スーダン・南スーダン:"初めて"尽くしの中で起きた奇跡

2017年02月07日掲載

シャディ・アブデルラフマン(外科医) シャディ・アブデルラフマン(外科医)

世界約70ヵ国・地域で400以上のプログラムを運営していると、"奇跡"と思えるできごとにめぐり合うことがあります。エジプト・カイロ出身の外科医、シャディ・アブデルラフマンも奇跡的な体験をした1人です。

国境なき医師団(MSF)に参加し、初めての赴任地は、スーダン南スーダンが領有権を争っているアビエイ特別行政区。区内のアゴクという町の病院に派遣されたときのこと。臨月と思われる女性(32歳)が腹痛で運ばれてきたのですが……。

記事を全文読む

物事は想定通りにはいかないもの

アゴクのMSF病院内の手術室 アゴクのMSF病院内の手術室

私の専門領域は総合外科です。さまざまな種類の腹部手術を行ったり、整形外科や産科の救急症例に対応したり。援助活動の現場であらゆる出来事を目にするため、めったなことでは驚かないものです。

ただ、その中で「産科の救急」はほとんどなじみがない分野でした。近年、総合外科医は産科・婦人科についてそれほど研修を受けていないのです。そのため、私が初めて帝王切開を手がけたのは、アゴクでの活動中のことでした。

同僚の外科医はベテランで、コツを親切に教えてくれました。実は、帝王切開の技術そのものはそれほど難しくありません。全てが想定通りに運べば……でも、医療に携わる人ならわかっていただけると思いますが、物事は想定通りにはいかないものなのです。

女性の腹痛の原因は?

運ばれてきたのは32歳の妊婦でした。腹部の痛みを訴えていました。すでに臨月を迎えていると思われました。

女性の自宅がある町からこの病院までは数時間かかる距離でした。妊娠がわかってからまだ一度も医師の診察を受けていないということでした。この地域では、経過が順調な妊婦が診察を受けないのは珍しいことではないのです。

女性は流産の経験があるものの、今回の妊娠では大きな問題はなかったのです。ところが、腹部が痛み始め、そのことを気にしていました。全体的な具合もよくなさそうでした。

触診をすると、右わき腹が特に痛いようです。肋骨の下には固いしこりのようなものがありました。

一方、胎児の心拍は力強く、これは明るい兆しでした。超音波検査をしてみたところ、肋骨の下の"しこり"は胎児の頭部だとわかりました。胎児は母親のお腹の左右に横たわるような姿勢、つまり"横位"だったのです。

「何かおかしい」

一般的に、赤ちゃんは身体の側面から生まれてくることはできません。頭か足からでなければ出られないのです。これは単純な物理的な問題です。

母親は痛みを訴え、具合もいいとは言えず、できる限り早く分娩する必要がありました。胎児が横向きである以上、分娩の方法は帝王切開しかありませんでした。

まずは通常の手順通り、下腹部を横に切開しました。子宮を調べると、意外なことにまったく大きくないのです。まるで妊娠してない子宮のようでした。

「何かおかしい」 そう思いました。

胆のうが泣いている

手術前の触診では、赤ちゃんは確かに母親の腹部に横たわっていたはずです。このとき私は、子宮の上に別のしこりがあることに気づきました。そこで、切開を上腹部へと縦方向に延長する決断をしました。T字切開です。

2つ目の"しこり"を端までたどっていくと、そこには胆のうがあるだけのようです。ところが、胆のうが泣き声を上げています。

ここでピンときました。これは腹腔妊娠だと。胎児が子宮の外で発育してしまっていたのです。

全体の1%の中の1%、そこからさらに低い確率で

さまざまなリスクを乗り越えて生まれてきた赤ちゃん さまざまなリスクを乗り越えて
生まれてきた赤ちゃん

私はもちろん、ベテランの同僚でも初めて目にする症例でした。文献を読んだことはあります。ただ、それらの文献も写真を載せていたものは1つもなく、状況を図説しているだけでした。

子宮外妊娠(異所性妊娠)が全妊娠例に占める比率は1~2%とみられています。それも、大抵の場合、胎児がみつかるのは卵管内です。

子宮外妊娠のわずか1%程度が腹腔内で進行し、腹腔妊娠となります。そこで臨月まで発育する症例はさらに低い確率です。つまり、女性の症例はめったにないことだったのです。

さまざまなリスクを乗り越えて

経過が順調で退院できることになった母子 経過が順調で退院できることになった母子

腹腔妊娠の場合、母体が大きな危険にさらされると同時に、胎児が高確率で奇形となるリスクを伴います。そのため、早い段階で判明していれば、通常は中絶が選択されます。ただ、産前検診が普及しているとは言いがたいこの地域で、早期発見は望めないことでした。

"泣いている胆のう"は実は赤ちゃんの頭部で、子宮の上のしこりは胎盤だったのです。赤ちゃんをとりあげ、出血を起こさないよう慎重に、胎盤をできる限り取り除きました。

産声はいつ聞いてもいいものです。母親の容体も回復しているようでした。一命を取り留めたのです。

自分を信じ、希望を持つ

妊娠中はいつ問題が起きるかわかりません。女性は問題を切り抜け、私たちはそれを見届けました。産科医でもめったに経験しない出来事です。言うまでもなく総合外科医にとっては、奇跡的な、そしてうれしい出来事でした。

それから数週間は、母子から目を離せませんでした。母親の命を脅かしかねない出血や感染症の恐れが残っていたためです。

野外病院では、高リスクの患者の経過観察においても、設備が整った近代的な病院とまったく同じ方法をとれるわけではありません。自分の臨床センスを信じ、必ずうまく行くと希望を持つことが重要です。そして、今回はうまく行きました。

母親の回復は順調で、赤ちゃんもすくすくと育ち、数週間後には一緒に退院できる準備が整いました。経過観察のために通院する日時を取り決め、1ヵ月後の診察でも母子ともに元気で幸せそうでした。

関連情報