
ハイチ:「震災後の全体像把握に努めています」─MSFの疫学者の報告-
2010年02月01日掲載
ブリッグ・レイリーは疫学者として、ハイチで国境なき医師団(MSF)の活動に従事している。彼は、現地でMSFのスタッフが目にする医療ニーズやその他の課題に関する情報を収集し、そのデータは、被災者の医療ニーズの全体像の把握と、そのニーズが今後どう発展するかという予測に利用される。
この情報のおかげで、MSFは現在の治療を効果的に進めながら、多くの命にかかわる今後の医療活動計画を立案することが可能になる。MSFが取り組む現在の優先課題は何か、それは今後の数週間、数ヵ月間でどのように変わっていくか。レイリーは次のように語っている。
致命傷へと悪化させないために移動診療も活用

MSFで活動する疫学者のブリッグ・レイリー。
(2008年撮影)
ハイチ地震直後の数日間、メディア報道は、破壊の規模の大きさや多くの人命が失われたことを伝える映像であふれました。あまりに多くの遺体が映し出され、一部ではこうした遺体から病気が広がるのではないかという不安を呼びました。こうした懸念は、ほとんど根拠のないものです。一般的に、遺体が感染症の発生源になったり、流行を引き起こしたりすることはありません。生きている人間の方が、そして実際に病気の症状が出ている人間のほうが、病気を広げる可能性はずっと高いのです。ですから、放置された遺体はもちろん懸念すべき問題ですが、疫学的観点からいえば優先課題ではないのです。
自然災害が起きた後の経過は災害によって少しずつ異なるものですが、ハイチにおける優先課題も変化を遂げています。当初は、外傷、裂傷や挫傷を負った患者が多数いました。今、これらのニーズに応える救急外科治療の時期は、ほぼ過ぎつつあります。現在は、感染症を引き起こした傷や骨折が重大な課題となっています。
感染症にかかった傷は壊疽(えそ)を引き起こす可能性があり、これは致命傷となります。ですから、治療を受けに来ることができない人びとのもとに赴く必要があるのです。MSFは、移動診療車で地域をくまなく回ることによって、家から動けないために治療を受けられず、軽傷が重傷に変わり、やがて致命傷になるといったことが起きないように努めています。
骨折した部分を固定しなければならない患者も多くいます。これまで救命処置を必要とする人があまりにも多く、骨折はそれほど致命的なけがではないので後回しにせざるをえなかったのです。その結果、地震から1週間経った現在も、脚や腕の骨折の固定処置はまだ続いています。
感染症への対応と、特に脆弱な子どもへのケア
また、私たちは、必然的に起こるであろう破傷風についても心配しています。破傷風菌は土壌や生活環境のなかに存在しているため、大きく開いた傷で、汚れている場合は破傷風を引き起こす可能性が高くなります。ハイチの予防接種率は約60%と低いものです。初期段階で治療しないと命にかかわり、実際、発症した人の50%以上が命を落とします。すでに数人が発症しています。潜伏期間は通常およそ14日で、その期間を迎えつつありますが、何ヵ月も経ってから発症する場合もあります。負傷した人に破傷風の予防接種を行うことも今後の優先課題になります。
感染症発生のリスクはもちろん増えています。今回の地震の結果、ハイチでは2つのことが起こりました。1つめは、感染をぎりぎりのところで防ぐインフラの多くが中断したか、破壊されたことです。つまり住居、水、食糧といったものです。これらは地域の感染を抑えるのに必要なものですが、供給水準が非常に低くなりました。2つめは、人びとがかなり弱っているということです。このため、病気にかかりやすいだけでなく、症状が重くなりやすいのです。
現在、私たちが最も懸念しているのは、水因性の病気です。特に子どもにとって危険な病気で、脱水症状によって死に至る可能性がある下痢は懸念しています。また、被災者のほとんどが野外に寝泊りしているため、呼吸器感染にかかる人が多く出てくるものと思われます。これも、おもに子どもにとって大きな問題です。
先ほども述べたように、100%の人が予防接種を受けているわけではありません。体力の落ちた人びとの間では、はしかのような病気が多くの死や病気をもたらすことが本当にあるのです。これらの病気に対して最も弱いのは、5歳未満の子どもです。
他の組織とも協力しながら、長期的な視点で活動を
MSFは、こうした新たな懸念を視野に入れつつ、目の前の患者の医療ニーズに応えようと努めています。今のところ事態は流動的です。なぜなら、外科治療は今も重要ですが、一刻を争う時期は脱しつつあるからです。ほかにも多くの団体や機関が援助を提供し、毎日新たな団体が到着しています。私たちは他の組織とも協力し、彼らがどのような援助を提供するかを確認して、活動が重複しないようにしています。
ハイチの復興は長期にわたるでしょう。なかでも、重傷患者の快復には長い時間がかかります。最も重いけがの場合は継続的に包帯交換や洗浄・消毒を必要とします。すべて集中的な看護を必要とするプロセスです。皮膚移植や義肢などの装具も今後必要となってくるでしょう。それは、今後数日だけではなく、数週間、数ヵ月、それより先の期間にわたって続きます。メディアからハイチの報道が徐々に消えていくことがあっても、専門的な整形外科治療を必要とする地震被災者は、その後も残るのです。