ヨルダン:娘を失う不安を抱きながら、祖国シリアを離れて生きる

2017年11月29日掲載

血糖値の検査をするブタイナちゃん 血糖値の検査をするブタイナちゃん

ウム・アブドゥラーさんは、シリアの戦闘を逃れ、いまヨルダンに暮らす。自分が糖尿病であることを3年前に知った。別の手術のために受けた検査で高い血糖値が出たのだ。だが、幼い娘の身体にも異変が……。

国境なき医師団(MSF)はヨルダンで診療所を開き、シリア人難民と地域の人に糖尿病などの慢性疾患の治療をしている。ウムさんは診療所で、一家を襲った困難を打ち明けてくれた。

息子を亡くし、娘も糖尿病に

ウム・アブドゥッラーさん ウム・アブドゥッラーさん

「シリアの戦闘や砲撃を恐れて6年ほど前にヨルダンに来ました。子どものことが心配で……。息子3人と娘4人がいましたが、息子の1人が、砲撃のなか友人が地下に避難するのを手伝っていて負傷し、亡くなったんです」

言葉を止めて深呼吸するウムさん。隣で、9歳の娘、ブタイナちゃんが、この話を聞くのは初めてといった様子でお母さんを見つめている。ウムさんはコーヒーを一口すすり、笑みを浮かべる。「MSFの看護師さんは、お砂糖なしでコーヒーを飲めと言うのよ。ほんの少しでも甘くしたいのに」

ウムさんは、ブタイナちゃんについて話し始めた。「シリアで砲撃や空爆に見舞われていたとき、ブタイナは4歳でした。ヨルダンへ来て1週間後、ブタイナはエレベーターの中で動けなくなったんです。1時間かけて外に出しました。その翌日には、息が臭くなりました。ゲームをしていて気を失いそうになったこともあります。一刻を争う状況だと思い、ブタイナを病院に連れて行きました」

「検査結果は1型糖尿病で、血糖値が異常に高く、すい臓は機能していませんでした。まだ4歳ですよ。それが、すべての始まりでした」

ブタイナちゃんがトイレに立ち、ウムさんは話を続ける。「糖尿病の家系ではないので、娘の糖尿病は遺伝ではありません。誰も信じてくれないけれど、私はこの病気は心理的なものが関係していると思います。戦禍に生きるシリア人はみんな、高血圧や糖尿病になってしまいます」

寝ている間に発作が起き……

MSFの診療所で定期的に診察を受ける MSFの診療所で定期的に診察を受ける

娘が戻ってこないか気にしながら、ウムさんは続ける。「7歳になると、ブタイナは自分の病気を受け入れられなくなりました。学校に通い始め、お友達がビスケットやチョコレートを食べたり、コカ・コーラを飲んだりするのを見たのです。お友達は好きなものを食べられるのに、自分はできない。自分が人と違うと感じたのです」

「夫も私も、不安のなかで暮らしています。特にブタイナが眠るときはいつも心配です。寝ている間に血糖値が下がって、死にかけたことが2回あります。起きているときなら、喉が痙攣(けいれん)したような声を絞り出すので、分かります。発作が起きたら、すぐに砂糖と水を混ぜて歯と歯茎にぬると、意識が戻り始めます。それから病院に連れて行きます。寝る前にチョコをひとかけあげているのは、血糖値が下がるよりは上がる方がましだと思って」

扉が開いて、ブタイナちゃんが戻ってきた。座って話を聞きながら、ウムさんの腕を軽くゆする。恥ずかしいけれど会話の仲間入りはしたいのだ。「今ではブタイナも、自分の体のことをよく分かっています」とウムさんは話す。「自分の血糖値が低いときも、高いときも分かります。糖尿病検査も自分でできますし、測定値の比較もしています。とてもしっかりしてきて、うれしく思います」

尊くかけがえのない祖国に、帰らない理由

ウムさん夫婦は、長くかかる治療の費用をどう工面してきたのか。「最初は、病院でインシュリンをもらっていましたが、しばらくすると、もうその病院ではシリア人を受け付けないと言われました」と、ウムさんは振りかえる。同じ地域でほかの病院がないか調べるうちに、ウムさん一家は近所の男性からMSFのことを聞いた。「急いで診療所へ来ると、MSFのスタッフがすぐに受け付けをしてくれました。今は、毎月予約が入っています。値段の高い糖尿病の薬を、MSFでは無料でもらえます」

ウムさんとブタイナちゃんが帰り仕度をする。ウムさんが出口でためらいがちに振り向くと、ずっと心にあったことが口をついて出たかのように言った。「まだシリアに戻っていない理由にはブタイナの糖尿病があります。ここで受けているような治療は望めないでしょうし、祖国でインシュリンを見つけるのも難しいでしょう。毎日の血糖測定紙さえシリアにはありません。あの子の治療はすぐにできなくなってしまうでしょう。糖尿病患者がインシュリン投与を1日しなかったら……終わりです」

シリアのことを話すたびに、隠そうとしている感情が溢れてくる。「戦争が終わればシリアに帰ります。祖国がどれほど尊くかけがえのないものか、離れてみて分かりました。でも何より重要なのは、シリアで娘によい治療ができるかどうかです。それができるならすぐに帰るでしょう」
(文中仮名を使っています)

2014年12月、MSFは非感染性慢性疾患(NCD)プロジェクトをイルビド県で開始。2ヵ所の診療所で、シリア人難民と、弱い立場にあるヨルダンの人びとを治療している。症例は糖尿病、高血圧、喘息、循環系の病気、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など多岐にわたる。2015年8月、訪問診療プログラムを開始。健康教育と心理・社会面の支援もしている。

2017年11月現在、NCDプロジェクトで3374人の患者が治療をうけており、このうち6割は糖尿病1型と2型の両方の治療を受けている。プロジェクト開始以降、MSFは訪問診療も含めて5万8181件の診療をした。

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