バングラデシュ:たどり着いて号泣する母親たち......日本人スタッフが見た難民キャンプ

2017年11月07日掲載

MSFの上野麻実助産師 MSFの上野麻実助産師

国境なき医師団(MSF)の上野麻実助産師は、バングラデシュのマイナーゴナ難民キャンプで、ミャンマーから逃れてきたロヒンギャの緊急援助に加わった。竹とビニルシートの仮設住居が次々に建ち並ぶなど「風景が毎日変わる」キャンプ内で、上野助産師が見たものとは。

診療所が足りない!――1ヵ月で患者数倍増

診療所の立ち上げを進めるMSFスタッフ 診療所の立ち上げを進めるMSFスタッフ

私は助産師ですが、今回の活動では分娩などの助産師業務はなく、難民キャンプ内での診療所の立ち上げ(マネジメント)が主な役割でした。

先に現地に入っていた加藤医師(MSF日本会長の加藤寛幸)たちが1軒目の診療所を立ち上げた1週間後に到着し、2軒目を担当することになったのです。

高温多湿の気候の中、毎日、大勢の人びとがキャンプに到着していました。けが、病気、栄養不良など今すぐ治療が必要な人も多く、1軒目は屋根がない状態で開業していました。立ち上げ当初でも患者さん数は1日あたり200人に達し、1ヵ月後には470人にまで増えました。

1軒目には拡張スペースがなかったため、2軒目の設置が急ピッチで進められました。診療所の開設準備や物資の調達の合間を縫って現地スタッフの採用活動をし、採用した人が翌日にはもう現場で働いている、というほどのスピード感。開業して4日目にはもう、1日あたり300人の患者さんが来院しました。

患者さんの将来を思うと……

患者さんの症状はさまざまです。重度のやけどを負った子どもは、焼けただれた腕と胴体が癒着してしまっていました。村に兵士がやってきて、家に押し込められ、火をつけられたとのこと。両親は焼死し、この子が一人だけ助かったそうです。将来を思うと胸が痛みました。治療だけでなく腕を動かせるようにするためにも、これから何度も手術が必要になるでしょう。

母親が1人で何人もの子どもを連れている姿も目立ちました。多くの男性が殺害されたためです。キャンプに到着した途端に号泣した人もいました。女手一つで子どもの面倒をみながら食糧配給などのクーポンを確保することは難しいのでしょう。母親たちはみんなガリガリにやせていました。

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静まり返る待合室

診療スペース(右)の後ろで順番を待つ患者さん 診療スペース(右)の後ろで順番を待つ患者さん

患者さんの3分の1は5歳以下でした。肺炎、下痢、寄生虫、皮ふのただれ、素足で過ごすことによるけがと感染症などが多く見られました。銃で撃たれたという患者さんも1日あたり5人は運ばれてきました。男性は背後から、子どもは脚を撃たれているケースが目立ちました。

これほど多くの患者さんが狭い待合スペースに詰めかけているのに、誰もほとんど口を開かず、静まり返っていました。待ち時間は長く、とても蒸し暑い環境でしたが、じっと待ち続けていたことが印象的でした。

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