コンゴ民主共和国:病院が襲撃された日――MSF医師の手記

2013年08月29日掲載

マルクス・ベルヒマン医師は2013年2月から、コンゴ民主共和国で国境なき医師団(MSF)の活動に参加。北キブ州の小さな町、ピンガを拠点に紛争被害者へ医療を届けるとともに、情勢不安で孤立状態となった人びとへの援助に努めている。2013年8月、MSFが活動している病院での会議中、銃声が鳴り響いた。ベルヒマン医師が当時の状況をつづった。

現在、ピンガとその近郊におけるMSFの医療活動は、治安悪化と人道援助従事者に脅威が及んだことから、全面的に中止されている。

銃声、そしてパニック

正午、近くで銃声が聞こえた。最初は単発の流れ弾だと思われた。きっと、酔っぱらった少年兵か何かだと。普段、襲撃の行われるような時間帯ではなかったからだ。武装民兵は通常、日の出直前か日没後の薄闇にまぎれて襲撃を行う。だが、それからまた銃声が聞こえた。さらにもう1発。そこで、戦闘が始まったのだとわかった。

私はピンガの病院でスタッフ・ミーティングの最中だった。病院の向かいには私たちの拠点がある。一瞬、拠点に駆け戻り、身を隠すことを考えたが、その間もないことを悟った。患者・スタッフともに、病院に閉じこもるしかない。パニックに陥った人びとが会議室へと逃げていくが、私たちの一団はもう1つ奥の部屋に向かうことにした。しゃがみ込み、壁に身体を押しつけながら、移動した。

手術直後の患者も、病人も、高齢者も、子どもたちも、病院スタッフも、総勢に対して余りに小さな部屋に身を潜めた。私が幼い男の子を抱きかかえ、うずくまっていたのは小麦粉の袋の影だ。流れ弾を避けるため、できる限り床に身を伏せようと努めた。男の子は私の指にじゃれつき、私は男の子を必死で抱きしめた。

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襲撃者が侵入、そのとき……

MSFのマルクス・ベルヒマン医師

銃声が近づいてくる。連中が屋外に出てすぐの場所にいるのがわかった。皆、震え、泣いていたが、声は上げなかった。男の子の背中を叩く自身の心臓の鼓動が感じられた。その時ほど恐怖を感じたことはない。暗かった。戸は締まり、窓のカーテンも閉められていた。じっとりとした空気。音量を下げた無線で、拠点の同僚たちに小声でまくしたてた。男たちが病院に侵入した、と。

その瞬間、男たちが隣の部屋に入る音が聞こえた。壁の向こうの人びとが、私たちは民間人だと訴えていた。息をのみ、おびえ切って、処刑の音が聞こえるのを覚悟した。窓の外に人影が見え、会話が聞こえた。私たちは息を潜めていた。そのとき、赤ちゃんが泣きだし、皆、大慌てでなだめた。

銃声は相変わらず響き渡っていた。赤ちゃんの泣き声が引き金となり、部屋にいたほかの子どもたちも泣きだした。しかし、どういうわけか、私たちの部屋の戸が開けられることはなかった。およそ40分が経ち、コンゴ人医師が1人入って来て、襲撃者たちは退却したと告げた。隣の部屋の人びとも危害を免れた。なたを持った男が乗り込んできたが、室内に民間人しかいないのを見て、引き返していったのだという。

赤ちゃんが犠牲に

銃声が聞こえなくなるまで待ち、部屋を出た。そして、私たち全員が幸運だったわけではないことを知った。地面に崩れ落ち、泣き叫ぶ女性。背負っていた赤ちゃんに流れ弾が当たったのだ。銃弾はまだ幼い彼女の鼻の下から後頭部へ貫通。即死だった。眠っているように見えるが、その身体はもう冷たくなっていた。

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