タジキスタン: 昏睡と栄養失調、結核性髄膜炎からの生還――結核と闘う(2)

2013年12月25日掲載

オリオン君(4歳)の祖父が掲げた1枚の写真。そこに映っている少年の姿は、昏睡と重度栄養失調で入院していた1年前のものだ。オリオン君の病気は結核性髄膜炎だった。完治する率が低い病気で、命を取り留めたとしても、深刻な神経障害が残るケースが多い。オリオン君は国境なき医師団(MSF)の治療を受け、一命を取り留めた。治療は今も続いているが、看病を続けている祖父は「本当にうれしい」と話す。

結核性髄膜炎は、乳幼児に比較的多く、早期発見・早期治療が重要となる。タジキスタンは、かつての旧ソ連ブロック(ソビエト連邦とその同盟国)の中でも最貧国の1つだ。他の旧ソ連ブロックと同様、結核の罹患率が高い傾向にある。しかし、政府の資金不足が壁となり、結核対策や保健医療体制の整備がなかなか進まない状況にある。

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「オリオン君は病気に対する勝利の証です」

MSFの医師による肺の検診を受けるオリオン君 MSFの医師による肺の検診を受けるオリオン君

オリオン君一家の住まいは、アフガニスタン国境に近いタジキスタン南部のヴォセ市郊外にある。自宅の玄関先でオリオン君は、楽しそうに走り回り、家族や友達と遊び、笑い、元気で活き活きとしている。

ただ、右脚と右手には部分麻痺が残っている。昏睡から覚めた時に、右半身全体が麻痺していたのだ。父と祖父は、定期的な運動を一緒に行うことで、オリオン君の運動機能の回復を後押ししている。

MSFのイオアンナ・ハジリ医師は言う。「オリオン君は病気に対する勝利の証です。MSFにとっても、この地域の人びとにとっても。彼が命を取り留めると思うことが難しいほど、容体は深刻だったのです。ですが、回復しています。毎日、少しずつ」

昏睡と重度栄養失調で入院していた頃のオリオン君 昏睡と重度栄養失調で入院していた頃のオリオン君

オリオン君が入院した時点で、結核菌は脊椎にまで広がっていた。重度の脱水症状と栄養失調を併発し、昏睡状態で、病院スタッフは適切な治療を見つけられずにいた。そこで、MSFは感染症と闘うための抗生物質による集中治療を主張。3ヵ月後、オリオン君は帰宅できるまでに回復していた。

オリオン君は現在も第1選択薬での結核治療を続けている。献身的な家族が必要な限りの手助けを続けている。祖父は「薬を飲ませるのが大変な時もあります。お医者さんがいるときは文句を言わずに飲むのですが、そうでない時はとても嫌がるのです。薬は変なにおいがすると感じているようです。結局は飲むのですが……」と話す。

ただ、薬を飲ませる苦労は、苦労のうちに入らないと感じている。「1年前はやせ細り、骨と皮だけでした。諦めていました。退院してからも、動いたり、話したりできなかったのです。ここまで回復して本当にうれしいです。体力の続く限り面倒を見ますよ。目標は完全に元気になることです。オリオンが再び立てるようになったことを神様に感謝します。そしてMSFにも。MSFがいなければ、現在の状態までたどり着けなかったでしょう」

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