地中海:17歳の少年はなぜ密航船に乗ったのか

2017年02月13日掲載

MSF異文化仲介担当のウッサマ MSF異文化仲介担当のウッサマ

地中海――中東・アフリカから欧州を目指す移民・難民の海難事故は今なお相次いでいる。国境なき医師団(MSF)が市民団体「SOSメディテラネ」と共同運航している捜索・救助船「アクエリアス」には、異文化仲介担当のウッサマ(チュニジア出身)が乗船し、救助した人びとの心身のサポートを行っている。

その中の1人がジョナサンさん(17歳、ナイジェリア出身)だ。手首には大きな傷跡があった。ウッサマはサッカーの話題から始めて彼と打ち解け、その過酷な体験に耳を傾けた。「長くなるよ。同年代と比べて僕の体験は想像を超えているだろうから」と前置きして、少年は語り始めた。

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すべてがうまくいった日に

ウッサマの目に止まった手首の傷跡 ウッサマの目に止まった手首の傷跡

私(ウッサマ)はその日、捜索・救助活動が一段落し、次の仕事までにひと息つく時間がとれました。何の問題もなくすべてうまくいったことに喜びを感じていました。私自身がそうした成功体験を求めていたのです。

以前、別の捜索・救助船の活動に参加した時は、途中から"死の定期購読"を申し込んでしまったような気分でした。過密状態のボートや航海に適さないボートからの救助活動の時も、また、航海中に亡くなった人の遺体を回収しなければならなかった時も、そうした思いを抱いていました。

幸いなことに、アクエリアス号での活動は順調です。MSFとSOSメディテラネの合同チームの仕事ぶりは素晴らしく、優れたチームワークをみせています。

捜索・救助活動が一段落すると、アクエリアス号に戻って、救助した人たちと雑談を始めます。これが私の通常のルーティーンなのです。その日、話しかけた相手の中に、ジョナサンがいました。

父母を亡くし、生きるためにリビアへ

まず目に入ったのは、手首の大きな傷跡でした。私はサッカーのアフリカネイションズカップの話題から始めて、地中海の渡航に加わった理由について話を向けました。私を信用してくれたらしく、「長くなるよ。同年代と比べて僕の苦労は想像を超えているだろうから」と前置きして、ジョナサンは語り始めました。

家は貧しく、学校にも行けなかったジョナサン。母親の記憶はほとんどなく、父親は1年前に亡くなったそうです。

「お父さんが亡くなったという知らせをモロッコで聞いたんだ。僕が家を出たのは3年7ヵ月前だったから。トマトの販売でなんとか食べていこうとしたけど……無理だった」

モロッコに来ていたナイジェリア人がリビアへと移動していることを知り、ジョナサンも後を追いました。それが地獄の日々の始まりとなってしまったのです。

「気づいたら地獄から抜け出せなくなっていた」

「サブラタ(リビア西部の港町)で荷物運びとして働き始めた。そして気づいたら地獄から抜け出せなくなってたんだ。ある日、凶悪なやつらに路上で殴られ、持ち物を奪われた。リビア人だった。しかも、やつらは僕を拉致して、2ヵ月も監禁したんだ」

ジョナサンの目には涙が浮かんでいました。遠い目をしてぼんやりと空間を見つめて。やがてため息をつき、しばらく沈黙してから、さらに怒りのこもった口調でまた話し始めました。

「連れて行かれたのは大きな裏庭のある家だった。部屋の1つに鍵をかけて閉じ込められた。そこには60人ぐらいが閉じ込められていて、それなのに小窓が1つしかなかった。息をするのもやっとだったよ」

細かい点も全て思い出そうと、誘拐犯の身ぶりをまねてみせながら彼は話し続けました。

「やつらはカラシニコフ銃を持っていた。部屋から何人かを連れ出しては殴るんだ。悲鳴が大きければ大きいほど、強く殴ってくる。脅すために銃を撃ったりもした。やつらの要求はカネだった。持ってなければ拷問、なんだよ」

私は話を聞きながら、その時の彼の気持ちを思い描こうとしていましたが、ある時点からどうしてもできなくなってしまいました。自分自身を精神的にタフだと思っていても、限界はあるのだと悟りました。

「やつらは僕を2日おきに殴った。素手で、銃床で、警棒で……。暴力はどんどんひどくなった。タバコの火を押し付けてくるようになり、ついには溶接工具の先を押しつけてくるようになった。身を守ることなんて不可能だった。泣くことしかできなかったよ」

ジョナサンはトレーナーの袖をまくって手首の傷痕に目を落とし、そのまましばらく見つめていました。そしてまた私に顔を向けました。

「その日は、お母さんが亡くなってからの僕の人生で、間違いなく最悪の日だった。僕はやつらが来ていたことに気づかなかった。ひどく殴られ、気がつくと地面に倒れていた。手首と足首はワイヤーでがっちり縛られていた。僕は血に飢えた連中にとって格好の餌食だったんだ。殴られ、火を押し付けられ……それがいつまでも続いたんだ」

彼の全身は傷だらけでした。最悪の暴力のあと、数時間も地面も縛りつけられたまま放置されていたということでした。

ジョナサンの証言が"特別"ではないという現実

地中海をわたって欧州を目指す密航船に乗り込み、命がけの航海の途中でMSFの捜索・救助船に助けられ、アクエリアス号に乗船しているジョナサンの身は、現在は安全です。それでもなお、心身の苦痛は続いています。左足首には後遺症が残り、歩行に支障をきたしています。

ジョナサンのこの過酷な体験でさえも、救助した人びとの体験談の中の1つに過ぎません。これは、アクエリアス号の船上活動おける"よくある1日"の記録なのです。

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