中央アフリカ共和国:「治療が必要な患者がいるのに......」紛争地に生きるスタッフの無念

2018年02月16日掲載

MSF看護師のペレ(写真右、2016年撮影) MSF看護師のペレ(写真右、2016年撮影)

宗教間対立による紛争が続く中央アフリカ共和国バンガッスーで、2015年から国境なき医師団(MSF)看護チームリーダーを務めたペレ・ウベール。2017年から情勢が急速に悪化するなか「目の前の患者を救いたい」と現地に残り、患者を支え続けた。しかし、11月末にMSF病院が襲撃され活動中止が決定。「ケアが必要な患者を残していくのは酷でした」と無念の思いを打ち明ける。

家族を託して活動を続けた

破壊されたモスクの壁 破壊されたモスクの壁

2015年から2016年にかけて、バンガッスーは楽園のようでした。2013~2014年の紛争が落ち着いて元の生活が戻り、キリスト教徒とイスラム教徒の関係や経済も回復してきていました。医療面の課題は残っていたものの、MSFは病院・診療所で大規模なプロジェクトを立ち上げて対応していました。

事態が暗転したのは2017年3月のこと。まず、バンガッスーから150kmほど離れたバクマで戦闘が起きました。うわさが一気に広がり、襲撃を恐れた人びとは外出を避けるようになりました。雨期を前に畑の雑草を除く時期でしたが、農作業をも怖がりました。

前線は徐々に近づき、5月13日にとうとうバンガッスーの町に波及。全てが台無しになり、厳しい試練の日々が始まりました。経済も、異教徒間の関係も、治安も崩壊しました。

銃撃が始まったのは夜のことです。私は妻と3人の子ども(16歳、8歳、4歳)と自宅にいました。誰も身動きができませんでした。後から友人が来て「まずまず安全な道があるから、国境の向こう側のンドゥ(コンゴ民主共和国)まで連れて行けるよ」と声をかけてくれました。私はこの友人に家族を託し、自宅で電話を待ちました。到着したら無事を知らせてくれることになっていたのです。それから、ベストを着てMSFの拠点に出勤しました。

目の前の患者を助けるために

襲撃を逃れ、病院に避難してきた人びと 襲撃を逃れ、病院に避難してきた人びと

バンガッスーは2017年を通して大変な状況でしたが、活動を続けようと思ったのは、援助が必要な患者がすぐ目の前にいたからです。例えば、避難キャンプで出会ったイスラム教徒の男性は、逃げてくる際に抗HIV薬をなくし、誰にも打ち明けられず取り乱していました。やっと私に話してくれて、本当に胸を打たれました。自分の病気を明かすのがどれほど難しいか、よく分かります。でも必要なことでした。治療が中断されて病状が悪化していましたから。

苦渋の決断

病院の外で女性2人が殺されたとき、私は武装兵に数時間足止めされて救急車の中にいました。そして私が非番の日、MSFの拠点が略奪に遭い医療活動を中止することになったのです。職員宿舎に帰ってきた同僚はひどくショックを受け、多くは泣いていました。活動するには危険すぎて、他に選択肢はありませんでした。でも、私たちを切実に必要としている患者を置いていくなんて酷です。私たちが退避した後、24時間以内に5人の患者さんが亡くなりました。ケアするチームがいなかったからです……。限りない罪悪感に襲われました。

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