パプアニューギニア: 結核治療に王道なし!――湾岸州の一本道から

2016年01月05日掲載

マンゴーの木の下で診察を待つモイカさん 右は夫のカイアさん マンゴーの木の下で診察を待つモイカさん
右は夫のカイアさん

痛いほど照りつける真昼の日差しを除け、8人ほどが大きなマンゴーの木の下に集まっている。ここはパプアニューギニア・湾岸州の町、マララウアの辺境だ。

集まったなかにモイカさんがいた。小柄な女性で、お腹には5人目の子どもがいる。みんなから少し離れた場所に座り、空き地を眺めている。一本道の道路工事のほかは何もない。この道は、東に240km離れた首都ポートモレスビーと西に70km離れたケレマをつないでいる。

木陰は最近まで、町の診療所の"待合室"だった。患者は何kmも離れた地域から結核の治療を受けに来る。そこで、MSFは結核外来病棟を新設する際に、小さなテラスを作った。経過観察に来院する人はそこで待つことができるようになった。

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結核治療の中断で……

マララウア診療所の結核外来病棟 マララウア診療所の結核外来病棟

結核が流行している湾岸州では、治療を中断する人が非常に多い。この傾向は昔からの根強く残っている。そのため、薬剤耐性結核(DR-TB)の症例が増加するという気がかりな事態が起きている。DR-TBは通常の結核よりも治療期間が長く、使用する薬剤の量も多い。

湾岸州は診療所が20軒あるが、実際に稼動しているのは9軒だけだ。それもごく基礎的な診療にとどまっている。そのうちの2軒の診療所で、MSFは1診察日あたり2人ほどに結核治療を開始させている。パプアニューギニアの結核罹患率は世界でワースト5位とされているが、報告されていない症例も多いとみられるため、ワースト1位の可能性さえある。

モイカさんは5年ほど前に結核に感染した。以来、回復と再発を繰り返している。夫のカイアさんによると、2013年には一時重体となり、現在ではDR-TBに感染しているという。

治療を受けるまでが大変!

患者の治療継続を支えるハワード・ジョー(右) 患者の治療継続を支えるハワード・ジョー(右)

この地域は都市部から遠く、医療施設が少ない。交通路となっている川はクロコダイルの生息地だ。それでも、ケレマを拠点としているMSFの医療スタッフと、地元出身の地域保健担当者やサポーターが協力し、結核治療に関する教育と支援を行うネットワークが構築されつつある。MSFと協働しているアティカは地域保健担当者、ハワード・ジョーは治療サポーターだ。

地理的な制約は患者とMSFチームの双方にとって、結核治療を難しくしている。例えば、モイカさんは自宅があるカコロ村からマララウアの診療所まで、ボートで2日間かけて移動しなければならない。運賃は100キナ(約4000円)で、数か月分の収入に匹敵する。

そのため、治療計画を守ることは難しく、当初の注射を定期的に接種する期間は本当に大変だった。MSFネットワークからの支援と、診療所の近くに住むための財政援助を受け、現在は快方に向かいつつある。6ヵ月前に来院した時にはたった39kgだった体重も、今は46kgにまで増えた。

各村をまわって活動を伝える

首のしこりの診察を受けるキャシーさん 首のしこりの診察を受けるキャシーさん

マララウア診療所には、毎週金曜日、ハワードをはじめとした治療サポーターは遠方から患者を連れてくる。ハワードの妻、キャシーもその1人だ。彼女は結核で首のリンパ節がゴルフボールより大きくはれていたが、ここで治療を受け、快方に向かっている。

モイカさんは診察後、夫のカイアさんに付き添われて笑顔で宿泊先に戻っていった。カイアさんは帰り際、「他の人にも結核のことを知ってほしい。MSFにうちの村にも来てほしいわ」と言ってくれた。モイカさんの治療の都合で、カコロ村に帰れるのはもう少し先のことになりそうだが。

MSFはパプアニューギニアで2つの結核プログラムを運営している。1つは湾岸州で2014年5月に開始、もう1つは首都特別区で2015年3月に開始した。

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