
アチェ州での活動 ―病気の発生を防ぐための取り組み−
2005年12月27日掲載
2005年の間、国境なき医師団(MSF)はスマトラ島沖地震・津波によって壊滅的な被害を受けたアチェ州で、救急援助や外科手術、心理ケア、医療体制の復旧など、多岐にわたるプログラムを実施した。災害が発生してからほぼ1年が経過した現在もMSFは災害によって脆弱になった地域の人びとの健康状態を監視し続け、あらゆる緊急事態に備えている。
朝8時、雨が激しく降っている。あまりの激しさにその日の業務説明をする看護師の声もかき消され、ほとんど聞こえない。人びとは町のいたる所で仮設の避難所に寄り集まり、水が戸口に迫る様子をあきらめ顔で見つめている。アチェは雨季だ。この時期にはどんなに丈夫な屋根も雨漏りし、地域全体が水浸しになってしまう。また、伝染病の危険性が最も高くなる時期でもある。津波によって家を失った人たちにはなおさらだ。
アチェのおよそ50万人の人びとは、スマトラ島沖で発生した地震と津波で家を失った。援助団体とインドネシア政府がすぐに救助に駆けつけ、迅速に仮設住宅を建てて大部分の人びとを収容した。目覚しい取り組みではあったが、急いで建物を建てることに重点を置いたために建物の耐久性は二の次になった。そのため、ほぼ1年がたった現在でも多くの人たちがテントや仮設の避難所に住み、容赦ない土砂降りの雨に怯えている。
MSFは病気が発生する危険性を減らすためにアチェの2つの地域からもっとも危険度の高い地区をいくつか選び、保健衛生の推進プログラムを立ち上げた。MSFの看護師ナジャ・ドゥ・グルートは、今なお2万2千人の人びとが「バラック」と呼ばれる44の避難所に住むピディ地区で、保健衛生プログラムの指導にあたっている。バラックでは、MSFが2005年3月から移動診療を実施し、心理ケアプログラムを行っている。
「プログラムの目的は、仮設の避難所に住む人たちの健康状態を監視してできる限り多くの避難所で衛生教育を行うことでした。活動を始めてすぐに、いくつかの避難所では水や昆虫が媒介する病気が発生する危険性があることが分かりました。降雨量が多く、飲料水や汚水の衛生状態が悪化していたためです。」とナジャは言う。
多くの避難所の周辺から流れてできた水溜りは、アチェの風土病であるマラリアやデング熱を媒介する蚊には絶好の繁殖場所となる。また、トイレや汚水処理タンクがあふれると、さらに下痢、チフス、疥癬、寄生虫、伝染性眼病などの病気が発生するおそれがある。このうち下痢は、5才以下の子どもの主な死亡原因の1つとなっている。衛生教育チームは、住民参加型環境衛生改善活動*(PHAST)手法を通じて正しい衛生習慣を奨励し、病気の発生防止に努めている。
PHAST手法は、研修、懇談会、対話形式の情報活動などを通じて、住民みずからが保健衛生に関わり責任を持つよう育成することに焦点を当てている。住民すべてが活動に参加することを奨励しており、現地の医療従事者が指導する。彼らは土地の習慣や言語を熟知している。このために病気発生の危険を見つけ出し、適切な対処方法を見出す際に役に立つ。
「たくさんの人がとても熱心に参加してくれることに驚きます。当然のことながら、とても病気への関心が高く、自分たちが健康を守るためにできることを行いたいと考えています。」 とナジャは話す。
このような活動が、これまで病気の発生を抑えるのに役立ってきたことは明らかだ。とはいえ、成功するかどうかは、最低限の水準を満たす清潔な飲料水と衛生状態にかかっている。MSFが活動を展開していた避難所では伝染病もなく、住民の健康状態も非常に良好であると考えられた。しかし調査をしたところ3ヵ所のバラックで水・衛生状態が、簡単に回避できる程度ではあるが人びとの健康を脅かしていることが判明した。MSFはすぐに活動を開始した。
ナジャが当時の様子を説明する。「バラックの中には、衛生状態がMSFの考える基準を満たしていない所もありました。そのひとつ、クンバン・タンジョンのアルサンにある避難所では、狭い場所に1,700人近くが住んでいたにも関わらずトイレはすでに使用できなくなっており、汚水が避難所の周囲に溜まっていました。そこで子どもが遊び、動物が水を飲むのです。この状況は大きな悩みの種でした。危機的ではありませんでしたが、健康を脅かすものであり、排除するべきでした。」
MSFはさっそくロジスティック・チームを召集し、水・衛生の専門家が現地を監督した。さらにMSFは他の専門援助団体と共同で援助を行なう計画も立ち上げた。この提唱が功を奏して、必要な重機と専門家を備えすでに現地入りしているNGOが協力してくれることになり、現在は避難キャンプで工事が行われている。
アチェ州のいたるところで、MSFは病気が流行していないか目を光らせ続けた。MSFが活動を行っている全地域の診療所から死亡率と罹患率のデータを集め、現地の医療体制を援助するために監視、指導、医療品の支給などを行った。特定の症例の診断や治療には特別な注意を払い、万一憂慮すべき兆候が見られた場合には対処する用意ができている。
2005年11月にタンシーという人口2万人ほどの町の診療所で23人が激しい下痢にかかり、そのうち1人が死亡した際には警報を発した。症状の重さと未処理の飲料水が送られる河口に位置している町の立地から考えて、伝染病の恐れが高まった。
MSFは迅速に緊急援助を行った。医療チームは診療所を消毒し、隔離病棟を用意した。保健衛生の指導者は、周辺の村を訪れ病気の危険性を教えた。そして病気がコレラである場合に備えて625人分の医薬品を用意した。幸いにも流行はおさまり、それ以上の患者は出なかった。しかしMSFはその後も地元の保健省職員および地域の指導者たちと密接に連絡をとり、再び流行が起きた時のために備えている。
MSFは1ヵ月前にマネとグンパンの山間部にある部落ではしかが発生した時にも出動した。津波が発生してからほぼ全てのアチェ州における援助は、津波が直撃した海岸部に集中してきた。しかしMSFの調査により、内陸部においても長年の紛争のせいで医療体制が劣悪になっており、特に予防接種の実施が遅れていることが分かった。MSFははしかの拡大を防ぐために予防接種キャンペーンを行い、生後6ヵ月から15才までの子ども2,809人に予防接種を実施した。
MSFの活動は病気が発生した地域への対応に限らず、医療体制がまだ行き渡っていない地域へも向けられた。アチェの西岸にあるラムノという村では結核患者の治療を行い、現地診療所に外科設備を備えた。ムラボ、シグリ、タケンゴンでは、かつて紛争のため行くことができなかった村で医療活動を始めている。また、アチェ全域にわたって心理ケアプログラムを展開し、相次ぐ戦争、紛争によって傷ついた人々に対して、精神面でのサポートを行っている。
MSFの活動は、医療が永続的に必要であることを表している。「この1年を通して、アチェの医療体制はかなり回復しました。今ではほとんどの地域で住民の緊急な需要に応えることができます。そこで、MSFのプログラムも数を縮小していくことを考えています。」と医療コーディネーターのパトリック・デュシャン医師は述べている。「しかしながら、今なお避難所に住む人びとや、紛争、貧困のために孤立している人びとには、まだ健康上の不安が残っています。MSFは健康状態を監視する活動を通して人びとの状況を把握し続け、この先起こりうるあらゆる緊急事態に対処できる態勢を備えていきます。」
*Participatory Hygiene And Sanitation Transformation