バングラデシュ:愛は薬ではないけれど――MSF医師が見た父娘のきずな

2017年10月25日掲載

コックスバザール県クトゥパロンより/国境なき医師団(MSF)医師 イアン・クロス

診療所の暗い部屋でベッドに横たわる10歳のやせた女の子。脊柱の痛みでけいれんし、背中が反り返ってしまっている。口は開かず手足も硬直している。破傷風の症状だ

診療所に入院していた少女と、その父親 診療所に入院していた少女と、その父親

女の子は、ミャンマーのラカイン州で激しさを増す暴力から逃れ、11日前に家族とともに国境を越えてきた。破傷風はワクチン接種により世界中から根絶されたはずの病気だが、彼女の故郷であるミャンマー北西部は違っていた。

部屋を暗くするのは刺激を減らすため。暗く、そして静かに。痛いけいれんを引き起こさないように。

両腕の硬直は良くなっているが、両脚はつま先までピンと固く緊張している。昨日は少し食べようとしたけれど、口も十分に開かなかった。できる限りの手は尽くしていたが、回復までにはまだ時間がかかる。

女の子の隣には、父親がマットレスの上にあぐらをかいて、寄り添っている。その頬を涙が伝っていく。女の子が父親を見て、食いしばった歯の間から何か言った。

「何て言ったの?」

バングラデシュ人の同僚、シャルマ・シラ医師に聞いた。

「お父さんに抱っこしてほしいって」

父親は、どうしていいかわからない様子だった。娘が痛いけいれんを起こすようなことはしたくない。私は女の子をそっと抱き上げ、父親の膝の上に乗せて、抱きしめてあげるように言った。

クトゥパロンの診療所で治療する筆者(中央) クトゥパロンの診療所で治療する筆者(中央)

女の子と同じ病室に、新生児破傷風にかかった生後1ヵ月の赤ちゃんがいた。母親が妊娠中にワクチンを接種できていれば、防げていただろう。残念ながら、国境の向こうのミャンマーのロヒンギャが暮らす地域では、産前ケアは受けられない。

私は搾乳した母乳を小指につけ、赤ちゃんに吸う練習をさせようとしばらく試してみた。吸い方を覚えれば、赤ちゃんは乳首に吸い付いて母乳を飲めるようになるかもしれない。10秒ほどしてこつをつかんできたのか、力強く順調に吸い始めた。3週間、鼻から入れたチューブで栄養を摂っていたわが子が、口で吸う姿を見て、母親も喜んだ。

病室を出ようとしたとき、ふと、あの女の子に目をやった。父親の腕に抱かれた女の子は――。

筋肉のけいれんが和らぎ、膝を60度も曲げられるまでになっている。口元はもう食いしばっておらず、父親に、本物の笑顔を向けていた。

私は驚き、思わず泣きそうになった。愛情は薬ではないかもしれないけれど、医療に劣らない力があるのだと。

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