スーダン:「1人を救うたびに、もう1人も救いたいと......」

2013年06月26日掲載

国境なき医師団(MSF)とスーダンのエル・セライフ病院は、2013年2月、子ども2人を含む121人の負傷者の救急救命治療を行った。発端は、北ダルフール州ジェベル・アミールの金鉱支配権を巡る2件の暴力的衝突。2月8日には、MSFの現地チームがやむなく、スタッフ用の救急箱の備品で負傷者を治療した。医療物資の定期便がまだ届いていなかったためだ。

3人のスーダン人MSFスタッフは現地にとどまり、同月21日に発生した2日にわたる抗争の際も医療の提供を続けた数少ない援助スタッフとなった。ムトワリ・アダム医師は差し迫った医療ニーズに応じるため、保健省と連携中のMSF緊急対応チームの一員として17時間シフトで任務に就いた。アダム医師に当時の状況を聞いた。

援助ニーズの増加が確認されたため、MSFは2013年5月、エル・セライフの診療所2ヵ所で1次医療プログラムを開始。一般診療、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、栄養補助を提供している。専門治療の必要な患者はエル・セライフ病院を紹介され、医療費はすべてMSFがまかなっている。

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抗争が勃発した2月にジェベル・アミールで保健省と協力し、エル・セライフ病院で活動されていましたね。スタッフは集団負傷者の突然の来院にも備えていたのでしょうか?

MSFのムトワリ・アダム医師

A.2月8日に起きた1件目の抗争の際は負傷者34人を受け入れました。病院には手術用具がなく、MSFの医療物資もまだ届いていませんでした。念のため備え付けていた、MSFチームのスタッフ用救急箱から、包帯や薬など、外科処置に使えるものをすべて利用しました。また、病院中の薬も使いました。病院の医師と私が手術を執刀し、一体となって行動しました。患者の中に輸血の必要な人がいましたが、冷凍庫がなかったため、急いで処置しました。

2月21日から2日続いた2件目の抗争の際は、MSFチームを含め、地元高官の邸宅に大勢の人が避難しました。病院近くで衝突があったためです。破水した妊婦がおり、間もなく、陣痛が始まりました。病院に連れて行きようもありません。不安が募りました。出血を起こしたら?合併症があったら、どうやって彼女を救えるだろう?

空いている物置部屋の床にマットを敷き、そこに妊婦を寝かせ、出産に至りました。未使用のカミソリとせっけんがありました。膣口を広げる必要もなく、したがって、切開なども不要でした。へその緒を切るのに使用したのがカミソリです。清潔な布もあったので、それで新生児をくるみました。出産後の母親を清めるため、お湯を沸かし、その場を掃除しました。合併症がなかったのが、本当に幸いでした。

それから、7歳の男の子が運ばれてきました。大腿部を銃弾が貫通し、おばや姉妹に連れられて来たのです。姉妹の1人が身につけていたスカーフで患部の太ももを強く縛り、止血をしました。

抗争が収束に向かうと、私たちはその男の子と、母親になった女性と赤ちゃんを病院に連れて行きました。男の子の足は骨折を免れ、縫合と静脈点滴を受けました。母親と赤ちゃんは抗争が収まるまで4時間、病院にとどまりました。2人とも健康状態は良好でしたし、重傷患者の受け入れスペースを確保する必要もあり、退院となりました。

1度に大勢の急患を受け入れたとのことですが、どのようにしてすべてのニーズに応じたのですか?

A.最も緊急を要する患者を優先しなければなりません。時間的余裕がなく、迅速な行動が求められる状況です。1人の患者を救うたびに、もう1人の命も救いたいという思いに駆られます。

2月の抗争の際は、15件の大手術と、80件以上のやや小規模な手術を行いました。輸血をした患者も4人います。私は医師だけでなく、看護師や検査技師の役割もこなしました。MSFスタッフと病院スタッフを合計しても人員は5人です。そのうち2人は医師でしたが、周囲の助けなしに、すべての患者に対応することなどできませんでした。

私たちが病院に赴いたのは、抗争が収束するころで、病院の医療スタッフは大半が家族の様子を確認するため、出払っていました。幸い、MSFの送った備蓄分の薬と医療物資が2月23日の朝に届きました。

抗争が勃発する間も、人びとの命を救う病院の中立性は尊重されていました。

さまざまな事態が発生し、患者の治療への専念は難しかったはずですが、やり遂げられましたね。難しい決断に臨み、医師として、また、人として基本に忠実でいられた理由は?

A.患者に集中し、外部の環境には動じないというのは非常に難しいものです。他人の命をこの手に預かっている以上、選択は2つに1つです。患者の命を救うか、亡くなるかもしれないことを知りながら、置き去りにするか。命を救いたいという思いが、私を突き動かすのです。

今回のようなとき、コーランの一節がよく頭をよぎります。
「1人の命を救ったなら、すべての人の命を救ったようなものだ」

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