イラク:荒廃の街モスルに生まれた命......IS支配で家族が失ったもの

2017年12月18日掲載

アル=ハンサ病院で治療を受けるアムランちゃん アル=ハンサ病院で治療を受けるアムランちゃん

紛争で多くの医療施設が壊されたモスル。国境なき医師団(MSF)が運営するアル=ハンサ病院も攻撃を受け、破壊された。戦闘が終ったいま、集中治療室(ICU)を再建。そこで迎えた最初の患者はアムランちゃん、生後17日だった。

重度の先天異常。気管と食道がつながっており、授乳するとミルクが呼吸器系に入ってしまう。外科処置が必要だった。父親のラードさんが、一家の暮らしを打ち明けた。

失われた平穏な暮らし

私はラードと言います。28歳です。妻のファティマは25歳。息子のアムランは生後17日で、私たち夫婦にとって3人目の子どもです。上の2人は4歳と2歳です。

過激派組織「イスラム国(IS)」に支配される前は、いい暮らしでした。初めての子どもができ、私は建築作業員として働いていました。そこにISがやって来て、仕事もお金も失ったのです。ひどく苦しめられました。日に日に状況は悪くなり、一日中、座り込んでいるだけ。働き口がなく、求人はISのための仕事ばかりでした。おむつを買うにもミルクを買うにもお金が要り、今でも300万イラク・ディナール(約28万円)の借金を抱えています。

医療なんてありません。子どもたちが体調を崩しても治療できませんでした。民間の診療所を紹介されても、治療代を支払えないのです。病院は、開いていても薬がありませんでした。子どもたちが熱を出すと濡らしたタオルで冷やし、大抵は自宅にいました。

住んでいた西モスルでは、イラク軍が駆けつけましたがISが迎え撃ち、再びISの支配下になりました。私たちはそのときに避難し、家を失いました。残念ですが、妻と子どもたちが無事でいることがなによりです。

今はISがいたころよりもよくなって、安全になりました。ただ、仕事は少ないままで、 仕事がなければ生活できません。独身ならなんとかなるでしょうが……。当面の問題は住む場所で、親類のもとに身を寄せています。病院での治療や日々の生活のためには、借金をするほかありません。ゼロから立ち直るのは大変ですが、少しずつやっていくつもりです。

生まれたばかりの子を「看取るしかない」

病院に行ったのは検査のためでした。そこで、もう赤ちゃんが生まれそうだと分かり、妻はそのまま手術となりました。アムランが生まれると、医師たちが何か相談していて、アムランは引き続き入院が必要だと言うのです。そして、酸素吸入が始まりました。

その病院には人工呼吸器がありませんでした。民間も含めすべての病院に確認してみましたが、どこも人工呼吸器を備えていませんでした。初めは医師からも「お子さんを看取ってあげるほかない」と言われました。私はいつアル=ハンサ病院のICUが再開するのか繰り返し問い合わせ、手動の蘇生バッグで酸素を送り続けました。アムランは、1日に6回も生死の境をさまよいました。

そしてやっと、ICUが再開したのです。アムランの肺にチューブが入りました。神様とMSFのおかげです。

気管と食道の修復手術を受けたアムランちゃん。残念なことに、11月4日、息を引き取った。


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