「民間療法がいい」重体の子の母親に頼まれたら? MSFで文化人類学者が活躍するわけ

2017年10月12日掲載

朝8時、日差しはすでに強い。エチオピア・ソマリ州ドロ県の小さな町、ガロルグベ。暗いテントの中で、ヒゲを生やした背の高い男性が通訳を介して40人ほどの高齢者グループと静かに話し合っていた。この地域の長老たちだ。男性はブラジル出身の文化人類学者、ロベルト・ライト。国境なき医師団(MSF)緊急対応チームで社会科学的なアプローチでの支援をするため、6月末からソマリ州で活動している。

文化人類学者のロベルト・ライト
文化人類学者のロベルト・ライト

緑の大地が荒野に……

2016年後半まで、ここは現在よりも緑が多い過疎地域だった。だがずっと雨が降らず、大地はオレンジ色に変わり、何百ものテントが点在するようになった。色とりどりの生地やいろいろな材料で作られている。生活の拠りどころだった家畜が干ばつで死に、ここに定着せざるを得なくなった遊牧民だ。

テントを出ると、ロベルトは満面の笑顔で口を開いた。「長老たちの考えを尊重しつつ、MSFが目指す医療を担保できるような妥協点が見つかった。1時間話し合ったかいがありました」

長老たちは伝統的な民間療法を頼り、MSFの医療を拒否していた。しかし対話の結果、重度栄養失調の子どもを6kmほど離れた入院栄養治療センターへ搬送し、治療することに同意したのだ。

30年に一度の干ばつによって荒涼とした大地
30年に一度の干ばつによって荒涼とした大地

地域社会との接点を探って

「地元の伝統医療を理解し、MSFの医療を説明することで、両方の選択肢を持てるようにすることも私の仕事です。MSFの活動を分かってもらえなければ、診療所に来てくれませんからね」とロベルトは話す。

ロベルトは健康教育担当スタッフ数百人を研修し、協力して活動している。スタッフの大半は、地元の住民や避難してきた遊牧民だ。スタッフは毎朝2人組で1日かけて避難民(特に女性)に聞き取り調査をする。ほとんどの女性に3~8人の子どもがいる。重い急性栄養失調や合併症の子を見つけるため、担当者は質問を重ねる。この地域は食糧が不足していることもあり、週に平均10人の子どもをMSFの医療施設に移送して治療している。

今日は、1歳の赤ちゃんをMSFが支援する病院へ移送する予定だ。赤ちゃんのお母さんは25歳。上のきょうだいが4人いて、さらに妊娠2ヵ月だという。

「この子はもう3回も病気になっています。草原に住んでいたときは、家畜が200頭いましたが今はたった10頭です。みんな死にました」

ロベルトとアウトリーチ・チーム(※)で、車で2時間の乾燥地帯にある避難民キャンプを訪問した後、さらに1時間かけてこの赤ちゃんを搬送する。

  • 医療援助を必要としている人を見つけ出し、診察や治療を行う活動を担うチーム。

健康教育担当者は週に数回キャンプを訪問・調査し、栄養失調の患者を搬送する
健康教育担当者は週に数回キャンプを訪問・調査し、栄養失調の患者を搬送する

2ヵ月で6000kmを走破

文化人類学者であるロベルトの目標は、MSFと地域社会との接点を増やし、受け入れてもらうことだ。イラク、シエラレオネ、中央アフリカ共和国、トルコでも同様の活動をしたことはあるが、広大なエチオピアでは、車での移動にずっと長い時間がかかる。ロベルトはこの2ヵ月で連続60日間を路上で過ごし、6000km以上を走破した。

「移動距離の長さもさることながら、個人的には、人びとがどう現状に対処しようとしているかを理解することが課題と捉えています。苦境には慣れていても、家畜がこれほど急速に死ぬのは前代未聞です。次にどうすればよいかを考えるにあたって、意見交換をする場が必要です。私たちは地域レベルだけでなく、医療施設内にも健康教育チームのテントを張ろうと考えています」

車は65km移動した後、病院に到着。2つあった栄養失調児用テントは6つに増え、さらに病棟2つも加わっている。病気の赤ちゃんとそのお母さんは看護師に待合へ案内され、その間にロベルトは急いで新しい病棟の様子を観察する。

健康教育担当者は週に数回キャンプを訪問・調査し、栄養失調の患者を搬送する
MSFはエチオピアで栄養治療センターを運営するほか、5歳未満の子どもを対象に栄養治療食を配布している

星空の下での治療

ロベルトは病院の庭木を見上げ、ある晩のことを思い出していた。

「病院から出て行きたがっているお母さんがいるから話を聞いてほしい」とMSFの医師に呼ばれた。子どもは意識不明で、母親は伝統的ヒーラーにかかりたがっていた。

「お母さんに理由を尋ねると、『娘に民間療法を受けさせてやりたいんです。コーランを読み聞かせ、悪魔払いをしなくては』と言われました。私は『それでしたらお役に立てますよ』と答えました」

その晩、ロベルトはヒーラーを病院に派遣した。地域に根ざした活動方針の一環として、宗教指導者との関係を築いてきた成果だ。夜空に広がる星の下、コーランを読む穏やかな声に包まれて、赤ちゃんは入院治療を続けることができた。

文化人類学者はMSFの典型的な職種ではないが、大切な仕事だ。ここソマリ州では、「現地の人びとに耳を傾け、理解する」ことが医療活動の鍵を握っている。

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