ナイジェリア:苦悩――避難生活を強いられている人びとの声

2017年04月26日掲載

避難場所に到着して食べ物を受け取り、一息つく人びと 避難場所に到着して食べ物を受け取り、一息つく人びと

ナイジェリア北東部で政府軍と武装勢力「ボコ・ハラム」との紛争が繰り返されている問題で、数万人規模の住民が避難生活を強いられている。思わぬ事態で人生が激変してしまった人びと。プルカという国境近くの小さな町が、国内避難民として保護されることを望む避難者たちの目的地の1つとなっている。

緊急援助を続けている国境なき医師団(MSF)に対し、避難者は、家族を奪われ、日常生活を破壊された憤りと悲しみを打ち明ける。現地で医療・人道援助を提供している団体はごくわずかで、人びとの苦悩は深まるばかりだ。

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平和な生活を象徴する4つの証明書

アーメドさん(57歳)は話し始めて10分以上、ずっと不機嫌で、憤りが目に見えて伝わってくる。しかし、話が一区切りすると、驚くほど急に表情が明るくなる。目を軽く閉じて頭を振り、かつて暮らしていたキラワ村について語り始める。

キラワはナイジェリア北東部、ボルノ州にある村で、少し前まですべてが正常だった。アーメドさんはそのことを証明するため、ポケットから4つの身分証明書を出してみせた。妻の身分証明書、もはや存在していない政党の党員証、そして2つの農業組合員証だ。

アーメドさんにとって、農業者の公的認定は非常に重要だ。「認定を受けていると、1年あたり最高20袋まで穀物を育てることができたのです。ギニアコーン、トウモロコシ、玉ねぎ、トマトなどを育てていました。雨期も乾期も何かしら育てていました」

隣国へと避難したが……

避難先でMSFの健康診断を受ける子どもたち 避難先でMSFの健康診断を受ける子どもたち

平和な生活が、政府軍とボコ・ハラムの紛争によって混乱へと変わった。アーメドさん一家は国境線となっている川をわたり、カメルーンへと避難せざるを得なくなった。避難先で1年ほど生活をした後、ナイジェリアへ帰還する人の列に加わることを決めた。カメルーン軍の兵士から絶えずいやがらせを受けたのだという。

「出て行けと繰り返し言われました。こんな状況でいったいどうすればよかったのでしょう?別の場所ではトラックに乗せられてどこかに連れていかれたという話を聞き、そんな事態になるまでじっとしていたくないと思いました。見知らぬ場所へ連れて行かれる前に出て行くことに決めました」

アーメドさん一家は仲間と一緒に午前3時頃に出発し、夜明けまで(8時ぐらい)にはプルカの手前にある軍の検問所兼スクリーニング・ポイントに着いていた。避難先から自主的に退去したため、強制送還された人びととは異なり、所持品を持ち出すことができたという。

「娘を背中にくくりつけての避難です」

子どもの栄養失調も深刻化している 子どもの栄養失調も深刻化している

アーメドさんが到着したプルカには、他にも大勢の人びとが連日到着している。紛争で何年も動けず、故郷の村から離れられないでいた人びとが続々と脱出しているのだ。真夜中に村を抜け出した人もいれば、兵士につかまった人もいた。軍事作戦が激化した2016年12月以降、新着者の数は増え、すでに1万1300人が登録されている。

アシャさんは、父親をボコ・ハラムに拉致され、殺害された。1年ほど前のことだ。さらに暴動があり、娘を連れてバラワまで逃げてきた。「到着したのは2月です。路上で3泊しました。娘を背中にくくりつけての避難です。他の人たちについていくのは大変でした。休憩したくても待ってくれるはずもないため、歩き続けなければなりませんでした」

ここ最近で新たに到着した人びとは、避難直前の生活の悲惨さを証言している。町が破壊され、病院や市場は機能していなかった。農作業もほとんどできなかった。その結果、ほとんどの人が着の身着のままに近い状態で避難してきた。誰もが飢えて衰弱しており、手押し車で運ばれてきた人もいる。子どもたちの多くは結膜炎になっていた。

受け入れ地域の負担も深刻に

プルカの人口は現在、推定4万2000人以上に上っている。地域住民に避難者・帰還者が加わって人口規模はふくらんでいる。町の治安は依然として不安定で、通行は政府軍によって厳重に規制されている。そのため、遠方での農作業や薪取りに行くことはできない状態が続いている。

プルカでは大部分の人が、政府やNGOからの食糧配布に頼っている。しかし、食糧はあっても調理に使う薪がなく、時にはその状態が何日も続くことがある。市販の薪は2本で50ナイジェリア・ナイラ(約17.5円)と高価で、一家の食事を調理するには足りない。

プルカは新着者の受け入れを続けているが、社会インフラへの負荷は強まるばかりだ。特に医療と水は、人道援助機関や団体の活動がごく小規模にとどまっているため、深刻な状況が続いている。

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