イラク:「負傷者たちの闘いに終わりは見えません」-MSFフランス会長からの報告-

2009年10月14日掲載

イングーシ共和国

6年以上も無差別攻撃の舞台となっているイラクの情勢と、マスコミが伝えない被害者たちの実態、そして、国境なき医師団(MSF)のプログラムの現状について、MSFフランス支部会長 マリー=ピエール・アリー医師が報告する。


重傷者でさえ、必要な治療が受けられないイラクの窮状

8月19日にバグダッドで発生した連続爆弾テロによって95人が死亡し、600人近くが負傷しました。多くの命を奪ったこの爆弾テロは、戦争が始まって以来、イラクの人びとが耐えてきた暴力の苛烈さを痛切に思い起こさせるものでした。戦闘の激しさはここ数ヵ月の間、徐々に弱まっていたとはいえ、イラクはもう6年以上も、流血を伴う頻繁かつ無差別な攻撃の舞台となっており、多数の被害者が出ています。マスコミはぜんまい仕掛けの機械のように型にはまった報道を繰り返しているため、被害者たちの実態が抽象化されてしまう危険性が生じています。

イラクの医療制度も戦争によってダメージを受けながらも、殺到する患者に対応して、その治療にふさわしい衛生環境を提供しようと、長い間奮闘してきました。しかし、医療物資や人材の不足、さらに必要な環境が整わないことから、重傷者や手足を失った患者たちは、必要不可欠な治療を受けることができないでいます。

何年もの間、無差別攻撃が続くイラク。犠牲となる市民の過酷な暮らしは、さらに何年にもわたって続く。
何年もの間、無差別攻撃が続くイラク。犠牲となる市民の
過酷な暮らしは、さらに何年にもわたって続く。

求められる専門的な外科医療

隣国ヨルダンのアンマンでMSFが出資・運営しているプログラムが、イラクの人びとが被っているこの種の暴力の影響をよく反映しています。このプログラムは専門的な外科治療が目的で、顔の再建手術や体の運動機能を回復させる手術を行ったり、日常生活上の簡単な動作を行う能力を回復させるなど、これまでにおよそ800人の負傷者を治療してきました。

このプログラムは3年前に開始され、イラク国内の数名の医師たちの力を借りて徐々に拡大してきました。これらの医師たちはそれぞれの患者にとって専門的な外科治療が必要かどうかを特定し、アンマンのこの病院への転院を手配しています。これまでに2000人以上が診察を受けました。

しかし、MSFが、整形外科、顎顔面外科、形成外科といった専門治療に基づく治療を行うことができたのは、その半数に過ぎません。こうした外科治療は非常に複雑で、長期の入院、設備や人材、そして費用のかかる専門的な環境が必要となります。たとえば、アンマンで治療を行った患者の半数には細菌感染した傷がみられ、古い傷が抗生物質への耐性を持っている場合も多くあります。そのため、手術を行えるように、そして切断を避けるため、MSFの医師たちは別の抗生物質を使わざるを得ませんが、1回の治療費が総額2600ユーロ(約35万円)に達してしまう場合もあります。

患者の向こう側にいる、治療を受けられない膨大な数の人びと

こうした手術の複雑性と費用、そして負傷者を支援するのに必要なインフラや計画といった問題に加えて、このプログラムからは、治療を受けている人びとと同じくらいに、治療を受けていない人びとの問題が浮き彫りとなってきます。

イラクでは、手足を切断されて体が不自由となり、細菌感染した傷を抱えたまま何年も治療を待っている患者が一体何人いるのか誰にもわからないのです。しかし、アンマンのプログラムを通して、こうした暴力の社会的影響について想像することはできます。身体障害によって仕事に復帰できないため、負傷者の家族は社会的な偏見や、金銭的負担に耐えなければならないという現象です。

現在、イラクで負傷の程度が確認された後、アンマンのプログラムでの治療を待っている患者の数は200人を超えています。MSFのような民間団体にとってこれはかなり大掛かりな仕事です。しかしそれでも、暴力に捕えられ、被害者の数も負傷の種類も民間医療援助団体の能力をはるかに超えているイラクのような国では、この数字は必要とされる援助活動のごく一部を示しているに過ぎません。

重症患者を待ち受ける過酷な未来

どんな戦争でも、必ず死者や時間の経過によってしか和らげることのできない悲劇が生みだされますが、今日のイラクでは一つ確かなことがあります。すなわち、最も重傷を負ったイラクの人びとは、これからも長い間、重い障害を負ったことによる生活の困難さを乗り越えるために闘い続けなければならないのです。