アンゴラ:目標は生き延びること――コンゴ人難民キャンプの現状

2017年11月28日掲載

ジョアン・マルティンス ジョアン・マルティンス

目標は"生き延びること"――アンゴラ北部に設置された難民キャンプの現実だ。隣国のコンゴ民主共和国・カサイ地方で、突然吹き荒れた暴力の嵐。村を襲われ、殺され、家を焼かれ……。そこからなんとか逃げてきた人びとの当時の様子と現状を、国境なき医師団(MSF)の活動責任者、ジョアン・マルティンスが語った。

難民が一斉に到着した2017年4月の状況を教えてください。

悲惨でした。大勢が2ヵ所に集まり、水・食料の配給がなく、トイレや医療を受ける機会もない状況でした。最初に到着した約1万人は特に大変な様子でした。突然の襲撃から急いで逃げ出してきたため、何も持っていなかったからです。

みんなショックを受け、動揺しています。家族を亡くしたり、避難中にはぐれたりした人も多く、たった1人でキャンプまでたどりついた子もたくさんいました。カサイ地方は何十年も平穏だったので、住民は襲撃や避難に慣れていませんでした。

MSFは何から着手しましたか。

キャンプ内のMSF診療所 キャンプ内のMSF診療所

緊急援助を始めてから数日は、特に緊急性の高い患者への対応を優先しました。ナタや銃で襲われた負傷者約40人と性暴力の被害者を治療し、ドゥンド市内にある病院へ移送しました。MSFはこの病院に医療物資を送っています。

難民キャンプが2ヵ所設置され、MSFはそれぞれのキャンプ内に診療所を開設しました。誰もが心身ともに衰弱した状態でたどり着くため、医療ニーズはさまざまでした。

一方、MSFはマラリア、下痢、呼吸器感染、はしかなどを警戒し、はしかをはじめとした6つの病気を対象とした集団予防接種をしました。

同時に栄養状態の検査も始め、非常に深刻な事態となっていることがわかりました。栄養失調の患者の割合が緊急水準を大幅に上回っていたのです。対策として栄養治療センターを設置しました。この辺りで唯一の施設です。

現在、他団体と協力して清潔な水を配り、衛生設備の改善にも取り組んでいます。また、母子保健・産科医療や外科手術のプログラムも拡大しています。

キャンプ内の生活環境を教えてください。

キャンプ内の様子 キャンプ内の様子

ここにたどり着いた人の当初の目標は"生き延びること"でした。子どもの世話、水、食べ物、屋根がある寝場所、そして傷を癒やすことを望んでいました。こうした生活に少しずつ慣れ、今ではキャンプ内に小さな市場を作ったり、仕事を見つけたりするようになっています。

健康状態はどうでしょうか。

ピーク時には1日平均350~400人の患者がやってきた ピーク時には1日平均350~400人の患者がやってきた

マラリア予防のために蚊帳を配りましたが、罹患率を示す数値は非常に高いままです。予防のためにやるべきことはまだたくさんあります。例えば、蚊の繁殖を抑えることです。

下痢の感染制御に成功し、広がりはほぼ収まりました。また、いくつかの病気は予防接種で抑えこめました。栄養失調も対応できるレベルです。状況は落ち着いてきたと言えます。MSF診療所の合計診療数は、週平均2000件から800件前後に減りました。

キャンプ内で援助活動をする団体も増えてきました。MSFはこうした団体にこれまでの活動を引き継ぐ一方、これから発生する恐れがある事態への準備を進めています。緊急事態は脱したものの、キャンプの運営は当面続くでしょう。各援助機関・団体は十分な物資を確保する必要があります

キャンプの滞在者は今後、どうなるのでしょうか。

ロブアに新設されたキャンプへの移動が告げられました。ロブアでは家を建て、作物を育てることができます。今よりもわずかながら自立した生活が送れそうだということで、おおむね歓迎されています。

最初に設置された2つのキャンプは、もとは農作物の直売所跡と倉庫で、援助活動や物資の配給に適当とは言えない場所でした。しかも、人数が増えても拡張する余地がありませんでした。

カサイへ戻った人は推計で8000~1万人ほどいます。アンゴラに残ることを決めた人はロブアに移りました。まだカサイには帰れないと考えたのでしょう。都市部から遠い地域では、情勢は安定していません。帰るあてのない人がまだ大勢いるのです。

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