ハイチ:被災地の奇跡−MSF広報担当者の報告5−(1月28日現在)

2010年01月28日掲載

ハイチの首都ポルトープランスで活動する国境なき医師団(MSF)の広報担当、イザベル・ジョンソンからの現地情報・第5弾。悲劇の中で彼女が見聞きした奇跡をお伝えする。


派遣者の救出にあたったMSFスタッフの一人、運転手のクリストバル。
派遣者の救出にあたったMSFスタッフの一人、
運転手のクリストバル。

「今日と、今日のために生きるだけ。明日は何が起こるかわからないから」

すべての悲劇には、奇跡的な瞬間があります。今日はそんな瞬間が2回ありました。
1つめは、ハイチにある国境なき医師団(MSF)の事務所で運転手として活動に従事している若い男性との長い話でした。それは、首都ポルトープランスから避難したハイチ人の医療ニーズを調査するために、ハイチ北西部に向かう旅の2日めでした。ポルトープランスからの大規模な避難は、地震発生後数日間にわたって起こりました。数千人が医療を求めて地方の病院へと避難していました。首都の市内の病院は、患者さんのあまりの数に受けきれなかったからです。

私たちの運転手、クリストバルと私は、今朝出かける前、少し話す時間がありました。私は彼に他のMSFスタッフに対してしたのと同じように、この地震が始まってからの出来事についてたずねました。自宅がかなりの被害を受けて、妻と2人の幼い子どもとともに生き延びはしましたが、ほかの人たちと同様に路上に寝泊りしています。でも彼は続けて素晴らしい話をしてくれました。

地震が起こった次の日、彼がMSFの事務所に来てみると、海外派遣スタッフの一人が泊まっていた家が破壊され、彼女は閉じ込められたとわかりました。

クリストバルの同僚の一人が地下室深くから聞こえてくる彼女のくぐもった叫び声を聞きつけました。その時、彼女の頭上には2階分の建物が、がれきとなって積み重なっていました。クリストバルと彼の同僚3人が、素手で倒壊した家のがれきをのけて救出したいと活動責任者を説得しました。ほかの手段といえば、クレーンとトラックを備えている、がれき除去担当を待つことでしたが、一番早くて48時間、最悪の場合は数日かかります。そんなに長くは待てないと、彼らは腕まくりして何とか自分たちで彼女を引っ張り出すことにしました。当時、コンクリートのかたまりを取り除くことで建物がさらに不安定になり、彼らの命にも危険がありました。でも、一刻の猶予もなりませんでした。

1月13日の午前11時頃、地震が発生してから15時間ほど経ったとき、4人はコンクリートのかたまりやねじれた金属やごみを一つひとつ取り除き始めました。4人はひとりが腹ばいになって少しずつ前に進むのがやっとという幅のトンネルを作りました。彼の同僚の一人がこのトンネルの中にいたとき、余震がビルを揺さぶりましたが、幸いなことに何も動きませんでした。

救出作業が始まってからおよそ5時間後、閉じ込められている海外派遣スタッフの所にたどり着きました。彼らは少しずつ彼女を引っ張り出しました。助け出されたとき、彼女は切り傷とあざがあちこちにありましたが、幸い、骨はどこも折れていませんでした。彼女が生きていたことは奇跡以外の何もでもないと思います。でも、クリストバルと彼の同僚の勇気や捨て身の行動は、ちょっと自分が恥ずかしいくらいです。彼もその同僚も彼女の命を助けるために自分の命を危険にさらすことに何の迷いもなかったのです。私に同じことができたどうかわかりません。今朝彼は私にこう語りました。
「明日はない。今日と、今日のために生きるだけ。明日は何が起こるかわからないから」

被災した現地スタッフとドミニカ共和国で再会

2つめの奇跡はその日の朝、もう少し遅くなってから起こりました。私はポルトープランスから車で10時間ほどの場所にあるドミニカ共和国の国境付近の町、ダハボン病院を他のスタッフたちと訪問していました。私たちは今回の地震の後、ドミニカ共和国に避難してきたかもしれない患者のニーズを調査していました。術後ケア病棟に足を踏み入れたとき、ある若い女性がベッドのそばに来てほしいと合図しました。そばによると、彼女はスペイン語で何か言いましたが、当人がハイチ人であることは、すぐわかりました。彼女は語りました。
「私は看護師です。地震が起こったとき、ポルトープランスのMSFで活動していました」
「ひょっとして産科病院で活動していた?」と私は聞きました。
「ええ。地震でケガをしたのですが、家族が私を探し出して、ここダハボンに連れてきてくれました」

この日の朝、MSFは地震で病院が破壊されて以来、行方がわからなくなっているスタッフに黙祷を捧げました。生存の可能性は非常に低かったのですが、行方がわからなくなっていたスタッフの1人とドミニカ共和国で再会することができました。人のつながりの一部になり、こうして失われていた輪を再びつなげられたことに感謝しています。

そして、これらの小さな奇跡の数々を目にすることができたことを。