いま、シリアで起きていること~患者たちの証言(後篇)~

2013年03月08日掲載

シリアの隣国イラクのシリア人難民キャンプで生活する少年

シリアの主要各都市で、2011年3月15日、反体制デモが一斉に行われた。政権への抗議運動は全土に広がり、政府は取り締まりを強化。やがてそれは弾圧へと形を変え、抗議運動は武力衝突へと激化。内戦となり、2年が過ぎようとしている。

国境なき医師団(MSF)はこの間、医療を"弾圧の武器"として悪用することに抗議するとともに、複数の仮設病院を設置して、紛争の被害に遭った人びとへ医療を提供してきた。また、周辺国へ逃れて難民となった人びとへの人道援助も続けている。

シリア国内でいま、何が起きているのか。MSFの治療を受けた人びとが証言する。

いま、シリアで起きていること~患者たちの証言(前篇)~

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男性(35歳)は、ハマー県ハルファヤのパン屋に並んでいて空襲に遭い、病院に搬送された(写真)。

2012年12月末、ある日の午後のことでした。パン屋の前で3時間も待ち続けていました。そこが町で唯一、営業を続けていたからです。行列は300人ほどになっていました。その上空に突然、飛行機が飛んできて、ミサイルを2発撃ったのです。

辺り一帯が叫び声であふれました。大勢が負傷しました。私もパニックでした。唇と舌に焼けるような感覚がありました。

負傷者が乗り物に乗せられて行きました。私もまず、手押し車に乗せられ、それからバイクタクシーで診療所に搬送されました。そして翌日、兄弟が私を別の医療施設に運び、その後、トラックでこの国境なき医師団(MSF)の病院まで移送してくれました。私は3日間、意識がもうろうとしていました。

手術を受けましたが、今も耳があまり聞こえません。耳鳴りがするのです。ただ、信じられないほど幸運なことに、私の娘2人は、その空襲をほぼ無傷で切り抜けました。崩れかけた壁が2人を爆発から守ったのです。おかげで、かすり傷だけで済みました。

シリア国内の避難キャンプで生活している少年(9歳)は、キャンプ内の火事で下半身に重度の熱傷を負った(写真)。少年の父親が当時の状況を振り返る。

ハマー近辺の村に住んでいたのですが、空襲を受けて避難しました。1日に3回も攻撃されたこともあります。ある日、ヘリコプター3機が、TNT火薬を詰めたドラム缶を村に投下しました。大型のごみ箱くらいのサイズの金属製の樽状爆弾です。この空襲で、3人が亡くなり、20人が負傷しました。その日、村を離れることを決めました。

キャンプには2012年12月半ばに到着しました。とても冷え込みますが、少なくとも安全でした。私たち一家のテントには10人が滞在していました。

3週間前のことです。近くのテントで火事が起きたのです。原因は分かりません。テントは引火しやすいビニール製です。皆が慌てて消そうとしました。息子も水の入ったバケツを取りに行き、そこで服に火が移ってしまったのです。

病院に運び込み、定期的に包帯を交換してもらいました。しかし、傷口から出血するようになりました。病院には、息子の症状に対応できる熱傷の専門家はいませんでした。そして今日、医師にMSFの病院を勧められたのです。救急処置を済ませ、明日、手術室に移る予定です。

搬送されてきた少年を治療した緊急医の話

到着した時点で患部全体が化膿し、脱水症状を起こしていました。また、膝関節のこわばりが強く、伸ばすことができませんでした。全身麻酔をして、患部の壊死した組織を除去しました。ただ、いずれ皮膚移植が必要になるため、熱傷専門の施設での治療が求められます。リハビリなど理学療法も非常に重要です

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