療法の向上を求めて
MSF必須医薬品キャンペーン 結核アド バイザー グラニア・ブリグデン医師 結核は、世界全体で子どもの死因となる10大疾病の1つである。治すことのできる病気だが、多くの子どもが結核と診断されなかったために治療が行われず、救われたはずの命...
2011年10月25日
ハイチ:「コレラのワクチンは流行を食い止める手立てとなるか?」
ハイチは2010年10月、過去100年にわたり国内で発症が確認されなかったコレラの大規模な感染に見舞われた。病原体であるコレラ菌(O1 Ogawa型)は、国外から人の移動によって持ち込まれたものである。 ハイチのコレラ感染拡大をワクチンの...
2011年10月17日
リビア:「身動きとれない1万人の市民」――戦闘が続くシルトからの報告
国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーター、ガブリエレ・ロッシ医師は、10月13日、緊迫するシルトの情勢についてインタビューに答えた。このインタビューの翌晩、イブン・シナ病院では患者6人が手術を受けられなかったために命を落とした。...
2011年10月5日
スリランカ:内戦の影響が残る現地の病院に支援に入った幣原園子医師のインタビュー
神戸出身の救急医療専門医、幣原園子医師は、長年の内戦の影響がいまだ残るスリランカ北部ジャフナ半島にあるポイント・ペドロ病院に、国境なき医師団(MSF)のスタッフとして派遣された。6ヵ月間の活動はどのような内容だったのか? そして現地での課...
2011年9月9日
エチオピア:「ソマリアから到着した難民の窮状に打ちのめされました」
ソマリアから多くの難民がたどりつくエチオピア南部リベンで、国境なき医師団(MSF)が行う緊急対応活動。プログラム責任者として活動を立ち上げ、帰国したばかりのカーリン・クライジャーはインタビューに答え、4人の子がすべて栄養失調に陥った母親の...
2011年9月5日
栄養失調罹患率が高止まりしているソマリア南部・中部の広範にわたる地域では、現在も続く紛争が、国境なき医師団(MSF)のような国際援助団体がフル稼働で活動するのを困難にしている。MSFが活動できる場所では、緊急援助を必要とする人びとがあまりに...
2011年8月25日
リビア:「トリポリのほとんどの病院に負傷者が運ばれています」
3人のメンバーからなる国境なき医師団(MSF)のチームが援助物資とともにリビアの首都トリポリに入り、現在起きている戦闘による負傷者に既に対応しきれなくなっている医療施設で支援を開始した。MSFはさらに追加のチームを複数トリポリの東西に派遣...
2011年8月22日
ソマリア:「移動が制限される中、活動を進めようとしています」
ソマリアは20年に及ぶ紛争状態にある。現在、暫定連邦政府(TFG)はアフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)の支援を受けて、首都モガディシオや国内の他の地域で武装勢力アル・シャバーブとの戦闘を続けている。国際NGOにとって現地での...
2011年8月22日
ソマリア:「一刻の猶予も許されません」──首都モガディシオからの報告
国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーター、デビッド・ミチャルスキーと、プログラム責任者サイード・ハッサンは、ソマリアの首都モガディシオで緊急対応活動を立ち上げて帰国したばかりである。このインタビューでは、首都の人道面の状況とMS...
2011年8月18日
リビアのミスラタで2011年7月に整形外科医としてプログラムに従事した、馬庭宣隆医師(島根県出身)。MSFはリビアで外傷治療や心理ケアなどを提供しており、馬庭医師は負傷患者からの弾丸の摘出など救急治療にあたった。戦闘が続く現地で日々運び込...
2011年8月17日
エチオピア:飢えと紛争に追われて――ソマリアからの難民の証言
国境なき医師団(MSF)は現在、極度の危機に陥ったソマリアから命を賭して逃れてくる人びとに、国境を越えたエチオピアでも援助を提供している。国境地帯のリベン地方にある難民キャンプで、MSFのスタッフが聴き取ったソマリア難民の証言とMSFの活...
2011年8月12日
ソマリア:「だれも生き残っていないこともありえた」――南部マレレで活動中のスタッフのインタビュー
国境なき医師団(MSF)は現在、ソマリアの危機的な栄養失調まん延に対応している。南部のマレレで唯一の援助団体として活動する約140人のソマリア人スタッフの1人、アシスタント・プログラム・コーディネーターのモハメド・ソマネ・アブディに、現地...
2011年8月10日
イエメン:緊張が続く現地での緊急援助活動―医療コーディネーター、活動責任者へのインタビュー―
変化を求める強い要望、分離独立運動、そして部族間の抗争……これらすべての要因によって、イエメン国内の緊張は続いている。6月以降、状況はある程度治まったとはいえ、一部の地域では情勢不安が続き、人びとが医療を受けるこ...
2011年7月13日
2011年4月24日~28日にかけて、ヨルダンの首都アンマンで心理ケア研修が開催された。この研修は、ガザとナブルスで活動する現地スタッフと外国人スタッフの心理療法士向けのもので、子どもと思春期の若者の心理ケアをテーマにした内容である。この...
2011年7月11日
リビア:「戦争が続き、ますます多くの人が医療を必要としています」
メイニー・ニコライは看護師であり、国境なき医師団(MSF)ベルギー支部の会長である。リビアでの医療活動から戻ったばかりのニコライに現地の様子を聞いた。 Q. リビアでの医療面の状況はどのようなものでしたか? A. 私はミスラタ市で活動し...
2011年7月7日
コンゴ民主共和国:活動統括責任者のインタビュー(7月1日現在)
コンゴ民主共和国(以下「コンゴ」)南キブ州で活動する医療チームは、この地域で新たに起きた組織的なレイプの被害者に対応している。紛争が続くコンゴ東部でどのように一般市民が標的にされているのかについて、活動統括責任者のカトリエン・コッペンスが説...
2011年6月24日
ネンナ・アーノルド看護師は、ケニア北東州のダダーブでアウトリーチ活動*を行っており、隣国ソマリアから、暴力、不安定な情勢、そして壊滅的な干ばつを逃れてきた大勢の難民のケアにあたっている。彼女が国境なき医師団(MSF)から派遣されるのは、こ...
2011年6月23日
ケニア:ダダーブのダガレイ・キャンプに暮らすソマリア難民の証言
世界最大の難民キャンプを形成する、ケニア・ダダーブの3つのソマリア難民キャンプ。その中の1つ、ダガレイ・キャンプに暮らす難民4人の声を紹介する。 ハウォ ■30歳。カマソマから5ヵ月前に到着。 ダガレイ・キャンプの診療所を訪れたハウォと...
2011年6月7日
コートジボワール:「まだ、戻れない」――(2)隣国リベリアに逃げた難民の証言
大統領選後の混乱の中で村を襲われ、コートジボワール西部から国境を越えてリベリアに逃げた人びとに、国境なき医師団(MSF)は援助の提供を続けている。彼らが語った襲撃の経験、そしていまも家に帰れない理由とは――。難民2人の証言を紹介する。 ...
2011年6月7日
コートジボワール:「まだ、戻れない」――(1)森に隠れて暮らす人びとの証言
混乱は収束したかに見えるコートジボワール。過去数ヵ月の間にまん延した暴力の傷跡を抱えたまま、いまも家に帰ることができない人びとがいる。国内外の避難先で援助を届ける国境なき医師団(MSF)が聞き取った証言からは、彼らが経験してきた凄惨な暴力...
2011年5月18日
マラウイ:「より多くの人に、現地で続けられるHIV/エイズのケアを」―酒匂赤人、内科医―
アフリカ南部のマラウイで、国境なき医師団(MSF)はHIV/エイズのケアを無償で提供するプログラムを1995年から続けている。患者すべてに必要なケアを提供するための、そして現地での継続を促進するための援助とは――。 酒匂赤人医師は、東京の...
2011年4月22日
いまも製薬企業の関心の外にあるカラアザール(内臓リーシュマニア症)。アジア・アフリカを中心に毎年約50万人がこの病気にかかっている。ダゲムリデット・ウォルクはカラアザールの豊富な治療経験を持つエチオピア出身の医師である。ウガンダやケニアで...
2011年4月21日
毎年5万人が、サシチョウバエによって媒介される熱帯病であるカラアザール(内臓リーシュマニア症)で亡くなっている。カラアザールには効果的な治療薬の種類が少なく、そのほとんどは途上国の人びとには手が届かない。ケニアでこの顧みられない病気に苦し...
2011年4月18日
コートジボワール:暴力の小休止 ―バンゴロ病院外科病棟の平和な時間―
バンゴロ病院で治療を受けている患者は、ここの平和で静かな雰囲気と、外の環境とのあまりの違いに驚く。患者の多くは、コートジボワール西部のドゥエクエ地方で発生した暴力的な攻撃によって、ほんの数日前に深手を負ったばかりの人びとである。彼らは今、...
2011年4月18日
コートジボワール西部のドゥエクエ一帯で3月28日から30日にかけて発生した戦闘により、数百人が死亡し、多数が重傷を負った。国境なき医師団(MSF)の外科チームは、このような事態に備えて策定していた緊急時計画に沿って、ドゥエクエから約30キ...
2011年4月14日
東日本大震災:「私にとっては自分自身の問題であり、家族にかかわる問題でした」(4月7日付)
林晋太郎医師は一般開業医であり、消化器病専門医でもある。このほど、地震と津波により壊滅的な被害を受けた東北地方での2週間の活動を終えた。林医師の自宅は、3月11日の地震と津波により最も大きな被害を受けた宮城県の県庁所在地、仙台にある。災害...
2011年4月8日
アナス・アラムディはロジスティシャン(物資調達、施設・機材・車両管理など幅広い業務を担当)として、国境なき医師団(MSF)が4月3日に行った、リビアからの船による患者の搬出に携わった。戦闘で患者やスタッフの移動が著しく困難になったため、激...
2011年4月7日
コートジボワール:負傷者への到達が困難な状況が続く(4月2日時点)
アビジャン市にいる国境なき医師団(MSF)の活動責任者、サルハ・イッソーフーが、アビジャン市内とコートジボワール西部で患者を治療することの難しさについて語る。 Q. MSFはどのようにしてアビジャン市で活動できているのでしょう? A. ...
2011年4月5日
キャロル・クールはコートジボワールの西部、リベリアとの国境付近で国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者として活動している。コートジボワール全域に情勢不安と暴力が広がる中、MSFはここで移動診療を運営するほか、地域の病院を支援している。...
2011年4月1日
東日本大震災:調査団として被災地入り。20ヵ所の避難所で活動(3月30日付)
国境なき医師団(MSF)の調査団の1人として、最初に被災地入りした中川嘉隆医師の報告を伝える。 被災地をまわり、家族や地域の支えあいにも感銘 南三陸町にある避難所で薬剤寄贈の準 備をする中川医師(奥)と目原医師(手前)。 大地震と津...
2011年3月27日
東日本大震災:最初に被災地入りした現地責任者の報告(3月27日付)
道津美岐子看護師は、これまでミャンマー、スーダン、ケニア、フィリピンなどでの国境なき医師団(MSF)の活動に参加してきた。今回の東日本大震災では、チームとともに翌日に被災地入りし、現地責任者として2週間にわたって活動した。災害発生の翌日に現...
2011年3月23日
東日本大震災:緊急対応コーディネーターのインタビュー(3月23日付)
エマヌエル・グーは13日に被災地入りした国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターである。MSFの調査では、患者の大半はかかりつけ医と連絡が取れず、処方箋や薬を失くしていることがわかったため、以前受けていた治療とのつながりを回復す...
2011年3月18日
紛争によって故郷パレスチナを追われ、先の見えない苦しい生活の中で積み重なる心の傷……。レバノン、ブルジバラジネの難民キャンプの住民たちに話を聞いた。 「私はここではよそ者なのです」――アハメド(72歳)の話 現...
2011年3月16日
スーダン南部:マラカルで戦闘激化、負傷者24人を治療(3月15日現在)
3月第2週の週末にスーダン南部の上ナイル州西部とジョングレイ州北部で起きた武力衝突の影響で、マラカル病院に大勢の負傷者が来院した。国境なき医師団(MSF)は、緊急医療ケアと治療のためにスーダン保健省の運営する同病院を支援した。受け入れた患...
2011年3月9日
リビア:国境地帯からの報告「負傷者治療のため早急に入国許可が必要」(3月4日現在)
2月中旬にリビアで暴力的な衝突が始まったことを受け、国境なき医師団(MSF)の1チームは東部のベンガジ市で援助活動を行っている。MSFは東部で現地の医療施設を支援するとともに、負傷者を治療するために現在衝突が起きている地域への到達を試みて...
2011年3月8日
パラグアイ、アルゼンチン、ボリビアの3ヵ国にまたがるグランチャコ地域では、シャーガス病が風土病として、まん延している。中南米で最大の死者数を出しているこの寄生虫病は、世界全体では1000万~1500万件の感染症例があり、毎年約1万4000...
2011年3月3日
スーダン南部の北部からの分離独立の是非を問う住民投票では、住民の約99%が賛成票を投じ、その結果、世界で最も新しい国が今年7月に正式に独立することになる見込みである。しかし、そのように極めて重要な転換期にあり、より良い未来への期待が高まっ...
2011年2月23日
マラウイ:ARV治療10年の記録から「こうして話ができるのは、治療を受けられたからです」
マラウイで国境なき医師団(MSF)がHIV/エイズの抗レトロウイルス薬(ARV)治療を開始してから10年が経った。この治療によって人生を取り戻し、10年後の現在も元気に過ごしている1人の患者が2002年に国際社会に向けて行ったスピーチを紹...
2011年2月23日
マーサ・ハッカビーは、2009年6月から2010年12月まで国境なき医師団(MSF)のマラウイにおける活動責任者を務めた。MSFが2001年に抗レトロウイルス薬(ARV)治療の提供を始めてから過去10年間でマラウイの医療は大きく変化したが...
2011年2月17日
国境なき医師団(MSF)は、ハイチで昨年10月下旬に始まったコレラの流行に対応するため、多くの資源を投入、特に人材に力を入れて、援助を行ってきた。医療従事者を対象とするコレラの治療手順や衛生管理規則などを含む速修の研修会が、その活動の1...
2011年2月10日
ニジェール:フィールドからの便り「充実感、そして悲しみ ― ザンデール県の集中栄養治療センターより」
アウラス・マジードは、ニュージーランドのウェリントン出身の医師。彼女はこの7ヵ月間、ニジェールのザンデール県で重度の栄養失調児の治療に携わってきた。国境なき医師団(MSF)の活動に初めて参加したのだ。ニジェールの「飢餓の季節」の活動がどの...
2011年1月26日
分離・独立の是非を問う住民投票直前のスーダン南部。よく肥え、角が美しく反りかえった数百頭もの牛が、ゴグリアル・ウェスト郡の舗装されていない、ほこりっぽい道路の両側で草を食んでいる。1頭1頭がだれかにとってかけがえのない財産である。家畜の世...
2011年1月14日
幼い子どもは生理的理由からコレラへの抵抗力が弱い。首都ポルトープランスのサルト・コレラ治療センター(CTC)で治療にあたる小児科医セルジオ・カブラルは、子どもにコレラ治療を行う場合に特徴的な点を次のように説明する。 Q. なぜ子どもには...
2011年1月13日
スーダン南部:「住民投票の結果を問わず、アビエイ住民への医療が最優先です」
スーダン南部地域で分離独立の是非を問う住民投票が始まり、世界中の注目が集まる一方、同地域は人道・医療上の危機のただ中にある。住民の75%は基礎的な医療も受けることができない。スーダン南部のアビエイおよびアゴクの訪問を終えた国境なき医師団(...
2010年12月27日
スーダン:カラアザールが猛威をふるう南部からの報告―証言1: 患者の母─
過去8年間で最大規模のカラアザール(内臓リーシュマニア症)の流行が広がっているスーダン南部で、国境なき医師団(MSF)は緊急対応を展開している。上ナイル州マラカルの病院で、3人の息子の回復を見守っている母親に話を聞いた。 私の名前はシン...
2010年12月27日
スーダン:カラアザールが猛威をふるう南部からの報告―証言2: MSFの看護師―
アメリカ人看護師のジェーン・ボッジーニは、1999年以来20回以上、国境なき医師団(MSF)の現地活動に参加している。彼女はいま、スーダン南部の上ナイル州マラカルで、MSFの医療チームリーダーとして、顧みられない病気カラアザールの大流行...
2010年12月7日
ナイジェリア: 「妊産婦はいまでは合併症が治療できると知っています」――助産師へのインタビュー
62歳のアメリカ人助産師、リザ・ラムローは、今年5月にナイジェリア入りした。同国最大の都市ラゴスにある最も貧窮したスラムのうち数ヵ所で、一次医療と産前ケアを提供するという国境なき医師団(MSF)の活動に参加することが目的だった。ナイジェリ...
2010年12月3日
アフガニスタン:「医療ニーズは増大していくでしょう」―活動責任者のインタビュー
国境なき医師団(MSF)がアフガニスタンでの活動を再開してから1年が経過した。アフガニスタンにおける活動責任者、ミシェル・ホフマンは、いくつかの選択と課題にスポットを当て、この国におけるMSFの活動の今後の展望について語った。 Q. M...
2010年12月3日
アフガニスタン:「紛争に巻き込まれて」―患者と家族のインタビュー
ブースト州立病院、入院部門の一室。祖母レダが6人の孫に 囲まれて座っている。 ブースト州立病院の入院部門でひしめく患者の大半は、ヘルマンド州で続く紛争によって何らかの影響を受けている。ある病室では、祖母のレダ*が6人の孫に囲まれて、床の上...
2010年12月1日
依然として不安定な情勢が続くイラク。国際援助の介入が難しいこの国で、国境なき医師団(MSF)は人びとに医療を届ける活動を可能なかぎり展開している。10月に北部の活動地キルクークを訪問した医師、パトリック・ルーダンに、現地の様子を聞いた。イ...
2010年10月29日
国境なき医師団(MSF)は現在、ハイチで発生したコレラの流行に対応する緊急活動を展開している。首都ポルトープランスの北方、アルティボニット川流域の町、プティット・リヴィエールでは、コレラに似た症状の患者を連日100人以上、新規に受け入れて治...
2010年10月19日
パキスタン:清潔な水が渇きを癒やし、水因性疾患のまん延を防ぐ
サディアは5歳になる。彼女は毎日7回、給水地点で入れた水の入った重いかめ2つを頭の上でバランスよく支え、やせこけた腕に水の入ったビンを1本下げて、家族が暮らす粗末な避難所まで運び、そして戻ってくる。片道およそ500mの危険な道のりだ。 活動...
2010年10月14日
パキスタン:忘れられた地域、バルチスタン州での栄養治療―看護師ハムドゥラのレポート
看護師のハムドゥラは、ここ10年間、パキスタンの忘れられた地域、バルチスタン州で栄養失調児の治療に取り組む国境なき医師団(MSF)の一員として働いている。 活動アップデートと活動地を見る バルチスタン州に大勢の栄養失調児 MSFの看護師...
2010年10月7日
パレスチナ:「予測不能な暴力が絶え間なく続いています」―プログラム責任者へのインタビュー
国境なき医師団(MSF)はヨルダン川西岸地区のナブルスで活動を続けているが、1年ほど前から、この地域に緊張をもたらす原因に変化が生じた。パレスチナ人の村と、隣接するイスラエル人入植地が共存を強いられ、それが元で暴力が増えているのである。以...
2010年9月22日
スーダン:ゲダレフ州、7週間で栄養失調児3000人を治療―緊急対応医療コーディネーターへのインタビュー
2010年の7月中旬、国境なき医師団(MSF)は、スーダンを始めとするアフリカのサヘル地域(サハラ砂漠南縁部)に複数の栄養治療センターを開設した。さらにスーダン保健省と協力して、スーダン東部ゲダレフ州の2つの地域で、栄養治療プログラムを...
2010年9月17日
パキスタン:終わらない洪水被害─バルチスタン州のプログラム責任者の報告
国境なき医師団(MSF)のパキスタン・バルチスタン州におけるプログラム責任者ジェームス・カンバキは、洪水被害が長引くデーラ・ムラド・ジャマリ周辺での援助活動について、次のように語った。活動アップデートと活動地を見る度重なる洪水被害に疲れ果て...
2010年9月17日
国境なき医師団(MSF)は、ホンジュラスの首都テグシガルパで起きたデング熱流行に緊急に対応している。今回の流行が、どのようなことに関係しているのかをより理解するため、MSFの新興感染症対策技術顧問であるルーシア・ブルムに話を聞いた。 Q...
2010年9月14日
母親のナビラは、弱々しい1歳の娘スハを強く抱きしめながら語る。「この子の嘔吐が一向に止まらなかったのです。下痢と高熱も治まりませんでした。別の病院に連れて行ったのですが、よくならないので、そこのお医者さんがこちらを紹介してくださったのです」...
2010年8月25日
パキスタンのバルチスタン州、デーラ・ムラド・ジャマリ周辺における現在の状況と、そこで実施されている援助活動について、国境なき医師団(MSF)のバルチスタン州におけるプログラム責任者、ジェームス・カンバキが語る。 活動アップデートと...
2010年8月18日
パキスタン:バルチスタン州、洪水で孤立した数千人の援助に成功
国境なき医師団(MSF)のバルチスタン州におけるプログラム責任者ジェームス・カンバキは、カブラ周辺で洪水のために孤立していた集団を発見した(2010年8月16日掲載)。数日後、彼のチームは被災者へ援助を届けることに成功する。 活動...
2010年8月17日
国境なき医師団(MSF)のパキスタンにおける副活動責任者アリーム・シャーは、パキスタン南部の洪水被災者に対する初期段階の援助について次のように語った。 活動アップデートと活動地を見る 洪水を予想だにしていなかった被災者 現地に...
2010年8月17日
チャドのサバブ地域で洪水が発生し、地域の住民約6000人が被害を受けた。この影響で予定していた収穫が遅れる恐れがあり、栄養危機の悪化が懸念されている。 よい面と悪い面が混在するチャドの雨季 チャドにおける国境なき医師団(MSF)の活動責...
2010年8月16日
「出産の前日に子癇(意識消失やけいれん発作を伴う妊娠高血圧症)を発症しました。重症でした」。クリスラは、ハイチの首都ポルトープランスで国境なき医師団(MSF)が運営するイザイ・ジャンティ病院で出産したあと、再び入院した。 多くの妊婦がさま...
2010年8月16日
パキスタン:バルチスタン州の洪水で身動きのとれない数千世帯を確認
カイバル・パクトゥンクワ州(旧北西辺境州)とバルチスタン州では、時おり激しさを混じえながら雨が降り続いており、人道援助物資の配布を大幅に遅らせている。被災者を援助する国境なき医師団(MSF)の日々の活動にとって、この状況が何を意味しているの...
2010年8月13日
ソマリア:「この国の健康指標は、結核も含めて世界で最低水準です」
ソマリアにおける国境なき医師団(MSF)の医療コーディネーター、ルイ・ネイラが、中南部シェベリ川中流地方の2つの農村地域で開始した新たな結核プログラムについて語る。 ソマリア中南部で基礎的な医療と結核治療を提供 ネイラは、ケニアの首都ナ...
2010年8月11日
パキスタン:「被災者のニーズの全容は、まだつかめていません」(8月5日現在)
アウェス・ヤクブ医師は、パキスタンにおける国境なき医師団(MSF)の副医療コーディネーターを務めるパキスタン人医師である。現在、彼は洪水で最もひどい被害を受けた地域の一つであるチャルサダ郡で活動している。 Q. 現在、チャルサダ郡はどの...
2010年8月9日
先日、国境なき医師団(MSF)フランス支部会長のマリー・ピエール・アリー医師が、ニジェール訪問を終えて帰還した。現地では新たな栄養危機が進行しており、それに対する必死の取り組みの中から新しい予防策が生まれてきている。 Q. 現地の状況は...
2010年8月6日
エチオピア: 「国境地帯にいるソマリア難民の大半は、女性と子どもです」―プログラム責任者へのインタビュー―
国境なき医師団(MSF)は2009年2月以降、エチオピア・ソマリ州、リベン地区のドロ・アドに滞在する3万人以上のソマリア難民に医療を提供している。ソマリアでの暴力と耐えがたい生活環境から逃れるため、人びとはエチオピア国境を越える困難な旅に...
2010年8月5日
キルギス南部で6月中旬に発生した、キルギス系とウズベク系の住民間の衝突によって、死者は数百人、負傷者は数千人にのぼり、また、依然として緊迫した状態が続いている。国境なき医師団(MSF)は、現地で被害者住民に向けた医療と心理ケアに従事してい...
2010年8月2日
スーダン南部では、凶作と高まる情勢不安が相まって、この数ヵ月間で栄養失調に陥る人の割合が大幅に増加している。国境なき医師団(MSF)の緊急対応チームはこの危機に対応しているが、スーダンの子どもたちの不必要な死を防ぐためには、より多くの栄養...
2010年7月30日
ハイチ:「活動は少しも縮小していません」―看護師へのインタビュー―
看護師のミシェル・ベック(30歳)は、3ヵ月間のハイチでの活動を終えて帰還したばかりである。現地では、ポルトープランスのデルマ31区にあるサン・ルイ病院で、国境なき医師団(MSF)の医療、ロジスティクス(物資調達、施設・機材・車両管理など幅...
2010年7月28日
中央アフリカ共和国:神の抵抗軍(LRA)の攻撃から逃げまどうゼミオ地域の人びと
中央アフリカ共和国(以下、中央アフリカ)の南東部では、今年4月下旬に急増した武装集団「神の抵抗軍(LRA)」による攻撃のために、数千人が家を離れ、小さな田舎町のゼミオに避難した。国境なき医師団(MSF)は、5月から避難した人びとと彼らを受...
2010年7月13日
マラウイ:はしかの集団予防接種活動手記―落合厚彦、ロジスティシャン―
マラウイでは2010年2月頃からはしか流行の兆候が見られ、国境なき医師団(MSF)は4月、ブランタイヤなど5つの地区で、集団予防接種を現地保健省と協力で行うことを決めました。 同じ予防接種でもプログラムによって戦略は多様 会場設置の準備...
2010年7月8日
キルギス:住民間の強い不信感が人びとへの医療を妨げる―コーディネーターへのインタビュー―
キルギス南部における国境なき医師団(MSF)のコーディネーター、アンドレイ・スラブスキー医師が、数百人が亡くなった住民間の衝突から2週間が経過したオシ市の状況について語った。 Q. 現地では依然として緊迫した状況が続いているのでしょうか...
2010年7月6日
今年、国境なき医師団(MSF)はリベリアで最後の運営病院を現地保健省に移譲した。以下は、それまで現地で活動を続けてきたリベリア人スタッフ、看護師長のアメリア・クフロモの回想録である。MSFがリベリアで緊急医療援助を行った20年の間、リベリ...
2010年6月23日
はしか:はしかとの闘いはまだ終わっていない―専門家へのインタビュー―
この2年間、アフリカの複数の国々では、はしかの大流行がさらに頻発、また拡大し、国境なき医師団(MSF)はその対応にあたってきた。世界保健機関(WHO)は2015年までにはしかを根絶することを目標に定めているが、この病気は20年間にわたって大...
2010年6月21日
南アフリカ共和国:カエリチャ地区、HIV/エイズとともに生きる人びと
カエリチャ地区は、南アフリカ共和国ケープタウン近郊の50万人以上が暮らす広大な黒人居住区で、成人の約3人に1人がHIV陽性です。南アフリカにおける流行の中心地であるこの国では、実に570万人もの国民がHIV/エイズとともに生き、その数は...
2010年6月21日
チャド:「急性栄養失調で子どもを亡くす母親が毎年数十人もいます」
チャド西部のハジェル・ラミ州が栄養危機に直面しているため、国境なき医師団(MSF)は、栄養補給を目的としたいくつかの緊急援助活動を開始している。主要な町の1つであるマサクーリでの活動は、そのうちの1つである。ンジャメナから車で...
2010年6月21日
アフリカ南部マラウイで、はしかが大流行している。この流行に対応するため国境なき医師団(MSF)の活動に加わったスコットランド、グラスゴー出身の医師、ネイル・ストーンは、活動の様子を次のように語った。 死に至る病、はしかの流行 ネイル・...
2010年6月17日
ハイチ:精神科医へのインタビュー 「人びとは落胆し、震災前の生活を懐かしんでいますが、あきらめてはいません」
マリヴォンヌ・バルグ医師は精神科医である。ハイチで活動する国境なき医師団(MSF)の心理ケアチーム(ハイチ人心理療法士13人を含む総勢19人)を指揮している。首都ポルトープランスにあるMSFのサン・ルイ病院でインタビューに応じたバルグ医師は...
2010年6月16日
エイズと結核、まとめてゴールにシュートしよう! ―品田裕子、看護師―
こんにちは。国境なき医師団(MSF)で看護師として活動している、品田裕子です。南アフリカで開催されている2010 FIFAワールドカップでは日本がカメルーンとの初戦を勝ち抜き、世間はおおいに盛り上がっていますね! サッカーと医療という異な...
2010年5月20日
コンゴ民主共和国(DRC)の北東部にあるオー・ウエレ地方およびバ・ウエレ地方は、2008年後半から暴力と武力紛争の犠牲となってきた。2009年8月から2010年4月までニャンガラで国境なき医師団(MSF)の活動を統括してきたピエール・ケル...
2010年5月19日
国境なき医師団(MSF)は、ハイチの首都ポルトープランスでサン・ルイ病院を運営している。そこでウォルソンとその妻は、もう1ヵ月以上も前から、5歳になる息子、ウォルダーソンのベッド脇で看病を続けている。彼らは他の3人の子どもの世話もしながら、...
2010年5月11日
パレスチナ:ナブルスからの証言4 ―ある家族の話「私たちは逃げられない。耐えるしかないのです」
国境なき医師団(MSF)のソーシャルワーカーが、ナブルス近郊のデル・シャラフにある入植地の隣に住む一家を訪問した。以下はその一家の父親による証言である。 あらゆることが禁じられています 自宅の目前にせまる入植地の青い壁を示す住民。 1...
2010年5月11日
パレスチナ:ナブルスからの証言3 ―ある家族の話「そっとしておいてほしい、願いはそれだけです」
これは、いったんヨルダンへの避難を余儀なくされ、1995年にナブルスに戻った一家の話である。当時、多くのパレスチナ人は、ヨルダン川西岸地区での問題は解決したものと思って自宅へと向かった。一家を定期的に訪問して診療する国境なき医師団(MSF...
2010年5月10日
パレスチナ:ナブルスからの証言2 ―パレスチナ人ソーシャルワーカーの報告―「パンしか食べられないこともよくあります」
シャルークは、国境なき医師団(MSF)のナブルスにおけるプログラムで活動するパレスチナ人のソーシャルワーカーです。彼女は自らの人脈を使って、特に困窮状態にある一部の家族を、社会福祉団体や保健省、または国連パレスチナ難民救済事業機関(UNR...
2010年5月10日
パレスチナ:ナブルスからの証言1 ―精神科医の報告―「臨床心理ケアを提供しているのはMSFだけです」
パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区の町ナブルスで、住民たちは新たな形の暴力に苦しめられています。以下は、現地の国境なき医師団(MSF)のプログラムで活動する精神科医ルース・ウルリッヒから届いた2009年7月の報告です。 暴力が日常茶飯...
2010年5月7日
コンゴ民主共和国(DRC)の赤道州から逃れ、隣国コンゴ共和国との国境をなすウバンギ川を越えた約11万人の難民は、依然として同じ川沿いに留まっている。今のところ彼らが帰郷できる見込みは薄い一方で、人びとの健康面や人道上の状況はこの数ヵ月間...
2010年4月26日
インド:医師が語る、マニプール州の少年ヴァンラルシャムの闘病記
治療の転機をきっかけに、HIVと結核から劇的に快復した少年ヴァンラルシャムの様子を、国境なき医師団(MSF)のフィオナ・フィッシャー医師が語る。 2009年11月のヴァンラルシャム。 2010年4月のヴ...
2010年4月23日
アブロは祖母と弟と一緒にデゲラに住み、ナンタネ同様、村の学校に通う4年生だ。家には小さな畑を耕すための数頭の牛を飼い、アブロはその世話を手伝っている。両親は家計を助けるために、首都バマコへ頻繁に出稼ぎに行っている。 「マラリアにかかって一...
2010年4月23日
国境なき医師団(MSF)の訪問チームが初めてナンタネに会った日、彼女もファトゥマタに助けを求めに来ていた。具合が悪く、マラリアではないかと心配しながら、1人で来ていた。他の子どもたちと同じように、ファトゥマタは彼女の熱を測る。熱は36.8度...
2010年4月23日
カンダはマリ南部のカンガバ地区にあるデゲラ村に住んでいる。この村では、ファトゥマタ・トラオレが国境なき医師団(MSF)の研修を受けて、合併症のない単純なマラリアを発症している13歳以下の子どもの治療を行っている。 大木の木陰で診察するマラ...
2010年4月9日
昨年、11~12月にかけて行ったMSF国際キャンペーン「WOUNDS『傷』― 世界からコンゴへ。メッセージを届けよう ―」。 本キャンペーンでは、人道的危機が続くコンゴ民主共和国(以下、「コンゴ」)で、身体・心理・社会的に深い傷を負った人び...
2010年4月7日
カラアザール:医師の証言 ― 最も低いカーストに属する最も貧しい患者の治療
国境なき医師団(MSF)は2年以上前からインド北部のビハール州でカラアザール(内臓リーシュマニア症)の治療プログラムを提供している。インド保健省と協力してバイシャリー地域のハジプール病院および4ヵ所の一次診療所で治療やケアを提供しているほ...
2010年4月7日
カラアザール:医師の証言― 「差別なく治療することに意味があるのです」
国境なき医師団(MSF)は2年以上前からインド北部のビハール州でカラアザール(内臓リーシュマニア症)の治療プログラムを提供している。インド保健省と協力してバイシャリー地域のハジプール病院および4ヵ所の一次診療所で治療やケアを提供しているほ...
2010年4月1日
ロラ・トリヴィノ・ドゥラン医師は、国境なき医師団(MSF)の結核プログラムの中心メンバーとして、レソトにおけるHIV/エイズ治療に取り組んでいる。モリジャに拠点を置いて、主にスコット病院と14の地域診療所で活動しおり、これらの施設の担当区域...
2010年4月1日
結核:マロモラ・パニェン、33歳、MSFカウンセラー、結核/HIV患者
マロモラ・パニェンはにHIV感染者の手助けになろうと、 MSFの研修コースを修了し、カウンセラーとなった。 国境なき医師団(MSF)のレソトにおけるHIV/エイズ治療プログラム、セリベン・サ・ツェポ(SELIBENG SA T&Scaro...
2010年4月1日
13歳のツェパング・ロビスはHIV陽性で、6ヵ月間のつらい結核 との闘いを終えたばかりである。 レソトの地方にあるモフォカ村出身の13歳のツェパング・ロビスはHIV陽性である。彼女は祖父のおかげで、6ヵ月間の結核治療を無事に終えた。しかし...
2010年4月1日
57歳のマムフォ・ラツェセは結核とHIVの二重感染でモリジャ にあるスコット病院で治療を受けた。 レソト王国のモリジャにあるスコット病院の女性病棟の外では、短い通路いっぱいに咳の音が響いている。この病棟の看護スタッフ以外に、整然と並べられ...
2010年3月30日
今年1月、厳しい治安状況にあるイラク北部タミーム県の県都キルクークにあるハウィジャ総合病院で、イラク人医師からなる国境なき医師団(MSF)の外科チームが活動を開始した。イラク戦争勃発以降、MSFが直接イラク人患者の診療を行うのはこれが初め...
2010年3月19日
たくましい体と力強い握手、今のタヴァンは健康そのものだ。しかし、2年ほど前は、薬剤耐性結核を患っており、最悪の健康状態にあった。 辛い投薬を支えるのは、本人の意思とスタッフのサポート いまは全快したタヴァン。自らの治療 体験を語り、多く...
2010年3月19日
ラリサは自分が薬剤耐性結核(DR-TB)と診断されたときのことを思い出すと、今でも身震いせずにはいられない。それはアルメニアの首都エレバンにある結核治療センターでの出来事だった。 「もうすべてが終わり、私は死ぬのだわ」 「この世に、これ...
2010年3月8日
ハイチ:劣悪な生活環境に尊厳を奪われる被災者(3月4日現在)
ハイチでMSFの活動を率いたコレット・ガデン ヌ(左)とMSFベルギー支部事務局長のクリス トファー・ストークス ハイチ地震の被災地で、過去数週間にわたって国境なき医師団(MSF)の活動を率いたコレット・ガデンヌ、およびMSFベルギー支...
2010年2月23日
「ジェリー」の愛称で知られるポール・ジェラールは、国境なき医師団(MSF)で5年以上の活動経験を持つ理学療法士である。ハイチ地震発生後すぐ、負傷者のリハビリ支援について打診を受け、被災前は女子校だった場所に設けられたMSFの術後ケア施設で活...
2010年2月22日
ジェラルディン・オーガスティンは、多くのハイチの人と同じように、地震発生直後から被災者の援助にあたっている。若く熱意とエネルギーに溢れる医学生の彼女は、つい最近国境なき医師団(MSF)の活動に加わった。オーガスティンを始めとしたハイチ人スタ...
2010年2月19日
被災から1ヵ月が経過したハイチの現状を分析するため、国境なき医師団(MSF)フランス支部会長のマリー=ピエール・アリー医師が現地を訪れた。現時点での懸案事項は、地震直後に各国から駆け付けた国際医療チームの帰国に伴って医療の空白が生じているこ...
2010年2月4日
ハイチ:ハイチの人びとの尊厳と連帯-MSF広報担当者の報告6-(2月2日現在)
MSF広報スタッフのイサベル・ジョンソン。 ハイチを襲った壊滅的な地震から3週間が過ぎ、国境なき医師団(MSF)の広報担当、イザベル・ジョンソンが現地を離れる日がやって来た。これまで出会った多くの患者と別れる悲しみの中、ジョンソンは地震に...
2010年2月2日
ハイチ:MSFインターナショナル会長のインタビュー(1月29日現在)
ハイチで活動する現地スタッフと緊急対応チームの応援に首都ポルトープランスへ赴いた、国境なき医師団(MSF)インターナショナル会長のクリストフ・フルニエ医師へのインタビューを伝える。 Q.ハイチ地震から2週間が経ちましたが、今回の災害の印象...
2010年2月1日
ハイチ:「震災後の全体像把握に努めています」─MSFの疫学者の報告-
ブリッグ・レイリーは疫学者として、ハイチで国境なき医師団(MSF)の活動に従事している。彼は、現地でMSFのスタッフが目にする医療ニーズやその他の課題に関する情報を収集し、そのデータは、被災者の医療ニーズの全体像の把握と、そのニーズが今後ど...
2010年1月28日
ハイチ:被災地の奇跡−MSF広報担当者の報告5−(1月28日現在)
ハイチの首都ポルトープランスで活動する国境なき医師団(MSF)の広報担当、イザベル・ジョンソンからの現地情報・第5弾。悲劇の中で彼女が見聞きした奇跡をお伝えする。 派遣者の救出にあたったMSFスタッフの一人、 運転手のクリストバル。 「...
2010年1月27日
ハイチ:緊急医療におけるクラッシュ・シンドロームと敗血症の治療-透析看護認定看護師へのインタビュー-(1月25日現在)
ポルトープランス総合病院、透析センターで活動する ステファーン・マデンズ看護師。 今回のハイチ大地震の生存者のなかでも、四肢を激しく損傷を受けた人や、危険なほど感染が進んだ人は、腎不全のリスクにさらされている。 このような状況から、腎臓専...
2010年1月26日
ハイチ:新しい段階を迎えた援助活動−MSF広報担当者の報告4−(1月23日現在)
ハイチの首都ポルトープランスで活動する国境なき医師団(MSF)の広報担当、イザベル・ジョンソンからの現地情報・第4弾をお伝えする。落ち着きを取り戻すとともに、新たな課題も現地の状況は徐々に変化しつつあります。実際、毎日オフィスや病院に入るた...
2010年1月22日
ハイチ:カルフール病院で治療を受ける患者-MSF広報担当者の報告3-(1月21日現在)
ハイチの首都、ポルトープランスで活動を続ける国境なき医師団(MSF)広報のイサベル・ジョンソンが、20日に続き、カルフール地域にあるカルフール病院の状況を伝える。 20日の大きな余震を身をもって体験 今朝、人生最大の恐怖を感じました。ここ...
2010年1月21日
ハイチ:トリニテ病院で治療を受ける患者-MSF広報担当者の報告2-(1月20日現在)
ハイチの首都、ポルトープランスで活動を続ける国境なき医師団(MSF)広報のイサベル・ジョンソンが、17日に続き、市内のMSFトリニテ外科治療センター(トリニテ病院)の状況を伝える。 奇跡的に生き延びた赤ちゃん トリニテ病院を訪問した、M...
2010年1月21日
ハイチ:物資の遅配、そして余震に影響される援助活動−救急医へのインタビュー−(1月20日現在、英語音声)
20日早朝にM6.1の強い余震が発生。24時間態勢で治療を続けるMSFのスタッフと患者も、一時避難を余儀なくされた。ショスカル病院で活動する救急医、セバスチャン・スペンサーに、現地の状況を聞く。 音声で聞く(1月20日付、英語、5分27秒、...
2010年1月20日
ハイチ:地震後のカルフール病院での活動状況-外科医へのインタビュー-(1月19日現在、英語音声)
地震後、48時以内に現地入りし、カルフール病院で活動する外科医のポール・マクマスターが、患者、外科治療、物資供給、現地の治安などの状況について、最新事情を伝える。 音声で聞く(1月19日付、英語、13分42秒、mov形式) カルフール病院...
2010年1月19日
ハイチ:悪化するポルトープランス市内の現状-MSF広報担当者の報告-(1月17日現在)
ハイチの首都、ポルトープランスで活動を続ける国境なき医師団(MSF)広報のイサベル・ジョンソンが、市内の圧倒的な窮状を伝える。 悪化する市内の衛生状態と、人びとの余震への恐怖 ポルトープランスの市内の様子。被災者への支援はいまだ 全く足...
2010年1月19日
ハイチ:MSFの物資援助の活動状況-プログラム責任者へのインタビュ-(1月16日現在)
ドミニカ共和国からハイチに向かうMSFの海外派遣のロジス ティシャン(物資調達管理調整員)。 ロラン・デデューは、ハイチにおける国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者である。1月12日に地震がポルトープランスを襲って以来、彼は現地のチ...
2010年1月7日
パレスチナ・ガザ地区:戦争の後遺症に対応する医療体制の必要性-活動責任者へのインタビュー
2009年1月のガザ侵攻以来、この地区では保健医療のニーズが増大し、国境なき医師団(MSF)は、術後ケア、理学療法、心理ケア、外科手術といった特定分野における医療ニーズの高まりに対応した。MSFのパレスチナ自治区における活動責任者ジャン=リ...
2009年12月28日
中央アフリカ共和国:健康へのメロディー―ご当地ソングで病気と闘う―
中央アフリカ共和国北部のマイティクルでは、国境なき医師団(MSF)がアフリカ睡眠病の治療プログラムを実施している。ここで活動する、ファミリ-・ナース・プラクティショナー(医師に近い医療行為ができる資格をもつ看護師)で救急看護認定看護師の、キ...
2009年12月18日
アフガニスタン:空きベッドが目立つ州都の病院 ─MSFベルギー支部事務局長によるヘルマンド州活動地訪問記─
2009年6月、国境なき医師団(MSF)は、アフガニスタンでの活動を5年ぶりに再開した。以下の文は、同国での活動経験が豊富なMSFベルギーの事務局長クリストファー・ストークスが現地を訪問し、MSFのプログラムの状況について振り返ったものであ...
2009年12月7日
ナイジェリア:テメ病院外傷センター ―整形外科医・堀越さんの活動手記―
Thank you, Jesus. I shall not die! (神様、感謝します。私は死なない!) 画像をクリックして拡大 確か20歳くらいの痛がりで泣き虫な女性の患者だった。 ナイジェリアのポートハーコート市にある、テメ病院の感...
2009年11月27日
ソマリア:南ガルカイヨ病院で活動するMSF医師へのインタビュー
国境なき医師団(MSF)は、ソマリアの南ガルカイヨ病院で外科治療プログラムを展開している。以下は、プログラムを担当するソマリア人スタッフ、アブドラヒ・アダン・モハムド医師へのインタビューである。Q.南ガルカイヨ病院のMSF外科治療施設が非常...
2009年11月20日
ここ数年、抗レトロウイルス(ARV)治療が継続的な資金援助により拡大され、貧しい国に住む何百万人もの命を救っている。貧困にあえぎ、開発の遅れている農村部に住む人びとが、生きる喜び、生き甲斐のある充実した生活を取り戻すことができるようになった...
2009年11月19日
パレスチナ・ガザ地区:MSFの心理ケアプログラム担当医からの報告
イスラエル軍による軍事攻撃、「鋳造された鉛」作戦は、2008年12月27日にガザ地区で開始された。この作戦は、住民の生活にどのような影響を及ぼしたのだろうか。2009年7月に現地の患者、MSFの外国人派遣スタッフ、およびパレスチナ人スタッフ...
2009年11月19日
パレスチナ・ガザ地区:MSFの医療コーディネーターからの報告
イスラエル軍による軍事攻撃、「鋳造された鉛」作戦は、2008年12月27日にガザ地区で開始された。この作戦は、住民の生活にどのような影響を及ぼしたのだろうか。2009年7月に現地の患者、MSFの外国人派遣スタッフ、およびパレスチナ人スタッフ...
2009年11月19日
イスラエル軍による軍事攻撃、「鋳造された鉛」作戦は、2008年12月27日にガザ地区で開始された。この作戦は、住民の生活にどのような影響を及ぼしたのだろうか。2009年7月に現地の患者、MSFの外国人派遣スタッフ、およびパレスチナ人スタッフ...
2009年11月19日
中央アフリカ共和国:緊急栄養治療プログラム責任者へのインタビュー-受け入れ数は増加。これまでに4250人を治療-
中央アフリカ共和国南西部の緊急栄養治療プログラム責任者、クララ・ドゥラークル。国境なき医師団(MSF)は中央アフリカ共和国南西部のボダとノラで緊急栄養治療プログラムを行っている。以下は、その責任者クララ・ドゥラークルへのインタビューである。...
2009年10月16日
イエメン:政治的な所属に関係なく、必要とする人に医療を提供―活動責任者へのインタビュー―
イエメン北部で再び戦闘が始まって、8週間が経過した。首都サヌアにおける国境なき医師団(MSF)の活動責任者アンドレ・ロメロは、現在の状況下での活動について、次のように語る。Q. イエメン北部におけるMSFの活動は、どのように変わってきました...
2009年10月16日
フィリピン:フィリピンの緊急対応コーディネーターへのインタビュー(10月13日現在)
フィリピンの洪水災害に対応している国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーター、ヴォイテク・アスツタブスキが、援助の届いていない小さな町の状況を、現地から報告する。ダムの放流により、町全体が冠水インタビューに応えた緊急対応コーディネー...
2009年10月14日
「家も、田畑も、何もかも失いました」と話す女性。パダン・アライ近くの村にて。インドネシア・スマトラ島沖地震で被災し、過酷な現実と向き合う、3人の証言を紹介する。崩落した村の宗教指導者ラビア・ウムパンの証言ラビア・ウムパンはアムバチャン・ガダ...
2009年10月14日
イラク:「負傷者たちの闘いに終わりは見えません」-MSFフランス会長からの報告-
6年以上も無差別攻撃の舞台となっているイラクの情勢と、マスコミが伝えない被害者たちの実態、そして、国境なき医師団(MSF)のプログラムの現状について、MSFフランス支部会長 マリー=ピエール・アリー医師が報告する。重傷者でさえ、必要な治療が...
2009年10月13日
インドネシア:地震で大きな被害を受けたパリアマン市北部から心理療法士の報告
国境なき医師団(MSF)のマレーシア人心理療法士マーリン・リーは、インドネシアのスマトラ沖地震発生から数日後、MSFが行った調査に参加した。下記は彼女の報告である。現地で活動する、MSFのマレーシア人心理療法士マーリン・リー。パリアマン市北...
2009年10月13日
サモア:緊急対応コーディネーター、ヴェロニク・ドゥ・クラークへのインタビュー
実際に現地を見る限り、対応はかなりうまく行っていると思います。主な被災地は、東の先端に位置するラロマヌという町から南海岸です。サモア諸島のウポル島の南海岸は、ほぼ半分が津波の被害を受けました。ビーチ一帯がすべての家屋や多くの人と共に流されて...
2009年10月9日
フィリピンの洪水災害に対応している国境なき医師団(MSF)の医師、ナターシャ・レイズ=ティクゾンは、移動診療の様子について、次のように語っている。被災地で患者の診療を行う、ナターシャ・レイズ=ティクゾン医師(手前)。Q. 今日(10月6日)...
2009年9月30日
中央アフリカ共和国:南西部の緊急栄養治療プログラムで活動するカロル・カレロ医師へのインタビュー
Q. MSFは8月初旬にボダで集中栄養治療センターを開設し、その3週間後にノラにも開設しました。活動初期の様子はどのようなものでしたか。A. 緊急栄養治療プログラムを始めた当初の数日間は、とても忙しく過ごしました。患者の数はそれほど多くあり...
2009年9月18日
中央アフリカ共和国:「病院も町も見捨てられていました」― 栄養治療プログラム 活動スタッフへのインタビュー ―
国境なき医師団(MSF)は、中央アフリカ共和国(以下「中央アフリカ」)南西部のカルノー市一帯で2009年7月23日から栄養失調の治療を行っている。このプログラムの立ち上げに参加したアニー・ガダンはインタビューで、この活動の初期の様子を語った...
2009年9月18日
クリス・ロックイヤーは2008~2009年の大半を、パキスタンにおける活動責任者として過ごした。ロックイヤーにとって、ソマリア、スーダン北部、ダルフールに続き、国境なき医師団(MSF)からの6度目の派遣だった。洪水、地震、紛争&hellip...
2009年9月11日
コンゴ民主共和国:「誰の目にも、言葉では言い表せない恐怖が浮かんでいます」―プログラム責任者インタビュー
キャサリン・ダーダリアンは、コンゴ民主共和国(以下「コンゴ」)におけるプログラム責任者の任を終えて帰国した。このインタビューで、彼女は現地で暮らす人びとの様子について、また、ウガンダ系反政府勢力「神の抵抗軍」とコンゴ政府軍が衝突するこの地域...
2009年9月8日
パキスタン:スワート渓谷からの避難民と受け入れ家族両方に医療を提供
パキスタン北西辺境州における反政府武装勢力タリバンと政府の武力衝突は、2009年4月中旬以降、激化し、5月には危機的レベルに達した。政府の統計では、210万人が北西辺境州での戦闘を逃れて、マルダン郡、チャルサダ郡、およびペシャワール市などに...
2009年7月17日
バングラデシュ・インド:サイクロン「アイラ」被災者たちの証言
サイクロン「アイラ」の被害を受けてから一ヵ月半が経ったインド・西ベンガル州の農村地域でMSFは緊急援助を行っています。被災者たちの証言をご紹介します。ウシャ・モンダル(23才/トンタラ村在住)「サイクロンの直撃によって土手がいくつか破壊され...
2009年7月16日
バングラデシュ・インド:サイクロン「アイラ」被災地で活動する医師が語る「終わりの見えない大惨事」
ホマ・マンソールは、インド西部のムンバイで国境なき医師団(MSF)のHIV/エイズ診療所に勤める34才の医師です。サイクロン「アイラ」がインド東部を直撃してから1ヵ月が過ぎても、多くの地域で今なお基本的なニーズに対する援助が緊急に必要とされ...
2009年7月13日
ジンバブエ:この国からエイズをなくしたい ─自らもHIV/エイズとともに生きる看護助手の物語
MSFの診療所で働くダディライはいつも颯爽としている。アフリカ南部、ジンバブエの首都ハラレ郊外にある診療所で、MSFはHIV/エイズ患者の治療に取り組んでいます。ダディライは、この診療所で働く32才のジンバブエ人女性。いつも朗らかで、診察を...
2009年6月26日
プログラム責任者ダナ・カナリの日記 第三編 - ケニア・ダダーブ難民キャンプより -
ダナ・カナリは国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者として、ケニア北部の町ダダーブにあるダガレイ・キャンプで3ヵ月間勤務しました。このキャンプにはソマリアで起こっている戦闘を逃れてきた27万人以上の難民が暮らしていますが、食糧、水そして...
2009年6月26日
プログラム責任者ダナ・カナリの日記 第二編 - ケニア・ダダーブ難民キャンプより -
ダナ・カナリは国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者として、ケニア北部の町ダダーブにあるダガレイ・キャンプで3ヵ月間勤務しました。このキャンプにはソマリアで起こっている戦闘を逃れてきた27万人以上の難民が暮らしていますが、食糧、水そして...
2009年6月26日
プログラム責任者ダナ・カナリの日記 第一編 - ケニア・ダダーブ難民キャンプより -
ダナ・カナリは国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者として、ケニア北部の町ダダーブにあるダガレイ・キャンプで3ヵ月間勤務しました。このキャンプにはソマリアで起こっている戦闘を逃れてきた27万人以上の難民が暮らしていますが、食糧、水そして...
2009年6月4日
【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―小口隼人、ロジスティシャン―
難民・国内避難民への援助にかかわることは、彼らの持つ人としてのさまざまな面に触れることでもあります。MSF日本から、世界各地の難民・避難民援助の現場に派遣されたスタッフに、援助活動の現場で抱いた思いを聞きました。以下は、スーダンのダルフール...
2009年6月3日
【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―品田裕子、看護師―
難民・国内避難民への援助にかかわることは、彼らの持つ人としてのさまざまな面に触れることでもあります。MSF日本から、世界各地の難民・避難民援助の現場に派遣されたスタッフに、援助活動の現場で抱いた思いを聞きました。以下は、スーダンのダルフール...
2009年6月3日
【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―菅原美紗、医師―
難民・国内避難民への援助にかかわることは、彼らの持つ人としてのさまざまな面に触れることでもあります。MSF日本から、世界各地の難民・避難民援助の現場に派遣されたスタッフに、援助活動の現場で抱いた思いを聞きました。以下は、スーダンのダルフール...
2009年6月3日
【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―田村美里、助産師―
難民・国内避難民への援助にかかわることは、彼らの持つ人としてのさまざまな面に触れることでもあります。MSF日本から、世界各地の難民・避難民援助の現場に派遣されたスタッフに、援助活動の現場で抱いた思いを聞きました。以下は、コンゴ民主共和国、チ...
2009年5月1日
スリランカ:24時間体制の治療がつづく ─外科医ポール・マクマスターとの電話インタビュー(4月27日付)
ポール・マクマスター医師 医療スタッフは今も24時間体制で働いており、状況は日々変化しています。 4月第4週を前にして緊急手術を必要とする患者の数は急減しました。4月23日に受け入れた患者は44人で、これは4月第3週の日曜日以来、初めて...
2009年5月1日
スリランカ:過去24時間の状況 ─外科医ポール・マクマスターとの電話インタビュー(4月24日付)
ポール・マクマスター医師 現在、バブニヤで活動している国境なき医師団(MSF)のチームは非常に小規模です。私はずっと病院内にいるため、全体の状況はわかりません。 過去24時間に来院した負傷者数は、初めて減少しました。昨日来院した重症患者...
2009年5月1日
スリランカ:バブニヤ病院で活動するMSF外科医、ポール・マクマスターとの電話インタビュー(4月23日付)
ポール・マクマスターは国境なき医師団(MSF)によってスリランカに派遣された外科医である。現在同国北部にあるバブニヤ病院で更に北にある紛争地帯、バンニ地方から運ばれてくる数万人の一般市民の治療にあたっている。過去数日間で推計6万人の一般市民...
2009年4月8日
チャド東部におけるはしかの大規模な流行を受けて、国境なき医師団(MSF)は6ヵ月~15才児に予防接種を受けさせている。チャド保健省との協力により、州都アベシェではこれまでに約13万5千人の子どもたちが予防接種を受けている。スーダンとの国境地...
2009年3月10日
スーダン:ダルフール地方で出会った人びとの暮らし〜日本人看護師の報告〜
田岡知明さんは昨年6月にスーダンに赴き、ダルフール地方で栄養治療プログラムに携わりました。厳しい条件のもとで生きる住民とともに生活し、感じたこと、その報告をご紹介します。【ダルフール地方で一般的な、草でつくった住居の 前で】ダルフールという...
2009年3月10日
ジンバブエでコレラの歴史的な大流行が起きている中、ノルウェー出身の看護師であるピア・エンゲブリクトセンは、同国のマスビンゴ州に2ヵ月派遣されました。今回の派遣は、彼女にとって4度目となります。国境なき医師団(MSF)は2009年2月までに、...
2009年3月8日
僕は、おじのためにトイレットペーパーを買いに、店に行きました。1人の男が自分のことをじろじろ見ていることに気付きました。そいつは僕のところへやって来て、僕の名前を聞きました。僕は本名を言いたくなかったので、「ジュニア」だと答えました。そして...
2009年3月8日
ポールはいくらかお金を受け取っていました。私たちと分け合うはずだったのです。おばと兄弟と私がポールに会いに行くと、ポールは自分は2万フラン(約2千円)しか受け取っていないから、1人千フラン(約千円)ずつ分けてやると言いました。私たちはそれだ...
2009年3月8日
「学校から帰ってきて、お昼を食べて、また外に出る支度をしていたの。そうしたらお父さんが、150フラン(約14円)をあげるからお父さんの寝室においでと言ったの。私が行きたくないと言うと、お父さんは無理矢理私を寝室に連れていって、私にひどいこと...
2009年3月8日
フマナは、治療促進キャンペーン(TAC: Treatment Action Campaign)のボランティアです。この組織は南アフリカのNGOで、性的暴力、HIV/AIDSと結核への取り組みを行っています。私はカエリチャに住んでいます。ケー...
2009年3月8日
私は通りを歩いていました。この家の前を通りかかったところ、男が力ずくで私を家の中に連れ込み、レイプしました。面識はありませんでした。これまで見かけたことのない男でした。私は抵抗しようとしましたが、彼の方が力が強く、地面に投げ飛ばされました。...
2009年3月5日
危険な脱出5才の少年Rは病院のベッドで眠っている。8才の姉は頭をベッドに横たえ、ぼんやりと前を見つめている。少年は脚に銃創を負っており、患部に包帯がきつく巻かれている。この一家は紛争地帯から逃れ、2月8日に病院にたどり着いた。政府の支配下に...
2009年3月4日
ナイジェリア:栄養治療プログラム参加報告〜南希成医師の記録〜
ナイジェリアの北部、ヨベ州で、栄養失調の子どもたちを治療する活動に参加した日本人小児科医・南希成さんが、活動終了後に、具体的な活動内容、現地での生活、印象、その詳細をつづった記録をご紹介します。1. 活動概要2. 栄養治療センターでの医療内...
2009年2月16日
リヤド(19才)はベイトラヒヤ北部の町、アル・アタトラの出身です。この地域はイスラエル軍のガザ侵攻で特に激しい被害を受けました。1月5日、リヤドはイスラエルのロケット弾により重傷を負い、左脚の切断を余儀なくされました。1月下旬の停戦以来、リ...
2009年2月10日
2009年1月末、ハマス─イスラエル間の停戦の前後に一次手術を受けた患者のうち、MSFのテント病院に入院して二次手術とケアを受け、傷が回復しつつある人も出てきました。しかし、これらの人にとって爆撃や怪我にさらされた心理的な影響は深刻です。シ...
2009年2月9日
コンゴ民主共和国:続くエボラ出血熱との闘い ― 緊急対応コーディネーターの日記2―
看護師のルイス・エンシナスは、アフリカ大湖地域における活動を統括している。2009年1月の第1週まで、コンゴ民主共和国(DRC)中部の西カサイ州で、エボラ出血熱の流行と闘う国境なき医師団(MSF)のチームを率いていた。以下は、現地での活動期...
2009年1月29日
コンゴ民主共和国:かつてないクリスマス... ―エボラ出血熱:緊急対応コーディネーターの日記1―
看護師のルイス・エンシナスは、アフリカ大湖地域における活動を統括している。2009年1月の第1週まで、コンゴ民主共和国(DRC)中部の西カサイ州で、エボラ出血熱の流行と闘う国境なき医師団(MSF)のチームを率いていた。以下は、出血熱発生の知...
2009年1月28日
コンゴ民主共和国:激しい紛争からウガンダに逃れた難民たちの証言
ウガンダ・ナキヴァレにあるカバヒンダ難民キャ ンプで治療を受けるコンゴからの難民。 コンゴ民主共和国(DRC)の紛争を逃れてウガンダで避難生活を送る難民たちは、暴力、虐殺、および軍隊や武装集団に強制的に入隊させられることへの恐怖から、帰...
2009年1月2日
パキスタン:バルチスタン州での地震対応 -緊急活動担当責任者の報告-
パキスタンのバルチスタン州で10月29日に発生した地震をうけ、緊急活動担当責任者として派遣されたイブラヒム・ユニスからの報告をご紹介します。 「10月29日未明、パキスタンのジアーラット地区をマグニチュード6.4の地震が襲いました。被災地...
2008年12月15日
コンゴ民主共和国:キブ州情勢-MSFの外科医、ルチュルの状況について語る-
国境なき医師団(MSF)の外科医であるデヴィッド・ノットは、コンゴ民主共和国(DRC)のルチュルにおける活動を終えて10月下旬に帰国した。ある日MSFの2つの外科チームは24時間の間に75人の患者を治療したが、その全員が銃撃による負傷者だっ...
2008年12月15日
コンゴ民主共和国:戦闘の前線は変わるが、紛争には変化なし ―看護師の証言―
ドイツ人看護師のエルケ・フェライセンはコンゴ民主共和国(DRC)のゴマから11月下旬に帰国した。彼女はこの10ヵ月の間、国境なき医師団(MSF)の医療コーディネーターとして、コンゴの北東部に位置し、紛争に疲弊したキブ州で活動をしていた。 ...
2008年12月5日
コンゴ民主共和国:避難民キャンプでの活動責任者の報告 「人びとに援助が届かない、これは切実な問題です」
アニー・デジレは、コンゴ民主共和国(DRC)、北キブ州の州都ゴマから北に約85キロのキチャンガで、国境なき医師団(MSF)の活動責任者を務めている。キチャンガには避難民キャンプが2ヵ所あり、それぞれ推定2万5千人と1万8千人の避難民がいる。...
2008年12月5日
コンゴ民主共和国:北キブ州で戦闘 -幼い子どもを連れて避難している、二人の母親-
コンゴ民主共和国、北キブ州の州都ゴマのすぐ北に位置するキバティの避難民キャンプには、10月ごろから続く戦闘を避けて、多くの人びとが避難している。 Oは6才。足が腫れ上がっている。キバティでの移動診療に携わる、国境なき医師団(MSF)のムム...
2008年12月2日
コンゴ民主共和国:北キブ州における戦火と人 ─医療活動従事者の手記から─
国境なき医師団(MSF)のオペレーションアドバイザー、ヘレン・オニールは、最近、コンゴ民主共和国北東部キブ州での任務を終え帰国した。コンゴでは、15年間にも及ぶ紛争がさらに悪化し、何万人もの人びとが武力衝突から逃がれるため避難を余儀なくされ...
2008年11月20日
スーダン:砂漠地帯のアディラより ―ロジスティシャン小口さんの活動手記―
小口隼人さんはMSFの物資調達管理調整員として2008年6月にスーダン・ダルフール地方に派遣されました。その活動の様子について、現地から届いた便りをご紹介します。私は2008年6月下旬から、ロジスティシャン(物資調達管理調整員)として、スー...
2008年10月28日
南アフリカの国、ザンビアでHIV/エイズとともに生きる人びと、それぞれのライフ・ストーリー。同国で国境なき医師団(MSF)の治療を受けている4人の患者が、治療、家族との関係、そして前向きに生きるための姿勢について語っています。 ムワバに授か...
2008年8月19日
中国:四川大地震から3ヵ月 MSFプログラム責任者へのインタビュー
3ヵ月前に中国・四川省を襲ったマグニチュード7.9の壊滅的な地震を受け、国境なき医師団(MSF)は、外科および基礎医療ケアを実施し、「クラッシュ・シンドローム」*の治療を強化するために腎臓障害の専門家を派遣した。さらに、医薬品や医療用品、...
2008年7月23日
皆さんモン族という人々をご存知でしょうか?もともと中国にいた民族ですが漢民族に圧迫されて南下し、約200年前に現在のベトナム・ラオス近辺の山岳部に定住しました。第一次インドシナ戦争では宗主国フランスの手先として利用され、フランスからの独立を...
2008年6月30日
タイ:モン族難民キャンプより ―ロジスティシャン森脇さんの活動手記―
タイ東北部にある難民キャンプで、ロジスティシャン・アドミニストレーターとして活動している森脇千英子さんから、2008年4月20日に寄せられた報告です。私は現在、国境なき医師団(MSF)の一員として、タイ北東部にあるモン族難民キャンプで活動し...
2008年6月16日
四川省で発生した地震の被災者の多くは、家屋や財産を失ったばかりではなく、友人や家族も失っている。地震という恐ろしい経験をした後、多くの人びとは未だにショック状態にあり、明らかに心理的な支援を必要としている。現在、国境なき医師団(MSF)の心...
2008年6月11日
スーダン、アビエイでの戦闘 プログラム責任者へのインタビュー
5月14日に、スーダンのアビエイでスーダン政府軍と反政府組織であるスーダン人民解放軍(SPLA)の間で戦闘が発生したことを受けて、国境なき医師団(MSF)は戦闘による避難民を治療するため、トゥラレイとアゴクに、外科医1名と麻酔医1名を含む1...
2008年6月5日
中国・四川省成都での任期を終えた国境なき医師団(MSF)の緊急コーディネーター、トニー・マーチャントが、現地における心理ケア、仮設住宅、基礎的な救援物資の配布を中心とした活動について語った。 Q. 現在、四川省の人びとの主なニーズは何でしょ...
2008年1月17日
「私にはこうするしかありません」MSFのイエメンにおける人道問題担当、イングリッド・キルヒャーの手記
「私にはこうするしかありません。たとえ海で溺れ死ぬとしても、私はイエメンへ行かなければならないのです。生き残れるかもしれません。けれども、モガディシオに帰れば、私は死にます。」身内の男性2人を亡くしたモガディシオ出身の27才のソマリア人男性...
2007年10月25日
コンゴ民主共和国:看護師へのインタビュー「多くの人が深刻な状態で病院に到着しています」
コンゴ民主共和国(DRC)東部、北キブ州のマシシ地区では、現地スタッフ100名と派遣スタッフ5名からなる国境なき医師団(MSF)のチームが活動を行っている。チームは120床の病院と診療所の2ヵ所において、戦争の負傷者への手術や、避難民や現地...
2007年10月25日
スーダン・ダルフール地方:タウィラにおける医療コーディネーターへのインタビュー
国境なき医師団(MSF)はダルフール地方で過去1年間にわたり、深刻化する治安状況のために医療を受けられない最も孤立した人びとに援助の手を差し伸べようと懸命に努めてきた。8月に北ダルフール州の町タウィラで新しいプログラムが始まった。同地をめぐ...
2007年10月22日
イエメン:活動責任者の手記―荒海を渡りイエメンへ渡る絶望した移民たち―
(10月29日 萩原麻美子医師の手紙を追加) イエメンの海岸に到着した移民のひとりに脱水症状の治療をおこなう萩原医師(右側) 国境なき医師団(MSF)は、イエメン南部の沿岸部に到着する大勢の移民に援助を行うため、新たなプログラムを開始...
2007年10月14日
コンゴ民主共和国:エボラ出血熱に対処する水・衛生専門家の手記(3)
手記(2)はこちら 木曜日 現在、隔離病棟には男性と女性1人ずつ、2名の患者がいます。2人の検査結果は陽性だったため、「感染の疑いがある人」用の2部屋から「確定者」用の病棟に2人を移しました。正面にあるベランダが機能的で、そこに籐椅子を2...
2007年10月11日
コンゴ民主共和国:エボラ出血熱に対処する水・衛生専門家の手記(2)
手記(1)はこちら 日曜日 今日の午前中は新たな患者がいなかったので、きちんと掃除をしてあらゆるものを収めるべきところに整理することができました。毎週半日の休暇をもらえるので、今日の午後は休みを取るのにちょうど都合がよく思われました。素晴...
2007年10月2日
スペイン人看護師のルイス・エンシーナスは、8月中旬に発生したペルー地震後に援助活動を開始した、国境なき医師団(MSF)緊急援助チームのコーディネーターである。40人からなるこのチームには、医師、看護師、心理療法士、ロジスティシャン、水・衛生...
2007年10月1日
コンゴ民主共和国:エボラ出血熱に対処する水・衛生専門家の手記
ゾーイ・ヤングは、現在エボラ出血熱が流行するコンゴ民主共和国で、国境なき医師団(MSF)の水・衛生の専門家として活動している。ヤングはこれまでに、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国(DRC)、スーダン、そしてアンゴラと多くの活動地でさまざま...
2007年9月20日
スペイン人看護師のルイス・エンシーナスは、8月中旬に発生したペルー地震後に援助活動を開始した、国境なき医師団(MSF)緊急援助チームのコーディネーターである。40人からなるこのチームには、医師、看護師、心理療法士、ロジスティシャン、水・衛生...
2007年9月13日
国境なき医師団(MSF)は、2002年の内戦勃発後にコートジボワールでの活動を開始した。2007年3月、政府軍と反乱軍の間で和平協定が締結されて以来、医療システムの再建が保健省の最優先事項となっている。内戦前、同国保健省は治療費の患者負担制...
2007年9月12日
スペイン人看護師のルイス・エンシーナスは、8月中旬に発生したペルー地震後に援助活動を開始した、国境なき医師団(MSF)緊急援助チームのコーディネーターである。40人からなるこのチームには、医師、看護師、心理療法士、ロジスティシャン、水・衛生...
2007年9月1日
心理療法士サイモン・ミジリーは、コロンビアのチョコ県にあるリオスシオの町で、現地を襲った洪水の被害者に援助を提供している国境なき医師団(MSF)のチームの一員である。以下に、ミジリーが現地の様子を綴った。 太鼓とトランペットの音で朝5時半に...
2007年8月28日
ルイス・エンシーナスは、国境なき医師団(MSF)の緊急コーディネーターであり、8月15日(水)にペルー沿岸部を襲った大地震の被災者に医療ケアを提供するため、緊急援助チームを統括している。8月18日(土)には12トンの救援物資を積んだMSFの...
2007年7月18日
スーダン・ダルフール地方:活動責任者へのインタビュー -人びとの強さが恐怖を克服させてくれた-
国境なき医師団(MSF)のオペレーション・マネージャーに就任したヴァネッサ・ヴァン・ショールは、2005年10月から13ヵ月間スーダンのダルフール地方における活動責任者を務めた。ダルフール地方で人道援助活動に携わる者が直面するリスク、活動の...
2007年5月2日
ブルンジにおけるACT治療 -医療コーディネーターへのインタビュー-
「全体として、ブルンジにおけるアルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬の併用療法(ACT)の実施は順調です。ACTは国が承認したマラリアの第一選択治療であり、広範に利用することができます。」 国境なき医師団(MSF)のブルンジにおける医療コー...
2006年11月8日
パキスタン地震から1年:バーグにおけるアシスタント・アドミニストレーター、サハード・フセイン・カーンへのインタビュー
Q. 地震から1年が経過した現地の状況を説明してください。 A. 2005年10月8日に地震が発生したあと、人びとは呆然としていました。崩壊した家屋、亡くなった近親者、けがを負った家族。多くの人びとが、足や手、背骨などを骨折していました...
2006年11月8日
パキスタン地震から1年:イスラマバードにおけるアシスタント・ロジスティシャン、ウスマン・アビッドへのインタビュー
Q. 地震発生直後の状況を教えてください。 A. 2005年10月8日の朝、私は自宅で寝ていました。イスラム教の聖月であるラマダンの期間中だったため、ほとんどの人は、朝の礼拝を終えたあと眠りについていました。突然、辺り一面が揺れ動くのを感...
2006年11月7日
パキスタン地震から1年:活動責任者、ファジル・テザラへのインタビュー
2005年10月8日にインドとパキスタンの間に広がるカシミール地方で発生した地震は、7万人以上の命を奪い、その半数は女性と子どもだった。負傷者は12万5千人近くにのぼった。公式発表によると、約60万棟の家屋が崩壊し、350万人以上が避難した...
2006年9月26日
治安の悪化が及ぼす影響 −活動責任者およびプログラム責任者へのインタビュー−
2004年、ダルフール地方における紛争により200万人が避難民となった。人びとは村を逃れ、正規軍が支配する都市に避難場所を求めている。また、20万人がこれまでに隣国のチャドに避難している。 現在、再び戦闘が始まり、そこで暮らす人びとに不可欠...
2006年9月15日
「ジェベルマラ山地で、これまで何もなかった場所に人道援助の場を作り出しました」 −プログラム責任者へのインタビュー−
国境なき医師団(MSF)は、スーダンのダルフール地方で何度か攻撃の対象となったのち、活動の一部を一時的に中止し、ジェベルマラ山地から派遣ボランティアを撤退させることを余儀なくされている。この地域におけるプログラム責任者であるアルフォンス・ベ...
2006年8月31日
ジェローム・スーケはコンゴ民主共和国(DRC)における国境なき医師団(MSF)の活動責任者である。7月31日の大統領選挙に続く3日間、MSFのチームがゲティから一時撤退していた際に、スーケは現地の4万5千人の避難民について、強い懸念を示して...
2006年8月4日
不適切な諸外国からの援助は、再び起こる暴力によって脅かされる
2003年に紛争が始まったスーダン西部のダルフール地方では情勢が悪化しており、再び起こる暴力により、同地方の人びとへの援助が縮小している。国境なき医師団(MSF)の活動統括責任者、デニス・ルマッソン医師はスーダンから戻ってきたばかりである。...
2006年7月10日
既に数千人の子どもが栄養失調に −活動責任者へのインタビュー−
ニジェールのマラディ県にある国境なき医師団(MSF)の栄養治療センターでは、今年3月中旬以来、既に約千人の子どもが治療を受けている。例年の急性栄養失調のピーク期まであと2ヵ月もあることを考えると、この数字は非常に大きい。2005年の栄養危機...
2006年3月7日
慢性的な治安の悪さのため活動見直しと拡大へ ― 活動責任者らへのインタビュー ―
西ダルフール州では、2004年の暴力的な抗争により、現地の全住民に絶え間ない暴力が及び、慢性的に治安の悪い状況が続いている。国境なき医師団(MSF)の課題は、今も大規模な支援を必要としている人びとに医療を提供し続け、新たな緊急事態にも対応し...
2006年1月13日
インドネシアのアチェ州は、2004年12月26日に起きたスマトラ島沖地震・津波で突然世界中から注目を集めるようになり、おびただしい数のジャーナリストや援助団体が沿岸部に殺到した。しかしながら、この地域は内陸部で血なまぐさいゲリラ戦の嵐が吹き...
2006年1月13日
援助活動を行う筆者(中央)、アチェ州 2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震・津波によってインドネシア、アチェ州の海岸地域が壊滅的状態に陥った。その2日後、インドネシアが国を挙げてこれに対処するのに並行して、国境なき医師団(...
2006年1月10日
ダルフールに来れば、援助の必要性は一目瞭然 −活動責任者へのインタビュー−
22年におよんだ内戦の末、2005年1月9日にスーダン南北部の間に和平協定が調印されたが、現在も本当に平和になったわけではない。世界がスーダン北西部のダルフール地方で起きている緊急事態に目を向けはじめてから2年近くが経つが、現地の人びとの苦...
2005年12月22日
ラケル・ルヴィドクセン看護師はスーダンで内戦の被害を受けているダルフール地方の町、セリフ・ウムラにおける国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者である。以下は、いまだに不安定な状況におかれ、暴力にさらされている現地の人びとの窮状に関する報...
2005年12月6日
母に抱かれて治療を受ける子ども、ザンデール県 2005年1月から11月にかけて、国境なき医師団(MSF)のニジェールの集中栄養治療センターに入院した重度の栄養失調の子どもは6万人近くにのぼる。重度の栄養失調の患者数こそ徐々に減少しているも...
2005年11月11日
緊急援助コーディネーターのインタビュー -長期にわたる、数多くの取り組みが必要-
パキスタンで発生した地震は、アクセスの困難な山岳地帯に甚大な被害と莫大な数の死傷者をもたらした。被災地はこれから厳しい冬を迎え、人びとのおかれた状況はますます悪化すると予想される。国境なき医師団(MSF)は活動初期の段階に、負傷者に応急処置...
2005年11月8日
地震の被害により、渓谷地帯の多くの村は陸路でアクセスできない。援助車両が通行可能な地点まで物資を運ぶ。 国境なき医師団(MSF)のジャン=フランソワ・コルティ医師は、カシミール地方を襲った地震の2日後、被災地域にむけて出発した。活動責任者...
2005年10月21日
看護師の報告 -壊滅的な被害を受け、孤立化した山あいの村、ラムニアンでの活動-
パキスタン地震発生から4日後の10月12日、イギリス人看護師クリッシー・マクベイは、イスラマバードからパキスタン側カシミール地方のラムニアン村にヘリで到着した。彼女は、見る影もないほど破壊された地域での活動を次のように話している(インタ...
2005年10月4日
このほど、国境なき医師団(MSF)のスーダンにおける活動を統括しているガブリエル・トルヒーヨ(在フランス)がスーダンの西ダルフール州を訪れた。同地の避難民は、今なお絶え間ない暴力にさらされ、緊張の緩むこともないなか、不安定な暮らしを強いられ...
2005年9月29日
ニジェールでは現在も、国境なき医師団(MSF)の栄養失調治療センターで治療を受ける重度の栄養失調の子どもの数はまったく減少していない。以下は、MSFの緊急プログラムを統括するティエリー・アラフォート=デュヴェルジェによる、この危機の分析であ...
2005年8月25日
「ソマリアでは常に銃口が向けられているため、人々に自由はありません。」インタビュー:銃弾の痕が残る首都モガディシオで働くソマリア人薬剤師
ソマリア人薬剤師、アナブ・モハムード・モハメドは、ソマリアで1997年から国境なき医師団(MSF)のプロジェクトに参加している。彼女は今年 6月下旬、特別なビザの発行を受けてバルセロナを訪れ、MSFの年次総会でソマリアの現状について意見交...
2005年8月9日
集中栄養治療センターの医師の報告 -食ベ物を受けつけるかどうかが回復への鍵-
重度の栄養失調に陥った子どもを診るブランティ医師 シルヴェンヌ・ブランティは、1ヵ月前からニジェールのアギエにある国境なき医師団(MSF)の集中栄養治療センターで医師として働いている。フランスのパリ近郊で一般開業医を営む彼女は、MSFの活...
2005年7月5日
精神分析医のファビエンヌ・ドゥ・ルヴァルは、スマトラ島のバンダアチェ、シグリ、ラムノで国境なき医師団 (MSF) が行っている精神衛生に関連する活動をコーディネートしている。 Q.アチェに到着したのはいつですか?そのときの役割は何でした...
2005年5月27日
4月30日 土曜日 毎朝教会の鐘の音に起こされる。残念ながら人が想像するほど美しいものではない。長いパイプを金属の棒で強く叩いたような音だ。朝5時45分には鳴り出す。 ベッドは、マールブルグ出血熱の心配から解放される場所だ。特別な空間にし...
2005年4月28日
ロンドン出身のゾーイ・ヤングは、水と衛生の専門家として国境なき医師団(MSF)の活動に従事している。 彼女は、マールブルグ出血熱の蔓延を食い止める緊急援助活動に参加するため、2005年4月7日(木)にアンゴラ入りした。これまでに少なくとも...
2005年1月15日
臼井律郎(外科医) 2004年12月28日から2005年1月8日まで東部のバティカロアで活動。 (インタビューは1月中旬に実施。) Q1:今回の派遣先は? スリランカ東岸のバティカロアという町です。周辺地区を合わせて人口は約50万人です...
2004年11月30日
2004年7月から3ヵ月間、スーダン・南ダルフール州のカスでMSFの緊急援助活動に参加した道津美岐子看護師からの報告です。 ●カスの町で診療所開設 カスの町は南ダルフール州の中心都市ニヤラから北西に約90キロ、車で約2時間の所に位置し...
2004年8月31日
紛争が続くスーダン・ダルフール地方では、100万に達する人々が、十分な援助も受けられないまま不安定な避難生活を送っています。西ダルフール州の町ザリンゲイで3ヵ月間の緊急援助活動に携わり、7月に帰国した大野充看護師に現地の様子を聞きました。 ...
2004年8月27日
ダルフールで活動を続けるMSFの医療チームは、数週間前からE型肝炎の流行に直面している。WHOによると1,000人以上が感染し、27人が死亡した。E型肝炎は妊娠している女性にとって特に危険な感染症である。モルネイのMSFチームは7週間で44...
2004年8月20日
スーダン、ダルフールでの活動日記 (2004年7月7日から14日)
途切れがちな無線連絡、通れない道、広がる栄養失調、移動中のチームの立ち往生、緊急手術、そして雨。以下は、ダルフールのニヤラで活動する国境なき医師団(MSF)の活動責任者、ジョン・ヘネマンの活動記録である。 7月7日雨季に入り 、問題が続...
2004年7月16日
西ダルフールのエル・ジェニナ郊外にあるリヤド避難民キャンプで、人々は不衛生な環境のなかでの生活を強いられている。 2万から3万人の難民が、棒切れ、木の葉、ダンボールの切れ端、布切れなど、手に入る廃品なら何でも集めて作った、何千という今にも...
2004年7月16日
大規模な激しい武力弾圧を生き延びた後も、人々はダルフール全域で健康上の危機に瀕している。MSFのスーダンにおける活動責任者のグレッグ・エルダー医師は、栄養失調の治療に加えて、感染症や性的暴力に関する医療活動について次のように語っている。 ...
2004年4月13日
フランス人の看護師とカナダ人のロジスティシャンは、国境なき医師団(MSF)のボランティアとして、スーダンのダルフール地方の町モルネイで約2ヵ月の間活動した。モルネイ付近では数ヵ月にわたって攻撃が続いているため、安全上の理由で町の外に患者を搬...















