あるマラウイの物語 −海外派遣スタッフの手記−

2007年11月30日掲載

私はマラウイで5ヵ月間、国境なき医師団(MSF)のHIV/エイズ治療プログラムでロジスティシャン(物資調達管理調整員)として活動しました。現場や病院での仕事ではなかったため、患者と直接触れ合う機会はありませんでした。ですから、プログラムに参加したばかりの頃は、人びとの状態を直接目にしたことはなく、またウイルスが薬に抑えられる、もしくは勢いを増すにつれて、患者が日ごとに快方に向かったり、悪化する様子に立ち会うこともありませんでした。このため、私には患者たちがエイズと闘う様子について語ることはできません。でも現地スタッフのカリム*という運転手についてならお話することができます。カリムは自由な精神を持つ感じのいい男で、私の良き友人でした。

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MSFが支援するチョロ州の
地域病院の様子

カリムは複数のガールフレンドと交際した後、理想の人、つまり人生を共にしたい女性と出会いました。彼がHIV陽性であることが判明したのはその頃でした。彼は打ちのめされました。検査を受けた恋人も陽性と診断され、二人は生とともに死も分かち合うことになりました。愛し合うと決めた二人は離れることなく、やがて彼女は妊娠しました。そして子どもが生まれました。そしてその時から二人の悪夢が始まりました。息子はHIVに感染しているのだろうか?自分たちが生きた証として、死んだ後も愛を示すために、この世界に残せる命はないのだろうか?息子に検査を受けさせるまで、数ヵ月待たねばなりませんでした。それは耐えられない長さに思えました。マラウイの保健省が運営する診療所で行っている特別な検査では、生後間もない乳児がHIVに感染しているかを調べることができるのですが、この検査は大変高額です。幸い、MSFのスタッフ手当で費用をカバーすることができたので、二人は子どもに検査を受けさせて結果を待ちました。

結果が出るまで3日間待たねばなりませんでした。カリムは私の持ち場へやって来て、しばらくの間気を紛らわせていました。MSFの医師が毎日検査所に電話をかけましたが、その都度返事は「まだ結果は出ていません」でした。やっとある日、検査所の職員はこう答えました。「はい、結果が出ました。陰性です。赤ちゃんは結核じゃありませんよ。」何ということでしょう!HIVの検査ではなかったのです。どうしたらよいのでしょうか。とにかく新たに検査を行い、数週間後の結果を待つことになりました。そこで私はカリムと話し、「ねえ、辛抱強く待たないといけないよ。手違いがあって、別の検査をすることになったのだから。」などと延々と説明しました。再び長い日々が始まりました。カリムは私の持ち場で終わりのない時間の何割かを過ごしました。私は医師に、医師は検査所に、毎日電話をかけましたが、その返答は毎日同じでした。「まだ結果は出ていません。」

検査所の技術者が電話をかけてきたのは、ある日の深夜でした。検査の結果、カリムの子どもはHIV陰性だったのです。その翌日、カリムは一日中笑いが止まりませんでした。ちょっとした冗談や、ふとしたきっかけで、そして全く理由がなくても、カリムの笑い声があちらこちらで聞こえてきました。その声を最初に聞いた時、私は歯を磨いているところでした。笑い声は一日中続きました。本当に大きく、遠くまで聞こえる声でした。

もしも「あなたのエイズにまつわる体験はどのようなものですか?」と尋ねられたら、私はこう答えます。「親しい友人の日々の希望と恐れです。」もしも「エイズにまつわる経験で、MSFの役割はどのようなものですか?」と聞かれたら、私は答えます。「カリムと奥さんが薬を入手できるようにし、彼らが息子の歩き出す姿を見守れるよう支援しています。次に、人びとが知る権利を得られるようにしています。最後に、母子感染予防(Prevention of Mother To Child Transmission , PMTCT)のような無機質な略語からなるプログラムを通じて、生を得られるようにしています。」

MSFは12月1日の世界エイズデーに合わせて、特集ページを作成いたしました。

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*「カリム」は仮名です。