フォトギャラリー:一覧
2011年12月26日
東日本大震災:被災地田老のいまと仮設田老診療所寄贈・開所式
12月13日、岩手県宮古市で、国境なき医師団(MSF)が建設支援を行った仮設田老診療所の贈呈・開所式が行われました。自治体による新しい診療所が完成するまでの間、この診療所が地域の方々へ医療を提供する場となります。田老の人びとのいまと、式典のもようをお伝えします。
2011年11月16日
インド:ビハール州、写真で見るカラアザール治療の現場
インドの農村部、ビハール州で、国境なき医師団(MSF)がカラアザールの治療プログラムを開始してから4年が経ちました。患者の大半が貧困層で、診断法や治療法の研究開発が進まない「顧みられない病気」、カラアザール。その治療の様子を、ビハールの患者たちの声と写真とともにお伝えします。
2011年11月14日
ソマリアにおけるMSFの活動年表 後半(2007年~2011年)
国境なき医師団(MSF)は、1979年から、エチオピア難民の援助を通じてソマリアでの活動を開始。ソマリア国内の20年にわたる武力紛争により、MSFは幾度かの活動の停止・再開を余儀なくされていますが、現在も現地で活動する数少ない援助団体として、現地スタッフを中心に活動を続けています。2007年~2011年までのMSFの活動を写真とともに振り返ります。
2011年11月 7日
ソマリアにおけるMSFの活動年表 前半(1979年~2006年)
国境なき医師団(MSF)は、1979年から、エチオピア難民の援助を通じてソマリアでの活動を開始。ソマリア国内の20年にわたる武力紛争により、MSFは幾度かの活動の停止・再開を余儀なくされていますが、現在も現地で活動する数少ない援助団体として、現地スタッフを中心に活動を続けています。1979年~2006年までのMSFの活動を写真とともに振り返ります。
2011年10月25日
ソマリア:モガディシオで危機にさらされる避難民
7月以降、非常に多くのソマリア人が国の中部を離れて首都モガディシオに避難してきています。干ばつによる農業の不振と家畜の死、物価高騰、恒常的な情勢不安のために、人びとはやむなく住み慣れた土地をあとにしていますが、首都でもまた、多くの健康上の問題が彼らを待ちかまえています。
2011年9月 2日
ソマリア:南ガルカイヨ病院の患者たち
ソマリア中部・ムドゥグ地方。干ばつと紛争の最中、病院に来る患者たちの思いは。国境なき医師団(MSF)は、過去20年間にわたるソマリア国内最大の医療提供団体の1つであり、かつ中部と南部で活動を続ける数少ない団体の1つです。MSFの病院にやって来る患者たちのストーリーをお伝えします。
2011年8月17日
エチオピア:飢えと紛争に追われて――ソマリア難民キャンプからの声
ソマリアから逃れた難民たちが、長い人は20日間も歩き、エチオピアの難民キャンプに続々とたどり着いています。到着した子どもの半数以上が栄養失調に陥っており、定員の倍以上に人口が膨れ上がったキャンプでは過密状態がもたらす健康悪化が懸念されています。難民たちと、援助にあたる国境なき医師団(MSF)のスタッフの証言を交え、現地の様子を伝えます。
2011年7月28日
ケニア・ダダーブ:生存をかけて──ソマリア難民の苦境
ソマリア国内の武力紛争、干ばつと食糧不足を受けて、ケニア・ダダーブにある難民キャンプは7月第3週だけで5117人の難民ソマリア人を受け入れています。しかし、9万人用のキャンプで人口は38万人に達しており、食糧や水でさえ受け取れるのは数日後になるなど、深刻な状況です。国境なき医師団(MSF)は、ダダーブ難民キャンプとその周辺で、約1万人の栄養治療にあたっています。
2011年7月 8日
南スーダン:緊急事態の新国家
南北スーダンの間で帰属が争われている国境地帯、アビエイ暫定統治地域。暴力に追われた人びとは故郷を去り、南部へと避難しているものの、そこには住まいも水も食べ物も、そして身の安全もありません。新国家創設のかたわらで、人びとの命と暮らしは危機的状況に置かれたままです。
2011年7月 5日
リビア、イタリア: 地獄から収容所へ
リビアでの紛争が始まって以来、60万人を超える人びとが国外に逃れ、送還された人を差し引いても、いまだ多数の人びとがチュニジアやエジプト、イタリア、ニジェールの収容施設に次々と到着しています。国境なき医師団(MSF)は、彼らが置かれた過酷な状況を伝え、この紛争に関与している国々に、より確固とした人道的対応を行うよう求めています。ここでは、イタリア・シチリア島の収容センターに身を寄せる人びとの状況を写真と声でお伝えします。
2011年6月24日
ダダーブ:行くあてのない難民たち
ソマリアからダダーブに逃れてきた人びとは、苦難の長旅ののちに難民キャンプにたどりついても、住む場所も、食べ物も、生活雑貨も、水も、すぐには得られません。さらに、体力のない子どもたちには、栄養失調や感染症のリスクが重くのしかかっています。
2011年6月22日
ハイチ:いまだ膨大な医療ニーズが存在。MSFは新体制へ移行
2010年1月の大地震から1年半。しかし、いまだ現地の医療不足は深刻です。ハイチにある国境なき医師団(MSF)の医療施設は新たな時期を迎え、新設・移転、代替、強化など、現在の医療ニーズに見合う対応がとれるよう、新体制への移行を進めています。
2011年6月21日
ケニア:ソマリアから逃れて
ケニアのダダーブにある3つのソマリア難民キャンプ(ダガレイ、イフォ、ハガデラ)には30万人以上の人びとが暮らし、世界最大の難民キャンプを形成しています。このキャンプにはソマリアで起きている干ばつと内戦のために家を離れた人びとが次々とが到着していますが、キャンプはすでに過密状態にあり、彼らはキャンプの外に一時しのぎの小屋を建てるしかないのです。彼らの暮らしの様子をイラストでご覧ください。
2011年6月15日
シアマ・ムシネ HIVとともに生きる 2011
シアマは、ケニアの首都、ナイロビにある貧困地域、キベラで暮らし、働いています。彼女はHIV陽性で、キベラにある国境なき医師団(MSF)の診療所で治療を受けています。6年前、MSFは彼らに使い捨てカメラを渡し、HIV治療をしながらの暮らしを1週間記録してもらいました。それが「HIVとともに生きる」プロジェクトです。今年6月8~10日にニューヨークで開催される国連のエイズ会合に先駆け、MSFは彼女を再び訪れ、その後の生活について話を聞きました。ここに映し出された、満ち足りて、活力に満ちた人生は、HIV治療が患者自身と家族、地域全体にもたらす効用の、生きた証拠なのです。
2011年6月13日
キャサリン・アティエノ HIVとともに生きる 2011
キャサリンは、ケニアの首都、ナイロビにある貧困地域、キベラで暮らし、働いています。彼女はHIV陽性で、キベラにある国境なき医師団(MSF)の診療所で治療を受けています。6年前、MSFは彼らに使い捨てカメラを渡し、HIV治療をしながらの暮らしを1週間記録してもらいました。それが「HIVとともに生きる」プロジェクトです。今年6月8~10日にニューヨークで開催される国連のエイズ会合に先駆け、MSFは彼女を再び訪れ、その後の生活について話を聞きました。ここに映し出された、満ち足りて、活力に満ちた人生は、HIV治療が患者自身と家族、地域全体にもたらす効用の、生きた証拠なのです。
2011年6月 9日
チャールズ・オモンディ・サコ HIVとともに生きる 2011
チャールズは、ケニアの首都、ナイロビにある貧困地域、キベラで暮らし、働いています。彼はHIV陽性で、キベラにある国境なき医師団(MSF)の診療所で治療を受けています。6年前、MSFは彼らに使い捨てカメラを渡し、HIV治療をしながらの暮らしを1週間記録してもらいました。それが「HIVとともに生きる」プロジェクトです。今年6月8~10日にニューヨークで開催される国連のエイズ会合に先駆け、MSFは彼を再び訪れ、その後の生活について話を聞きました。ここに映し出された、満ち足りて、活力に満ちた人生は、HIV治療が患者自身と家族、地域全体にもたらす効用の、生きた証拠なのです。
2011年5月24日
中央アフリカ共和国:襲撃に追われた人びとの避難生活を支える
中央アフリカ共和国の東部にある小さな町ゼミオでは、ウガンダの反政府勢力「神の抵抗軍(LRA)」の暴力から逃れてきた近隣地域からの国内避難民やコンゴ民主共和国からの難民が、1年以上にわたって避難生活を送っています。ゼミオでの援助活動から戻った国境なき医師団(MSF)の看護師が、現地の状況について語ります。
2011年5月 9日
キルギス:写真展「結核を乗り越えて」
2011年3月23日の「世界結核デー」を記念して、結核の治療に成功したキルギス人出所者の姿をテーマにした写真展が首都ビシュケクの現代美術館で開かれた。この展示会は国境なき医師団(MSF)が後援するもので、完治まで治療を続けた人たちの前向きな姿を通して、社会の偏見と闘い、他者の協力を得ながら、結核は治せるのだというメッセージを伝えていくことを目的としている。
2011年4月26日
チャド:髄膜炎の流行に対応
2月から髄膜炎の流行が起きたチャドの農村部で、国境なき医師団(MSF)は、予防と治療の両面から流行拡大を食い止める努力を続けています。60万人以上に行った大規模な予防接種など、現地の活動の様子を写真とともに紹介します。
2011年4月21日
ザンビア:未来に希望をもたらすHIV/エイズ母子感染予防の取り組み
ザンビアのHIV陽性者は人口1300万人中、推定100万人。世界で最もHIV感染率が高い国の1つです。政府の取り組みにもかかわらず、必要な治療を受けられないでいる人びとが地方には多く存在し、北西部のルウィングもそのような地域の1つです。国境なき医師団(MSF)が現地で行う、HIV/エイズ母子感染予防プログラムについて、ご紹介します。
2011年4月14日
東日本大震災:被災地でのMSFの活動(4月11日付)
震災から1ヵ月。災害発生の翌日に現地入りした国境なき医師団(MSF)は、小規模な避難所や一般家庭への訪問で診療を続けている。MSFは活動当初から救援物資の配布を行い、臨床心理士による心理ケアも開始した。
2011年4月11日
エチオピア:ボートで医療を届ける
エチオピア西部のガンベラ州には、雨季の間、ボートに乗って浸水した村を訪れる、国境なき医師団(MSF)の移動診療チームがあります。このチームで活動するエチオピア人医師の1日を、写真とともに記録しました。
2011年3月24日
カンボジア:コンポンチャム州における結核治療の改善
カンボジアでは国民の64%が結核菌の保菌者で、活動性結核の罹患率は0.69%と推定されています。国境なき医師団(MSF)は首都プノンペンの北東約100kmにあるコンポンチャム州立病院の支援を行うとともに、自宅で治療を続けている薬剤耐性結核(DR-TB)患者の治療経過を確認するために定期的に車で村を訪れています。
2011年3月24日
ウズベキスタン:「結核は緩慢で非常な苦痛を伴う病気です」
写真家ミーシャ・フリードマンが、国境なき医師団(MSF)が運営するウズベキスタン西部ヌクスの、多剤耐性結核(MDR-TB)と超薬剤耐性結核(XDR-TB)のプログラムを訪れます。16歳から38歳の患者を取材し、彼らの困難な治療の様子を写真とレポートで伝えます。
2011年3月24日
スワジランド:「私の孤独を知ってください」――薬剤耐性結核患者の声
スワジランドで、2年にわたる薬剤耐性結核治療(DR-TB)を続ける女性の声をお届けします。大量に服用しなければならない治療薬、激しい副作用、家族や友人との関係性の変化と、患者は多くの困難を越えていかねばなりません。国境なき医師団(MSF)は2008年からスワジランドで薬剤耐性結核治療(DR-TB)の治療を行っています。
2011年3月20日
レバノン:“傷ついた魂”パレスチナ難民キャンプの心理ケア
「私はここではよそ者なのです」――紛争で故郷を追われ、生活の糧を得ることも困難な異国の難民キャンプで50年の歳月を過ごしてきた男性は、そう語りました。過密なキャンプで暮らす人びとの苦しみに寄り添う、心理ケア活動の内容をご紹介します。
2011年3月17日
アフガニスタン:「これが私たちにとっての現実です」
アフガニスタンのヘルマンド州にあるブースト病院の患者とその家族が、彼らの生活、特に紛争に引き裂かれたこの国で医療を受ける難しさについて、“ありのまま”を語ります。医療施設は書類上存在するものの、実際に機能しているのはごくわずか。 医薬品や医療スタッフは不足し、通院時の移動は困難で危険を伴います。必要な治療を受けられる数少ない医療施設にたどりつくことは、極めて難しいです。
2011年3月 7日
コンゴ民主共和国:Wanawake――“女性”として、この国で生きぬくこと
1988年以降、暴力に苦しみつづけるコンゴ民主共和国東部の人びと。60万人近くが家を追われ、避難民キャンプに身を寄せていますが、そこで受けられる医療はごく限られています。中でも最も厳しい状況におかれる女性や子どもの命と尊厳を救うため、国境なき医師団(MSF)は、フィスチュラ撲滅の目標に向かって活動を展開しています。
2011年3月 1日
コンゴ民主共和国:紛争に囚われた人びとのもとへ―オートバイの移動診療チーム
村を襲われ森の中に逃げた人びとに、医療を届けられる手段はオートバイだけ……。複数勢力の間で戦闘が続くコンゴ民主共和国の北キブ州で活動する移動診療チームの姿を通じて、現地の状況を伝えます。
2011年2月 8日
パキスタン:水が来たとき―大洪水緊急援助を展開した医師の証言
2010年夏、記録的な豪雨によって洪水が発生し、ほぼ全土で壊滅的な被害を受けたパキスタン。被災地では何が起き、国境なき医師団(MSF)はどのように緊急援助を展開したのか……。 現地で活動を続ける医師の証言が、洪水直後からの状況を伝えます。
2011年2月 7日
ニジェール:飢餓の季節を越えて
毎年、多くの子どもたちが栄養失調で命を落とすニジェール。国境なき医師団(MSF)は、現地で子どもたちの治療にあたるとともに、栄養失調を予防するために栄養補助食を配布する新しい予防治療活動を展開しています。その活動の模様を、写真とともに解説します。
2011年2月 2日
スーダン:心の傷を乗り越えるために
分離独立の動きが世界の注目を集めるスーダン南部。現地の情勢はいまもこの地域を警戒と不安の空気で満たしつづけ、不安定な住民の生活をさらに悪化させています。そんな地域の1つ、ウガンダの反政府勢力「神の抵抗軍(LRA)」の暴力に苦しめられる西エクアトリア州ヤンビオの状況を、国境なき医師団(MSF)の心理ケア活動の様子を通じてお伝えします。
2011年1月26日
ハイチ:大地震から1年
推定22万2000人が亡くなり、150万人が家を失ったハイチ大地震から1年が経ちました。世界の中でも最大規模の人道援助が行われているにもかかわらず、ハイチの人びとは、いまも全国でコレラが流行する中、劣悪な住環境で生活しています。1年間のハイチの状況とMSFの活動を写真で振り返ります。(写真毎の説明はなし)
2011年1月12日
スーダン:争いの地アビエイで起きている危機
独立の是非を問う住民投票が実施され、緊迫の度合いを増すスーダン南部。中でも南北スーダンの境界に位置し、豊富な石油資源をめぐる争いの対象にもなってきたアビエイの暫定統治地域で、国境なき医師団(MSF)は2006年から住民に医療を提供してきました。圧倒的な医療の不足によって危機に直面する現地の状況を、写真とともにお伝えします。
2010年12月13日
ハイチ:コレラ感染中の妊娠・出産を支える
MSFは11月から首都ポルトープランスで妊娠後期もしくは陣痛発作中でコレラの症状がある女性を治療しています。女性の多くはコレラの影響で赤ちゃんをなくし、MSFはコレラの治療とともに心理ケアも行っています。
2010年12月13日
髄膜炎:新ワクチンが髄膜炎ベルトにもたらすもの
アフリカの「髄膜炎ベルト」と呼ばれる髄膜炎の流行地帯にある国、マリとニジェール、ブルキナファソで、最も致死率の高いタイプの髄膜炎を予防する集団予防接種が開始されます。MSFはこのうち、マリとニジェールで保健省を支援し、接種活動にあたります。MSFの医療アドバイザーを務める医師と緊急活動担当責任者の声とともに現地の様子をお伝えします。
2010年12月10日
ハイチ:コレラを食い止めるための水・衛生活動
コレラ流行が拡大するハイチ。中でも特にコレラの影響を受けやすいのは、水・衛生設備が全くない、あるいはほとんどない地域です。そのような地域の1つである首都ポルトープランスのシテ・ソレイユ地区で、国境なき医師団(MSF)が行う水・衛生活動を写真でお伝えします。
2010年12月 9日
ナイジェリア:巨大都市ラゴスでの一次医療と産前ケア
ナイジェリアの巨大都市ラゴスでは、数千人が人口過密で不衛生なスラム地区に暮らし、その大半が医療を受ける経済的な余裕がありません。国境なき医師団(MSF)は、同地区で一次医療、産科、移動診療など多方面からの支援を行っています。MSFの活動の様子を写真でお伝えします。
2010年12月 3日
アフガニスタン:ヘルマンド州の医療状況とMSFの活動
ヘルマンド州では、激しい戦闘によって約100万人が必要な医療を受けられずにいます。そこで国境なき医師団(MSF)は、2009年に州都ラシュカルガのブースト州立病院で活動を開始しました。その活動の様子を写真家のトン・コーエンが撮影。彼ほか、MSFのスタッフのインタビューとともにお伝えします。
2010年11月22日
ハイチ:「コレラ流行への対応を拡大しています」
11月17日現在、10月22日以降にMSFが21ヵ所のMSFコレラ治療センターで対応したコレラとコレラに似た症状の患者は1万6500人にのぼります。中北部のアルティボニット県と首都ポルトープランスでの活動の様子をお伝えします。
2010年11月18日
ソマリア:紛争下の人びとの命綱
20年以上続く紛争のために、医療も行政サービスも壊滅状態のソマリア。中南部の町ガルカイヨで国境なき医師団(MSF)が運営する病院は、半径数百km圏内で唯一、無償の医療を提供している場です。地域の住民のみならず、首都モガディシオから激化する戦闘を逃れてくる避難民にとっても、この病院は命綱の役割を果たしています。
2010年11月12日
ハイチ:だれもがコレラの治療を受けられるように
ハイチではコレラが流行し、10月末にハイチのアルティボニット県で最初のコレラ症例が確認されて以来、国境なき医師団(MSF)は患者の治療を続けています。コレラは消化器系の感染症で、即座に治療しなければ重度の脱水症状に陥って短時間で死に至ります。そこでMSFは地方にも対応を分散化することで、より多くの人が治療を受けられるようにしています。
2010年10月15日
バングラデシュ: 都市のスラムで医療を届ける
世界で栄養失調が深刻な地域の一つであるバングラデシュ。首都ダッカの南部にあるカムランギルチャルのスラムには40万の人びとが暮らしており、国境なき医師団(MSF)は、そこで子どもと母親たちに医療を提供しています。
2010年10月14日
インド:緊迫した状況にあるカシミール地方で生きる人びと
カシミール地方の人びとは、20年にわたる暴力により心身ともに傷ついています。緊迫した状況はいまも続いており、そこで生活している人びとの心の健康に悪影響を及ぼしています。国境なき医師団(MSF)は、2001年よりジャンムー・カシミール州で活動を行い、心理ケアや基礎医療などに従事しています。
2010年10月12日
パキスタン:洪水による避難生活が続くサッカル
シンド州サッカルでは、洪水による避難生活が続いています。今回は洪水被災者の一時的な避難所となっている高校の様子と、市民病院での経口補水塩による治療の様子を、サッカルにおけるプログラム責任者のインタビューも交えてお伝えします。
2010年9月21日
ホンジュラス:急増するデング熱
デング熱の症例が脅威的に増加していることを受け、国境なき医師団(MSF)は、首都テグシガルパで緊急援助活動を開始し、治療、媒介虫駆除、地域への教育活動の3方面に重点をおき、支援しています。
2010年9月 2日
スリランカ:脊髄損傷者のリハビリ
国境なき医師団(MSF)は、脊髄損傷治療センターをバブニヤにあるプムパイマドゥ病院内で運営しています。バブニヤの患者の多くは、2009年に終結した紛争によって負傷した人びとです。リハビリを行えば快復に問題はありませんが、行わなければ脊髄損傷者の平均余命は2年と言われます。ここでは、2009年4月9日に爆弾によって脊髄を損傷したスヴァルナの闘病記を写真でお伝えします。
2010年8月25日
パキスタン:救援物資の配布
イルバブ・モフセンは、パキスタンにおける国境なき医師団(MSF)の救援物資配布チームの一つに土地を提供しています。ここは、被災地付近で冠水していない場所の一つです。モフセンのインタビューをトン・コーエン撮影による写真を添えてお届けします。
2010年8月 4日
エチオピア:サッカー場から診療所へ、ソマリ州イミでの国境なき医師団(MSF)の活動
MSFは、公共の医療サービスがないことに苦しむ東イミに診療所を建設しました。診療所は、子どもたちのサッカー場に建てられ、現在では、一通りの医療サービスが提供されています。また西イミでは、既存の診療所を支援し医療を提供しています。さらに診療所に来ることができない患者のために、移動診療も行っています。
2010年8月 2日
コロンビア:紛争の三重苦、カケタ県での武力紛争と心理ケア
コロンビアのカケタ県は、長年にわたるコロンビア紛争の中心地の一つです。住民は紛争の暴力行為に耐えるだけでなく、政府機関による放置や体制不備、また社会の黙止や偏見などにより、三重苦の状態に陥っています。その現状と、そこで心理ケアプログラムを運営する国境なき医師団(MSF)の活動の様子を写真で紹介します。
2010年7月 7日
ニジェール:栄養治療プログラムにおける、あるチームの1日
国境なき医師団(MSF)は、ニジェール南部、ザンデール県のダン・チャオ保健区域で、小児栄養失調が悲惨な結果を招かないよう、地域と密着した活動を行っています。栄養失調治療を行うMSFの活動の1日を写真でお伝えします。
2010年5月18日
南アフリカ共和国:過酷な生活を強いられるジンバブエの難民(2010年5月)
近年の経済危機などを受けて、ジンバブエから南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)へ避難してきた移民や難民は、非常に厳しい社会・生活環境におかれています。その人びとが抱える現状、また、ジンバブエとの国境付近の町ムシナとヨハネスブルクで医療を提供する国境なき医師団(MSF)の活動の様子を写真で紹介します。
2010年4月27日
ハイチ:「私が見た地震直後の町と医療活動」−MSF現地看護師の写真レポート−~その2
国境なき医師団(MSF)の現地スタッフで看護師のマリアは、地震前から、MSFの産科ケアにたずさわっていました。“その日”の夕方、病院からの帰宅途中 に、彼女は自らも地震を体験したのです。地震直後からのポルトープランスの町の様子と、MSFの緊急医療活動を、彼女自身が撮影した写真でご紹介します。
2010年4月27日
ハイチ:地震から1週間後の現地状況(1月19日現在)~その2
すべてが崩れ落ちた町で、一刻を争う治療を必要とする大勢の患者を前に、MSFのスタッフは限られた物資で最大限の治療に取り組んでいます。地震発生後 48時間以内にハイチに入り、活動を行う外科医ポール・マクマスターのインタビュー(英語音声)と写真(日本語説明)で、現地の状況をお伝えします。
2010年4月22日
マリ:5歳の患者カンダとMSFスタッフのファトゥマタ
カンダはマラリアに感染しています。彼の村のMSFマラリア対応スタッフのファトゥマタ の治療で、カンダが元気に走り回れるようになるまでの様子を写真で紹介します。
2010年4月20日
ブルンジ:北部で展開するMSFのマラリア対応
2010年1月、ブルンジ政府は国境なき医師団(MSF)に、北部で急増しているマラリアへの対応に支援を求めました。MSFは診断、治療、重症患者の搬送、そして、予防のための蚊帳の配布を行っています。
2010年4月15日
ハイチ:震災を乗り越えて生きる(4月14日)
震災から3ヵ月近くが経ちますが、今も推計約41万世帯、209万人が仮設キャンプで暮らしています。MSFは3月中旬から末にかけて、ハイチの仮設キャ ン プに住む人たちの生活状況について調査しました。住・衛生環境の整備が進んでいない中、傷の快復を待ちつつ生活再建を模索する人や、明るく生きる子どもの 姿を写真でお伝えします。(英語、5分22秒)
2010年3月 1日
チェチェン:結核治療を受けている患者たち
国境なき医師団(MSF)は2004年から、チェチェン共和国で結核の治療と支援プログラムを実施しています。スライドに登場するのは、首都グロズヌイで結核の治療を受けている患者たちです。同国では近年の2度の 紛争を経て、医療基盤が崩壊し、結核の発病が深刻化しています。写真下には、ある2児の母親が語る自らの体験談がつづられています。彼女の体験は同国の結核患者の中では決して珍しいものではありません。
2010年2月26日
アルメニア:MSFが支援する薬剤耐性結核治療の現場
国民一人当たりの薬剤耐性結核(DR-TB)の感染率が世界で最も高い国の一つ、アルメニアで、国境なき医師団(MSF)は2004年から、同国保健省と協 力して薬剤耐性結核の治療プログラムを運営しています。首都エレバン近郊の国立結核センターでの診断・治療の様子をはじめ、現地での活動状況を写真と日本 語説明文でお伝えします。
2010年2月15日
ハイチ:首都で被災者向けにテントを配布(2月15日)
緊急事態の最初の段階は過ぎましたが、ハイチでは雨季を前に、改めて住環境の問題が差し迫ってきています。国境なき医師団(MSF)のロジスティシャン、エチエンヌ・ジグヌーが首都ポルトープランスにおけるニーズ調査から、テント配布、またそれに続く生活用品の配布までの流れについて説明します。(英語、2 分50秒)
2010年2月 1日
ハイチ:「私が見た地震直後の町と医療活動」−MSF現地看護師の写真レポート−
国境なき医師団(MSF)の現地スタッフで看護師のマリアは、地震前から、MSFの産科ケアにたずさわっていました。“その日”の夕方、病院からの帰宅途中 に、彼女は自らも地震を体験したのです。地震直後からのポルトープランスの町の様子と、MSFの緊急医療活動を、彼女自身が撮影した写真でご紹介します。
2010年1月26日
ハイチ:地震被災地で続く活動(1月21日現在)
大勢の重傷患者の治療に奮闘する国境なき医師団(MSF)のスタッフ、残酷な現実に立ち向かう病や傷を抱えた人びと。報道写真家、ロン・ハビブが、地震で損壊したポルトープランスのトリニテ病院で撮影した写真をご紹介します。
2010年1月22日
ハイチ:地震から1週間後の現地状況(1月19日現在)
すべてが崩れ落ちた町で、一刻を争う治療を必要とする大勢の患者を前に、MSFのスタッフは限られた物資で最大限の治療に取り組んでいます。地震発生後 48時間以内にハイチに入り、活動を行う外科医ポール・マクマスターの活動と写真で、現地の状況をお伝えします。
2010年1月17日
ハイチ:現地医療ニーズとMSFの活動(1月17日現在)
地震発生から5日が過ぎたハイチの首都ポルトープランスは、依然として悲惨な状況にあります。国境なき医師団(MSF)はできる限り多くの患者を治療しようと活動を続けていますが、ニーズは今なお膨大であり、時間との闘いになっています。
2010年1月16日
ハイチ:MSFが地震被災者の治療を展開
この度の地震では、多くの被災者が、もともとハイチで活動を行っていた国境なき医師団(MSF)を救急医療の提供者として考え、その診療所、病院、オフィス に足を運びました。カナダ人写真家、ジュリー・レミはMSFに同行して主な被災地である首都ポルトープランスにいます。損壊した病院や仮設診療所なども利 用しての応急処置や手術の様子をお届けします。(英語)
2009年12月10日
キルギス:写真展「中と外−結核を患いながら刑務所を釈放されること」
国境なき医師団(MSF)は2006年からキルギスで、結核に感染した囚人用に国が指定した収容所の1つであるコロニー31と一時収容所のシゾー1を拠点に 結核治療プログラムを運営しています。また、2007年には元囚人が“塀の外”でも治療を続けられるよう、南部の都市オシに社会支援事務所を開設。結核との闘いは人権問題でもあることを訴えるため、MSFは首都ビシケクで写真展を2回開催しました。
2009年11月20日
ケニア:ダダーブのソマリア人難民キャンプ−援助ニーズが急速に拡大−
ケニア北部ダダーブ郊外のキャンプでは、戦火を逃れた27万人以上のソマリア人難民が、劣悪な環境のもと暮らしています。難民の急増に伴い、援助ニーズも 急速に拡大しており、MSFは政府や国際機関などに状況の改善を呼びかけています。キャンプの現状を、写真とレポートで伝えます。
2009年11月20日
パレスチナ:人道上の大惨事・ガザ侵攻と、停戦後も続く困難
パレスチナ人の犠牲者1300人、負傷者5300人以上を出した2008年12月末からのイスラエル軍による「鋳造された鉛」作戦。この攻撃から半年間の現地の状況とMSFの活動をダイジェストでお伝えします。
2009年11月16日
コンゴ民主共和国:オー・ウエレ地方でのアフリカ睡眠病治療が停止
国境なき医師団(MSF)が2007年6月から今年3月までコンゴ民主共和国オー・ウエレ地方で行ってきたアフリカ睡眠病(アフリカトリパノソーマ症)の治療は、治安情勢の悪化により中断を余儀なくされています。
2009年9月30日
南アフリカ共和国:貧困や偏見、疎外を乗り越えて生きるアサヴェラの夢
カエリチャ地区で治療を受けながらエイズとともに生きる少女の声をお聞きください。抗レトロウイルス(ARV)薬と結核治療によって、どのように人生が変わったかを語ります。彼女の言葉からは、貧困、社会からの疎外、偏見に対処しながらも抱き続ける希望が伝わってきます。
2009年9月14日
エチオピア:治療しなければ死に至る病、カラアザールへの対応の推進
カラアザール(内臓リーシュマニア症)は、ゴマ、綿、モロコシの大規模農場がある低地地域で特に流行しています。カラアザールを取り巻く現状と、アムハラ州で治療センターを運営するMSFの活動について、写真でご紹介します。
2009年5月11日
中国:四川大地震から1年 - MSFによる被災者への心理ケアフォト
2008年5月12日に発生した四川大地震から1年が経過した中で、国境なき医師団(MSF)は引き続き被災者に心理ケアを提供しています。四川省での心理ケアの活動の様子を写真で紹介します。
2009年4月14日
ナイジェリア:ナイジェリアでの髄膜炎流行への対処
髄膜炎が広がっている西アフリカの数ヵ国では、年始からの死者数が1100人を超えて、MSFでは数十のチームが対応にあたっています。ナイジェリアでの髄膜炎に対する活動の様子を写真で紹介します。
2009年3月10日
ウガンダ:平和が戻りつつあるウガンダでの活動
深刻な人道的状況にあったウガンダ北部に平和が戻り、人びとは普通の生活に戻りつつあります。MSFが運営し、やがて地元医療機関に引き継がれるラロギ難民キャンプの医療センターの今の様子を紹介します。
2008年12月 1日
ミャンマー:「回避可能な運命」─ARVによるHIV治療の拡大が待たれる─
ミャンマーのHIV/エイズ感染者は推定で24万人。緊急に治療を必要としている感染者7万6千人のうち、治療を受けられているのは20%未満です。エイズから命を守る薬を切望する患者たちの素顔が、写真から伝わります。
2008年10月28日
ハイチ:ハリケーンに見舞われたゴナイブの町フォト
2008年9月、一連のハリケーンがハイチを直撃しました。最も被害の大きかった地域の一つ、アルティボニット県ゴナイブ市内外で、 被災から数週間が経っても、必要な援助の多くをうけられずにいる人びとの現況を、写真で紹介します。
2008年8月19日
ブルキナファソ:北部における栄養失調への取り組み(音声:仏語)
2007年9月、国境なき医師団(MSF)はブルキナファソにおいて、栄養失調の割合が慢性的に高い北部の町ヤコとティタオで急性栄養失調に苦しむ子どもの治療プログラムを開始しました。活動の様子を写真と音声で紹介します。
2008年8月15日
中国:四川大地震におけるMSFの取り組み(音声:英語)
2008年5月12日に、中国四川省でマグニチュード7.9の地震が発生しました。MSFの緊急援助活動の様子を、写真と音声(英語)で紹介します。
2008年8月 8日
アルメニア:アルメニアの薬剤耐性結核患者たちフォト
MSFは2005年9月から、アルメニア保健省・エレバン市と共同で、首都エレバンで薬剤耐性結核(DR-TB)患者の治療を行っています。治療の様子や患者の証言を、クレモン・サッコマーニ氏の写真で紹介します。
2008年6月 3日
ミャンマー:サイクロン「ナルギス」関連の活動
5月3日にサイクロン「ナルギス」が直撃したミャンマーにおいて、MSFは緊急援助を行っています。現地における活動の様子を、写真と内科医へのインタビュー音声(英語)で紹介します。
2008年2月26日
ケニア:西部の避難民への援助活動
ケニア西部では、2007年末に行われた大統領選挙の結果を受けて発生した暴動により、数千の人びとが自宅を逃れ、屋外での避難生活を強いられています。現地における活動の様子を写真で紹介します。
2008年2月14日
キルギス:首都ビシケクの刑務所における結核患者の治療
MSFは2005年からキルギスの刑務所および拘置所で、結核に感染している受刑者の治療を行っています。現地における活動の様子を、キルギスで開催した「鉄格子の向こうの結核」展で展示された写真で紹介します。
2007年12月17日
コンゴ民主共和国:マシシ病院の1日
コンゴ民主共和国(DRC)の北キブ州では、2007年8月28日に政府軍と反政府勢力との間で武力衝突が発生しました。国境なき医師団(MSF)はこの 緊急事態を受けて、最も激しい戦闘が行われたマシシ近郊の人びとを支援するため、マシシ病院で活動中のチームを増強し、追加の医療物資を送付しました。現地の1日の様子を、アン・クーディアコフ看護師の証言と写真で紹介します。
2007年12月12日
ケニア:ホマベイにおける母子HIV/エイズ患者の治療
MSF はホマベイ地域病院と周辺地域にある診療所3ヵ所で、包括的なエイズ治療を提供しています。現在9千人以上の患者に治療を行っており、そのうち7千人以上 にARV薬を処方しています。患者の5人に1人は13才未満の子どもです。現地での母子HIV/エイズ患者の治療の様子を写真で紹介します。
2007年12月 7日
ケニア:ホマベイにおけるエイズと結核への取り組みフォト
1996年、国境なき医師団(MSF)はニャンザ州のホマベイ地域病院で、ケニアで最初のMSFエイズ治療プログラムを開始しました。現在も、HIV検査 とカウンセリング、抗レトロウイルス(ARV)薬を用いた延命治療、入院治療などを含む包括的なHIV/エイズ治療を無料で提供しています。現地での活動 の様子を写真で紹介します。
2007年10月10日
ニジェール:栄養失調を予防する取り組みフォト
MSFはニジェールにおける栄養治療プログラムで、そのまま食べられる栄養食品(RUF)を用いた革新的な手法を導入しています。栄養失調を予防するための取り組みを写真で紹介します。
2007年10月10日
ペルー:ペルー地震 MSFの活動フォト
8月15日にペルー沿岸部で発生した地震を受けて、MSFは緊急援助を行っています。被災地における活動の様子を写真で紹介します。
2007年9月20日
インドネシア:インドネシア・スマトラ島西部での地震被災地での援助活動
9月18日にインドネシア・スマトラ島西部で発生した地震を受けて、MSFは緊急援助を行っています。被災地における活動の様子を写真で紹介します。
2007年8月27日
ウガンダ:感染の鎖を断ち切るために-ウガンダ・アルアにおけるHIV/エイズとの闘い-
MSFは、2001年ウガンダ北部・西ナイル地方のアルア病院にHIV/エイズ診療所を開設しました。現在、同病院では3千人以上のHIV/エイズ感染者に抗レトロウイルス(ARV)治療を行っています。現地での活動の様子を写真で紹介します。
2007年7月11日
スーダン:カルマ・キャンプ、いつかは後にする場所
人口約10万人近くのカルマ・キャンプは、おそらく世界最大規模の避難民キャンプです。多くの人びとが3年前から暮らしているこのキャンプにおける日常生活を紹介します。
2007年7月 4日
スーダン:アダムの歌フォト
アダム(12)は、スーダン・ダルフール紛争が始まった時にムハジャリヤに避難してきた内気な少年です。アダムがMSFの保健教育ワークショップで歌った歌を、現地の写真と共に紹介します。
2007年6月16日
ハイチ:ポルトープランスにおける緊急産科医療
MSFはハイチの首都ポルトープランスで複数の病院や治療センターを運営しています。このうち産科治療を提供しているジュード・アン病院における活動と、現地の人びとの様子を紹介します。(撮影:Isabelle Jeanson)
2007年4月25日
アフリカ・マラリア・デー2007 パノラマ −MSFのマラリア治療プログラム‐
4月25日はアフリカ・マラリア・デーです。MSFはこの日に合わせて、写真家マイケル・テラーがマリの首都バマコから南に70kmの所にあるギニアとの国境近くの町、カンガバとカランで撮影したパノラマ写真を紹介します。
2007年4月16日
未知の土地でのやさしさ -ミャンマーからの難民への援助-
MSFは2005年からタイ南部のタブラムでHIV/エイズおよび結核患者を治療しており、数多くのミャンマーからの難民を受け入れています。フリーランス・ジャーナリストのミカエル・ハイネの写真と人びとの証言を紹介します。(2007年4月撮影)
2007年3月28日
中央アフリカ共和国:焼き払われた村々と逃げまどう人びと
中央アフリカ共和国(CAR)の北部では、2005年半ばから政府軍とさまざまな反政府勢力が戦闘を繰り広げており、地元住民は絶えることのない武力衝突の犠牲となっています。現地の様子を写真で紹介します。
2007年3月24日
ケニア:ブルーハウス診療所フォト 世界結核デー 2007
ケニアの首都ナイロビのスラム街、マサレで運営するMSFの診療所「ブルーハウス」では、2006年5月から多剤耐性結核(MDR-TB)の治療を開始しました。現時点では、ケニアで唯一MDR-TBの治療を提供する診療所です。治療プログラムの様子を写真で紹介します。
2007年3月24日
バングラデシュ:ロヒンギャ系少数民族 ―疎まれ、家もなく、小さな湿地に暮らす―
ミャンマーからバングラデシュに逃れてきたロヒンギャ系難民は不法移民とされていたため、ごく最近まで全く支援を受けていませんでした。一時難民キャンプで暮らす人びとの様子を紹介します。
2007年3月12日
スーダン:終焉にはほど遠いダルフールの危機
スーダン西部のダルフール地方では住民への暴力が続き、数十万人が避難民となっています。現地の様子を写真で紹介します。
2007年3月10日
コンゴ民主共和国:カタンガ州、数万におよぶ避難民の窮状
コンゴ民主共和国(DRC)のカタンガ州では、この2ヵ月で1万8千人以上がドゥビエに避難しています。コンゴ政府軍と民兵組織(マイマイ派)間の戦闘を逃れて避難してきた人びとの様子を紹介します。
2007年2月26日
ケニア:ブルーハウス診療所「希望のオアシス」
ケニアの首都ナイロビにあるスラム街、マサレで国境なき医師団(MSF)が運営するブルーハウス診療所での活動を写真で紹介します。 撮影:Matthew Smeal
2007年2月19日
ソマリア:GEOGRAPHY OF THE FORGOTTEN
ソマリアは1991年から実質的に無政府状態にあります。16年にわたる無法状態を経て、この国は顧みられることのない膨大な援助ニーズと、深刻なレベルにある日常的な暴力を抱えています。現地の様子を写真で紹介します。 撮影:Juan Carlos Tomasi
2006年6月28日
パレスチナ:2006年6月28日の「夏の雨」作戦開始以降のMSFの活動
MSFは1989年からパレスチナで活動を行っています。現地での活動の様子を紹介します。
2006年4月16日
スーダン:終焉にはほど遠いダルフールの危機
ダルフールの人びとにとって、人道上の危機はいまだに終わりにはほど遠い。2百万人が暴力を逃れて避難民となっている。武装勢力が村々を襲い、家族を殺害し、財産を奪い、そして作物を破壊した。人びとの苦しみはしばらくの間世界の注目をひきつけたが、今は再び忘れ去られてしまったように見える。ダルフール地方全域に広がる集落や避難民キャンプで暮らす彼らは、いつ家に戻れるのか、生活を建て直すことは出来るのか、その見通しは全く立っていない。それどころか、止むことのない暴力によってさらに多くの人びとが二度、あるいは三度の避難を強いられている。比較的大きな避難民キャンプでは医療面で落ち着きが見られるものの、人びとは現在も暴力と威嚇の対象となり続けている。常に不安定な治安と恐怖が、ダルフール地方の避難民の生活を支配している。
2005年10月24日
パキスタン地震 ―援助活動の現場から―
国境なき医師団(MSF)は2005年10月8日に発生した地震の直後に、カシミールでの救援活動と並行してパキスタンの北西辺境州にもチームを派遣しま した。チームはマンセーラを拠点にし、刻々と変化する現地の状況に対応するべく、医療支援および物資支援を迅速に展開しました。このフォトストーリーで は、地震発生後2週間の時点でのMSFの活動を紹介します。
2005年4月24日
スーダン:チャドに逃れたダルフール難民の苦難
約2年前、スーダン・ダルフール地方での戦闘を避けて、数十万人にのぼる人々が隣国チャドへと避難しました。難民となった人々は、避難先でも過酷な環境での生活を強いられています。(2005年4月撮影)
2004年4月15日
スーダン:スーダン内戦 ―ダルフール地方、暴力と食糧不足にあえぐ避難民の窮状―
食糧事情が急速に悪化するなか、栄養失調と死亡率が異常に高まっているスーダン西部のダルフール地方。飢餓発生の危機に直面する人々とMSFの活動を紹介します。(2004年4月撮影)














