シリア:戦争の重荷を背負って(2)――トルコに逃れた難民たちの傷

2013年08月01日掲載

シリア内戦は、それまで"普通"の日々を送っていた人びとの人生を一変させた。国内にとどまっている人、国外へ逃れて難民となった人、そして難民登録が認められていない人。それぞれの立場で苦悩を抱えている。国境なき医師団(MSF)は、負傷・病気の治療に加え、心理ケアの提供を通して、人びとが精神的に立ち直るためのサポートを続けている。

その対象者の1人であるアハメド・ベイドゥンさんが診断書を見せてくれた。足元では息子が遊んでいる。アハメドさんはアレッポ市の空襲で左足を失った。診断書は負傷の深刻さを証明している。診断書があったため、シリアとトルコを隔てる国境を通過できたのだ。

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「公立病院には不安が……」

トルコに逃れ、車庫の中で生活するシリア人難民

アハメドさんがトルコ側の都市・キリスに到着した時点では、お金も居場所もなかった。窮状を耳にした地元のトルコ人男性が、自宅の車庫を仮の住まいとして提供した。「トルコの人たちには、とてもよくして頂きました」と話す。

シリア北部のアレッポへの空襲がアハメドさんの人生を変えた。「3発のミサイルでした。いとこたちが市内の大病院に連れて行ってくれましたが、大勢の人であふれ返っていました。公立病院には不安がありました。住んでいた村は反政府勢力の支配地域だったからです。結局、私立病院に運ばれ、左脚切除の手術を受けました」

この手術のあと、アハメドさんは親族一同を説き伏せ、シリアを離れてキリスを目指した。そこは、北に向かう大勢の難民の最初の目的地だ。

マットと毛布、皿が積み上がった車庫の床。衣類を吊るしたロープが居間スペースと即席の台所を隔てる。台所には携帯ストーブとプラスチック容器。アハメドさんは難民キャンプへの滞在を望んでいるが、今のところはこの薄暗い車庫以外に保護施設となる場所は見つかっていない。一家は、アハメドさんの2人のいとことその妻子とともに車庫で暮らす。総勢16人が身を寄せ合う空間はわずか50m2だ。

生活費も身分証もない

38万人以上のシリア人がトルコに避難している。その大半、数にして約35万人が難民登録を受け、トルコ赤新月社が運営する難民キャンプへの滞在を認められている。残る3万人は登録待ちか、登録を諦め、トルコ国内の他地域に移動する自由を選択した人びとだ。

MSFのアリソン・クリアド=ぺレス看護師は「大勢が違法に入国しています。お金はほとんど持ち合わせていません。難民キャンプの外で住む場所を見つけるのは困難です。医療が緊急に必要とされています。」と指摘する。クリアド=ペレスが活動しているキリスのMSF診療所では、患者の大多数が難民キャンプ外で暮らす難民たちだ。

診療所の患者の多くが身分証明書を持たずにトルコに入国している。内戦の混乱の中でパスポートの期限が切れたり、紛失してしまったりしたためだ。「非常に危険です。銃撃される恐れもあります」と話す若いシリア人は、国境沿いに生い茂るオリーブの畑を通り抜けて来たという。

現状を生き抜いてもらうために――MSF心理療法士チームの活動

難民生活を送る人びとのもとに訪れ、
医療や心理ケアのニーズを聞きとるMSFスタッフ

経済状態や居場所にかかわらず、トルコ国内のシリア人難民は皆、かつての生活の崩壊を目のあたりにし、先行きの不安に直面している。ある男性は、経営していた家具のショールームのこと、ミニバーのデザインと寝室の内装の参考に訪れたイスタンブールやアテネでの思い出について語った。今では、ショールームは戦車に破壊され廃墟となり、職を失ってしまった。 「仕事は順調でした。内戦前の生活に戻りたいです」とため息をつく。

シリア人難民にとって、トルコに入国したことで苦労が終わるわけではない。精神的に立ち直るまでのつらい道のりが始まるのだ。重傷者やシリア国内に親類を残してきた人にとって、その道のりは特に厳しい。

難民の大半は女性と子どもで、その数だけ、内戦に引き裂かれた家族がいることになる。心理ケアも精神的立ち直りのために欠かせない。MSFのキリスでの心理ケア活動の責任者であるソーニャ・ムニールは、心理療法士チームを率いている。活動目的は、シリア人難民が現状を受け止め、未来を見据える助けとなることだ。ムニールは「チームの第1の目標は、シリアの人びとが新たな環境に慣れる手伝いをすることです。生き抜き、希望と理想と夢を持ってもらうためです」と話す。

アハメドさんもすべてはこれからだ。すぐにも車庫を出て、トルコ国内の難民キャンプで一定水準以上の生活環境を得たい。しかし、壁に立てかけられた松葉づえが、アレッポ空襲の記憶を呼び起こす。左足を失った現実と向き合わなければならない。将来への望みを問われると、アハメドさんは答えに窮する。そして、こう言うのだ。「新しい足が欲しいです。足を失い、働けなくなりました。以前は息子ともよく遊んでいたものですが、それももうできません」

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