シリア:戦争の重荷を背負って(3)――想いは東西に引き裂かれて

2013年08月06日掲載

内戦を逃れ、シリアの西隣に位置するトルコに入国した人びとは今、大きな葛藤を抱えている。さらに西へと進んでヨーロッパを目指すか、東へ引き返してシリアに戻るか。または、トルコにとどまるか。イスタンブールで生活基盤を築ける人は一部に過ぎない。多くの人びとは難民キャンプに滞在しているか、それもかなわず車庫や廃屋で生活している。

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移住か帰還か、葛藤する親子

ヤーマン君はサッカーチーム「レアル・マドリード」を熱心に応援する物静かな12歳の少年だ。シリアを離れた現在は、トルコの北西部にある町イスタンブールで、家族と共に地下室に暮らしている。シリアの首都ダマスカス郊外にある故郷の町アル・キスワが忘れられず、内戦後には帰国を望んでいる。将来は数学者になるのが夢だ。

その隣に、1つ年下の弟・ヤーナル君が座っている。目立ちたがり屋の彼のヒーローは、FCバルセルナのフォワードの選手。ヤーナル君は、ヨーロッパの都市に移住する日を夢見ている。なりたい職業はジャーナリストだ。

同じ家族の中でも、帰国を望む者と新天地を目指す者の間で葛藤がある。息子たちの間に座る父親、ハッサン・ナッセールさんは「ここを出る時は合法的な手段で出ます」と断言する。「多くのシリア人が、密入国業者の手を借り、違法にヨーロッパの国々に入国しています。しかし、それはとても危険です。私の家族にはさせません。私たちがヨーロッパに行くときは、必要書類を揃えて行きます」

そう言いながら、背中の痛みを労わるようにソファーに座ったままで身をよじる。ナッセールさんは、2011年3月の最初の抗議運動に参加していた。その直後、治安部隊が彼を逮捕しに自宅にやってきた。ナッセールさんは3階の窓から飛び降り、背中を痛めたのだ。

1年後には家族と共にトルコに入ることが出来た。手術が必要かどうかはまだわからない。「ヨーロッパに治療を受けに行くことができるのなら、そうしたいです」と語る彼も、流血の応酬となった内戦が終わり次第、故郷へ帰ることを熱望している。

イスタンブールには、世界中から集まった何千人もの移民・難民が暮らしている。アフガニスタン、イラク、コンゴ民主共和国などの紛争国から避難してきた人も多い。そして、このリストに新しく加わったのが、シリア人だ。

心を閉ざす人びと

イスタンブールに滞在しているシリア人難民の一家

シリア国内の爆撃を逃れてトルコへ来る人のほとんどが国境沿いの難民キャンプに滞在する一方で、イスタンブールを目指す人びとも増えてきている。MSFのイスタンブールでのコーディネーターであるハッサン・アブゥ・ジャールは「私たちがここで出会ったシリア人の多くは、イスタンブールに滞在するだけの経済的余裕のある人びとでした」と話す。

MSFの心理ケア・プログラムの患者は、戦争を逃れてきた人がほとんどだ。ハッサン・アブゥ・ジャールは「彼らは、国際組織やトルコ人に情報を提供したり話しをしたりすることに対して非常に強い警戒心を抱いています。心を閉ざし、他者を寄せつけません。身元が判明すること、イスタンブールから追放されることを恐れているのです」と説明する。

背中を負傷したナッセールさんは、働くことができない。医師たちは何ヵ月も前から、脊椎の1ヵ所を手術することで改善するのではないかと検討を重ねているが、その間にも、ナッセールさんの貯蓄は底をつき始めている。

以前は、衣料品店を営み、経済的にも潤っていた。そこに内戦が勃発。「全てを失いました。顧客も1人残らずいなくなりました。私の住んでいた地域では、内戦初期には、たとえ生活水準が標準以下であっても生きて行くことはできました。しかし、じきに、多くの人びとが施しを受ける以外に生きる術がなくなってしまったのです」と訴える。

クルド系シリア人の苦悩

ナッセールさん一家のように、何の不自由もなく暮らしていた人びとが、困難な生活を強いられている例は他にもある。クルド系シリア人であるケマル・ゾーリさんも資産の崩壊を目の当たりにした。

ダマスカスでレストランを経営していたゾーリさん一家は、裕福ではあったがクルド系に対する差別を感じていた。ゾーリさんは「社会的地位は最低だと感じていました」と話す。暴力による直接的な被害を受けたわけではないが、2人の息子がアサド政権軍に召集された時点で、避難する決断をした。「誰と闘えと言うのでしょう?」と、ゾーリさんが皮肉交じりに言う。

内戦前の生活が懐かしい、と言うゾーリさん。家族を元気づけようと、兄弟の1人がリュート(琵琶のような楽器)を演奏し始めた。彼らが夕飯を待つのは、イスタンブール郊外のカナリヤ地区にある広々としたアパートだ。一家の状況は絶望的ではないが、多くの難民同様、不安定であることに変わりはない。「ヨーロッパへ行くという考えはありません。ここに残る以外に選択肢はないのですから」

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