イエメン:苦悩・後悔......移民たちの証言集

2013年09月03日掲載

アフリカ大陸北東部から対岸のアラブ諸国へ、より良い生活を夢見て移住を志す人びと。しかし、彼らを待ちうけていたのは、人身売買を目的とする密入国ブローカーだった――国境なき医師団(MSF)は、イエメンの首都サヌアの入国管理センターの収容者や、その周辺で収容を待つ人びとに医療・人道援助を行っている。一度は移住を志したものの、本国への強制送還を心待ちにする彼らに体験を聞いた。

イエメン: 成功を夢見る青年たちの行く手に......

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「荷物を積み重ねるように船に……」――タジュ・ハサネ・トゥルドさん(31歳)

密入国ブローカーにだまされた体験を語るタジュさん

タジュさんはエチオピアの故郷で、順調で快適な生活を送っていた。「私は平和で健康な家族の大黒柱でした。子どもたちが飲むミルクに事欠くこともなく、何も問題はありませんでした。ただ、一発当てようとしたために、すべてを失ったのです」とうなだれる。密入国ブローカーにだまされたのだ。

タジュさんは「サウジアラビアに着けば、たくさんお金が稼げる。移動は簡単だ」と勧誘するブローカーの言葉を信じてしまった。妻の忠告に耳も傾けず、飼っていた牛を何頭か安値で売り払って旅費を工面し、家を出た。エチオピアの首都アディス・アベバにはバスで到着。そこから東部のディレ・ダワに向かい、密入国ブローカーと落ち合った。

ディレ・ダワを出発する際に金銭を要求されました。親類から送金させるようにと言われて連絡しました。送金が済んでから、エチオピアを出国しました」

エチオピアからジブチを経て、小舟でイエメンへ向かった。「私たちは、荷物を積み重ねるようにして船に乗せられました。口答えをすると背中を殴られました。性暴力を受けた女性もいました。ブローカーの1人が女性を強姦した後、ボートを操縦していたもう1人と交替し、そのブローカーも同じ女性を強姦したのです」

過酷な船旅を経て、イエメンの海岸線に到着。そこには、銃を持った別のブローカーが待っていた。「金は持っているか、金を送れる親類はいるか」と聞かれ、「ない」と答えると吊るし上げられ、何日も殴られた。最終的には、タジュさんと仲間たちは、身代金を支払うことなく解放された。

そこからようやく目的地であるサウジアラビアにたどり着いた。しかし、そこで同国の兵士に拘束され、砂漠に置き去りにされてしまった。3日間歩き続けて幹線道路に出ると、なんとかイエメンの首都サヌアまで戻って来た。「無事にエチオピアに帰りたいです。神様のくださった目や手まで失いたくありませんから……」

「1ヵ月にわたって虐待を……」――シュクアラー・ハセン・アブドゥルセラムさん(35歳)

仲間たちと入管センターへの入所を待つシュクワラーさん
(前列左から4人目)

シュクアラーさんは2012年12月、8人の仲間と一緒にエチオピアを離れた。ジブチまでの移動中、水も食糧も持たず、山間の道端で地面に直接寝ていた。飢えで亡くなる人も目にしたという。

イエメンに着くと、密入国ブローカーに1ヵ月拘束され、虐待を受けた。「海岸で午前8時に小舟に乗り、午後2時にイエメンに入りました。そこでとても困ったことになりました。悪いやつらが私たちを野営地に連れて行き、殴り始めました。手の骨を折られ、身体を叩かれました。そして、こう言われたのです。『金を送らせろ』。エチオピアに家族から送金させた人は解放されました。お金を渡さなければ、命はありませんでした。私の友人は、殴られて不自由な身体になってしまいました」

やっと解放され、物乞いでしのぐ日々。どうにか仕事にもありついて資金を稼ぎ、「サウジアラビアに連れて行く」と約束した別のブローカーに渡したが、それも詐欺だった。何度か自力でサウジアラビア入国を試みたが、兵士に叩き返された。そして、ついに帰国を決心。イエメンの首都サヌアで警察署に自首、不法入国による逮捕と本国送還を希望。入国管理センターに入所した。

「警察署を目指し、まっしぐらに歩いて行きました。午後10時に到着し、粗末な袋に衣服を入れていたので声を掛けられました。『どこに行こうとしているのか』と尋ねられ、『エチオピアに帰りたい』と答えました。言葉がわからないので、泣いて見せたのです。泣いている理由を聞かれ、こう伝えました。『家に帰る方法がありません。私たちは移民で、犬のようにあちこちかけずり回ってきました。道端で眠るより、家に帰りたい。かえって農作業をします』と」

「ここで死にたくはありません」――ルマナ・モハメド・シラジさん(25歳)

夫が消息不明となり、子どもを連れて帰国を目指すルマナさん

「この目で、イエメンでの生活を見てきました。『イエメンに行こう』と考える人を放っておけるでしょうか?見過ごせるでしょうか?」

ルマナさんが夫と数人の隣人とともにエチオピアを離れたのは2009年だった。よりよい生活を求めてサウジアラビア入りを目指していた。イエメンで過ごした年月は楽ではない。イエメン到着後間もなく、ルマナさんは両腕の治療が必要になったが、回復しなかった。4歳と1歳の幼い子ども2人を抱える一家には旅費もない。そこで、夫は単身でサウジアラビアに向かった。消息は今も不明だ。

ルマナさんは「ここで死にたくはありません。夫も近くにいませんし……。夫は途中で捕まってしまったのでしょうか?生死さえわからないのです」と話す。

ルマナさんは力になってくれたイエメン人から「サヌアの入国管理センターから帰国できるらしい」と聞いた。入国管理センターの外で劣悪な滞在環境に耐え、ようやくセンター内に受け入れられた。「子どもたちもつらい思いをしています。とても大変です。入国管理センターへの滞在で一番ありがたいことは、屋外の寒さから守られることです」

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