お金がないから病院に......――MSFが考える「医療の無償化」が必要な理由 

2017年12月15日掲載

子どもを両腕に抱えてMSFのもとへ連れてきた母親治療や薬の処方などすべて無償で受けられる(中央アフリカ共和国) 子どもを両腕に抱えてMSFのもとへ連れてきた母親
治療や薬の処方などすべて無償で受けられる
(中央アフリカ共和国)

国境なき医師団(MSF)の医療は、薬も手術も入院もカウンセリングもすべて無償です。必要に応じて通院ための交通費を援助したり、入院患者の付き添いのための宿泊施設を用意したりもします。世界中から届けられる寄付でこの仕組みを維持しています。

なぜここまで「医療の無償化」を徹底しているのでしょうか?それが人道援助だから……というだけでなく、国際保健のあるべき姿だと考えているからなのです。

その理由について、MSF分析部保健政策顧問のミット・フィリプス医師が解説します。

"お金がないから病院に行かない"ことの社会的リスク

ミット・フィリプス医師(MSF分析部保健政策顧問) ミット・フィリプス医師
(MSF分析部保健政策顧問)

マラウイ。病院に子どものためにマラリアの薬をもらいに来た母親が、手に入れられたのは必要な量(約1000円分)の半分だけ。子どもの命が危機にさらされる。

中央アフリカ共和国。ある妊婦はHIVの検査を受けようとしたが、検査費(約300円)が用意できなかった。

別の妊婦は妊娠合併症で病院に行ったが、処方されたのは1日あたり200円の液体、おそらく生理食塩水。その支払いのために、彼女は近所のあちこちから借金をした。少しずつ返しているが、残高はなかなか減らない。

ヨルダン。難民となった女性は1回約2600円の診察費が払えなくなり、治療を中断した。

コンゴ民主共和国。緊急帝王切開で命を救われた母子。ただ、手術などの治療費約4300円が用意できず、退院を認めてもらえない。

医療の質が低下し、病気流行の危険が高まる

集中治療室で診察を受ける赤ちゃん入院患者の多くはマラリアだ(コンゴ民主共和国) 集中治療室で診察を受ける赤ちゃん
入院患者の多くはマラリアだ
(コンゴ民主共和国)

MSFが活動地で目にしている現実のほんの一部だ。治療費が払えず、病院に行くことを諦め、自宅で安らかな死を望む患者がたくさんいる。または、ぎりぎりまで自宅で療養し、病院に運ばれてきたときには手遅れになっている。

費用を用意できたとしても、多くの場合は家財の切り売りか借金だ。その結果、さらに生活が貧しくなる。

一方、治療する側も十分な給与をもらっていない。そのため、患者が負担できそうな範囲で最大の利益を上げようとし、不必要な治療や質の悪い治療をしてしまう。

医療費の自己負担は感染症の流行対策にも悪影響を及ぼす。お金が用意できない患者は感染しても病院へ行かない。だから症例として数えられることさえない。その結果、感染の広がりを監視する力(疫学的監視)が弱まり、十分な対策ができなくなる。

「患者の自己負担」を求める動きが再び

母子を対象に一度は医療無償化を実現したが……(シエラレオネ) 母子を対象に一度は医療無償化を実現したが……
(シエラレオネ)

過去10年にわたり、多くの国が医療の無償化を進め、課題の解決を図ってきた。全国民を対象とした国もあれば、妊婦・子ども・一部の病気など一定の基準で無償化した国もある。

しかし、冒頭で紹介した国をはじめとして、今なお社会的に立場の弱い人びとにも自己負担を求めている国がある。難民、国内避難民、HIV感染者、結核やマラリアの患者なども自己負担の対象者に含まれている。

アフガニスタン、モザンビーク、マラウイといった医療費の無償化を進めていた国では、自己負担の再導入や負担増へと政策が切り替わった。シエラレオネは母子を対象とした医療の無償化を実現したが、財政難で先行きは危うい。

国際保健の枠組みで届けられる支援金が減額され、各国政府は独力で医療費を調達する方向へと追い込まれた。その結果、国内の財源を確保するための手段として、患者の自己負担の再導入が進んでいるのだ。

関係者が目をそらす「不都合な真実」と「無意味な政策」

「朝から晩まで農作業に追われています。体調を崩しても、
孫がやせ細っても、病院に行くお金はありません」(パキスタン) 「朝から晩まで農作業に追われています。体調を崩しても、
孫がやせ細っても、病院に行くお金はありません」
(パキスタン)

しかし、患者に自己負担を求めても、そこから十分な収益が上げられるわけではない。それどころか、治療を受ける機会を減らし、貧困を悪化させる。世界保健機関(WHO)のマーガレット・チャン前事務局長が2009年時点で「貧しい人を罰する政策」だと指摘したように、医療費の自己負担は壊滅的な影響を及ぼすのだ。

政策のコンサルタントやアドバイザーは、こうした"不都合な真実"から目をそらしている。「生活困窮者の医療費免除」といった政策の無意味さにも目を向けない。例えば、この人は「生活困窮者」であの人は違うと、どうやって判定するのか。

国際公約「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成」が危うい

すべての人が、適切な医療を、経済的な困難を伴わず受けられるためには、患者の自己負担を無償にするしかない(コンゴ民主共和国) すべての人が、適切な医療を、経済的な困難を伴わず
受けられるためには、患者の自己負担を無償にするしかない
(コンゴ民主共和国)

世界銀行、WHO、支援金の拠出者、各国政府といった関係者は、患者の医療費負担の撤廃に向けた公約を守れていない。その結果、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジに必要な3つの要素すべてに悪影響が出ている。3つの要素とは、「すべての人が医療を受けられること」「医療の範囲と質が適切であること」「医療を受ける際に経済的な困難を伴わないこと」を指す。

公約の失敗で深刻な人的被害が出ている。また、「2030年までにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成する」という宣言の信用性も傷ついている。

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを実現するためにはまず、患者の自己負担を撤廃すべきだ。同時に、患者に代わって医療費を負担する仕組みも必要だ。

患者から受診料を徴収できなくなる医療者に対しては、給与の目減り分を補てんする施策が必要だ。また、医療無償化で需要が増えると予想されるため、対応できるだけの労務管理と物資の拡充も必要だろう。

患者の自己負担は、2005年時点で既に「不必要悪」(※1)とみなされていた。2009年までは「低所得国の医療無償化」(※2)が世界的なテーマになっていた。それから約10年、今なお患者をめぐる痛ましい状況が続いている。

各国政府をはじめ国際保健を主導する立場にある方々には、医療無償化政策の拡充・支持と、患者の自己負担の撤廃を最優先事項にすることを求める。基本的な医療を受けられなかったり、医療を受けることでさらに貧しくなってしまったりする状況を変えるためには、患者への医療費の請求を廃止するしかない。

  • 『An unnecessary evil? User fees for health care in low-income countries』(Sophie Witter著/セーブ・ザ・チルドレン/2005年)
  • 『Your money or your life –Will leaders act now to save lives and make healthcare free in poor countries?』(オックスファム編/MSFなど60団体が後援/2009年)

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