シリア/ヨルダン:国境封鎖で救急医療ルートが遮断――MSF支援の診療所が閉鎖に

2016年12月13日掲載

閉鎖されたザータリ診療所の病室 閉鎖されたザータリ診療所の病室

ヨルダンの首都アンマンから北東に約80km離れたザータリ難民キャンプで、国境なき医師団(MSF)が医療援助を行っていた診療所が閉鎖された。ヨルダンが2016年6月21日にシリアとの国境を封鎖した結果、わずか6ヵ月で患者数が激減したためだ。

MSFはヨルダン政府に対し、封鎖の決定を取り消すとともに、国境を開放し、シリアでは受けられない救急救命医療を受けられるようにしてほしいと繰り返し働きかけている。

ワリド・シバトさん(30歳)は、ラムサ病院で治療を受けて心身ともに立ち直った。シリア南部ダルアー県でタル爆弾のため右脚を失ったが、「治療を受けられた私は幸運だ」と話す。

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忘れられないあの日

2015年12月3日は一生涯に記憶に刻み込まれた日になりました。右の大腿骨を骨折するという重傷を負い、切断することになったからです。

木曜日でした。弟が流れ弾にあたって重傷を負ったと聞き、搬送先の野外病院へ急いで向かいました。病院で弟に面会した10分後、弟はヨルダンに向かうために待機していた車に運び込まれました。複雑な重傷で現地では応急措置しかできなかったからです。

その車のそばに立っていると、ヘリコプターが頭上で止まりました。数秒後、憎むべきタル爆弾が地面に落ちてきたのです。爆弾の破片が飛び散り、私の右足を貫き、大腿骨を砕いてそこで止まりました。

治療のためにヨルダンへ

国境封鎖でラムサ病院の病棟からも患者の姿がほぼ消えた 国境封鎖でラムサ病院の病棟からも
患者の姿がほぼ消えた

重傷で、野外病院では治療できず、別の野外病院に移送されました。そこで一晩中、ひどい痛みに悩まされました。鎮痛剤は効かず、痛みは全身に広がりました。

次の日、病院の研修医は、私をヨルダンに移送することに決めました。シリア国内では治療が望めないと判断したのです。

1時間後、私はヨルダンとの国境に到着しました。そこから救急車でラムサ病院に運ばれました。医療チームは私の右脚を残そうと力を尽くしてくれました。2日間もがんばってくれましたが、ついに万策尽き、切断することになりました。

大きな変化に気づく

ワリド・シバトさんが術後ケアを受けていた頃の活気は失われてしまった(ザータリ診療所) ワリド・シバトさんが術後ケアを受けていた頃の
活気は失われてしまった(ザータリ診療所)

それから3ヵ月、ラムサ病院に入院していました。経過観察が必要で、負傷の洗浄・消毒と包帯交換も必要だったためです。退院してから、ザータリのMSF診療所に移りました。

難民キャンプに滞在することになったのですが、私はここで大きな変化に気づきました。気持ちも体の具合も好転したのです。そこには、心の底から願っていた家族的な雰囲気がありました。自分の場所と自由を持つことができ、弟やラムサでの入院中にできた新しい友達との再会も果たせました。

診療所の存在と、そこで活動している医療スタッフの存在は、私の心身の好転に大きな役割を果たしてくれました。診療所ではさまざまな活動が行われていて、心の中でわだかまっていた国を追われた者としての感覚や、負傷のひどさ、むごさを和らげてくれました。

よい医療と楽しい日々

毎日があっという間に過ぎていきました。楽しいことが目白押しだったのです。新しい友人ができ、インターネットでネットサーフィンをしたり、シリアに残っている家族や友人と連絡を取り合ったりしました。キャンプ内に滞在している親類や旧友を訪問したり、日用品の買出しをしたりなどもしました。

そうこうしているうちに時が過ぎ、治療が終わり、義肢をもらう日が来ました。シリアの家に帰れる日が来たのです。

ザータリはひどく寒いところでした。負傷は重く、右脚を失う結果となりました。それにもかかわらず、診療所で過ごした時間は、私の人生に大きな影響を与えました。

よい医療とはどのようなものかを実感しました。心の支えとなり、安心感を高めてくれました。スタッフは敬意を持って接してくれました。ザータリ診療所とスタッフは素晴らしいと誇張なしに言えます。

「私は幸運に恵まれた」

私は幸運に恵まれたと思います。重傷のシリア人で、ヨルダンで治療を受けることができなかった人は大勢います。シリア国内の現状では、ヨルダンと同水準の治療を受けることは不可能です。特に、病院を標的にするという組織的で野蛮な行為が繰り返され、国内から医療系人材が枯渇してからは、状況は深刻です。

現在はシリアに帰国し、右脚が義肢となった自分の条件にあう仕事を探しています。すごく難しいことですが、それでも人生は続きます。

最後に、ヨルダンとザータリ診療所に向けた感謝で締めくくりたいと思います。みなさんがしてくださったことは、これから何年も私を支えていってくれるでしょう。

MSFはザータリの診療所で、ラムサなど近隣地域の病院で手術を受けた患者の術後ケアを担当していた。しかし、国境封鎖を機に、シリア南部のダルアー県からラムサ病院への医療搬送も中止された。その結果、ザータリのMSF診療所への搬送も大幅に減った。

ラムサ病院では、MSFが保健省と連携し、3年以上にわたって救急外科医療を提供してきた。現在、病棟は無人に近い。MSFチームは、個別にヨルダンへの入国許可が下りた少数の紛争負傷者の治療を続けている。だが、国境封鎖が続けば、ラムサの外科プログラムもまた閉鎖せざるを得なくなるのではないかと懸念している。

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