アフガニスタン: 小児科病棟から患者が一斉に退院、なぜ?

2016年11月04日掲載

ブースと病院の小児科病棟に勤務するアミン医師 ブースと病院の小児科病棟に勤務するアミン医師

数日前、ザニディン・アミン医師は7人子どもと家族を故郷のマルジャに避難させた。マルジャはアフガニスタン南部に位置するヘルマンド州の州都ラシュカルガ市の郊外だ。ラシュカルガ市内の自宅が、アフガニスタン軍と反政府武装勢力の激しい戦闘の際の銃撃戦に巻き込まれてしまったからだ。2016年10月のことだった。

アミン医師はブースト病院(300床)の小児科病棟に勤務している。この病院は公立で、ラシュカルガ市内では唯一の小児科専門医療を提供している。国境なき医師団(MSF)が2009年から保健省と連携する形で支援を続けている。10月上旬、戦闘激化の影響でMSFチームは34人の負傷者を治療した。戦火を避けて市外に逃れた住民の中にはこの病院の患者も多い。

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戦火を避けて患者が次々に退院

ブースト病院の待合室はいつも列ができていたが……(2016年6月撮影) ブースト病院の待合室はいつも列ができていたが……
(2016年6月撮影)

アミン医師はある日、小児集中治療室の中から衝撃的な光景を目にした。「全病棟から突如として大勢の人が出て行ったのです。患者数が1日で300人から100人に減りました。酸素吸入を受けていた子どももいましたし、去った患者の少なくとも半数は救命処置を続ける必要があったはずです。医師の助言に反し、戦火に巻き込まれる恐怖から退院してしまったのです」

病院の記録によると、急患数は9月下旬から10月初旬までの3週間で、1日当たり33人から23人へと平均約30%低下した。

生後わずか数ヵ月の男の子ビビちゃんと母親もその中に含まれている。一家は夫の兄弟の結婚式でラシュカルガを訪れていた。数日前、母親は「ビビが体調を崩したので病院に連れて来たのですが……。夫は『町が攻撃されるかもしれないので危険だ』と言っていますし、できる限り早くラシュカルガを離れるつもりです」と話していた。

アミン医師は 「市内には私営の診療所がいくつかありますが、診療費が高額なので、無償のブースト病院に患者が集まります。しかしながら、戦闘激化で診療所と病院の多くが閉鎖され、スタッフも避難してしまいました」と説明する。

来院したくてもできない事情

10月中旬以降はいくぶん落ち着きを取り戻しているが、依然として各地で戦闘は続いており、患者がブースト病院にたどり着くのは非常に困難だ。「戦闘や即席の爆発物で通行不能になる道路が多く、遠方の地区の住民をはじめ大勢の患者が来院できなくなっています。普段なら30分の道のりに、今は3~4時間、ときに6時間も要することがあります」

シャクバちゃんを連れて来院した母親がアミン医師の言葉を裏づける。「車で7時間もかかりました。普段の3倍です。子どもが病気なのに、戦闘のせいで何回も足止めされたんです。他の乗り合い客を待っていられないので、1万アフガニ(約2万円)も支払って車を借り切りました。この借金はすぐには返せそうにありません」

アミン医師は戦闘が特に激しかった数日、病院に泊まった。現在は仕事が終わると帰宅しているが、家族30人で暮らしていた自宅で、独りで床に就く。

「マルジャで診療所をやっていたのですが、武力衝突が増えたために、2年前に家族を連れラシュカルガに移って来ました。ですから、私たち一家にとって戦争で避難を強いられるのは今回が初めてではありません。家族のもとへ行きたいと思うことがありますが、ここが私の職場ですし、人びとを助けたいのです」

MSFは1980年にアフガニスタンでの活動を開始した。ラシュカルガのブースト病院では2009年から保健省と連携し、さまざまな診療科を運営。2015年は約8万件の外来診療、3万3000人以上の入院治療、1万2000件以上の分娩介助を行った。

また、首都カブール東部のアーメッド・シャー・ババ病院、同市西部のダシュ・バルチ産科病院で地元保健当局を支援し、同国東部のホースト州でも産科病院を運営。カンダハル州では、多剤耐性結核の診療施設開業を予定している。アフガニスタンにおけるMSFの活動は民間の寄付のみを財源とし、いずれの国の政府からも出資を受けていない。

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