ニュースにならない人道危機――MSF広報スタッフ難民キャンプ現場レポート(後編)

2015年12月29日掲載

MSFの栄養治療センターで診察を受ける子ども MSFの栄養治療センターで診察を受ける子ども

タンザニア北西部にある巨大な難民キャンプ「ニャルグス」。隣接するコンゴ民主共和国ブルンジから紛争を逃れてやってきた難民たちを待ち受けていたのは、過密状態のテント生活や、食糧、衛生環境、医療、そのすべてが不十分な暮らしでした。そして人びとは自分の力だけでは状況を改善できないという苦悩にも直面していたのです。国境なき医師団(MSF)日本の広報スタッフ趙潤華(ちょうゆな)のレポート後編をお届けします。

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過酷なキャンプ生活

アンジェリークちゃんとリバニアさん アンジェリークちゃんとリバニアさん

精神的にも肉体的にも過酷なキャンプ生活では、病気になっても適切な治療を受けられないということも起きている。MSFは緊急援助として移動診療や栄養治療センターを運営しているが、毎日何百人もの患者が訪れ、限られた時間の中、すべての患者さんに対応できないことも多い。

キャンプにたどり着くまでに・・・

MSFの心理ケアの現地スタッフとして働くクラウディーン MSFの心理ケアの現地スタッフとして働くクラウディーン

そもそも多くの難民は、キャンプに着くまでに過酷な経験をしている人がほとんど。母国で身内が殺されたり、逃げる途中で家族とはぐれたり、暴力を受けたり目撃したり。ブルンジから逃げてきたリバニアさん(27歳)は、避難する際の混乱で子どもの1人がブルンジに取り残されたままになっている。また娘のアンジェリークちゃん(6歳)が栄養失調および結核を患い、MSFの診療所に入院しているため、家族は新しいキャンプに移れず「マス・シェルター」での生活を続けている。

MSFの心理ケア担当の現地スタッフとして働くクラウディーン(22歳)は、生まれたときから「難民」だった。コンゴ民主共和国出身の両親が22年前にタンザニアの難民キャンプにたどり着き、さまざまな理由でキャンプの移動を余儀なくされ、ニャルグスは4番目のキャンプだという。それでもキャンプで受けられる教育プログラムを探し、英語や科学、数学などを学んだ。今は、難民でもあり、同じ難民の心理ケアに関わるMSFスタッフでもある。

「難民」になるということ

住むところや食糧などが不十分なのはもちろん、家族を亡くしたり、仕事を失ったり、病気になってもすぐに治療を受けられなかったりするのが、難民になるということ。このうち一つだけでも自分に起きたとしたら、どれほどつらいことか、きっと誰もが簡単に想像できる。

また難民になるというのは、今日を生きることが大変なだけでなく、将来の展望や未来の可能性もそがれてしまうということ。仕事がない、学校に行けない、やりたいことができない中で、大きな花が咲くはずの種も育たない。しかもそれは、次の世代まで続いていく可能性が高い。デイビッド(※)もクラウディーンも、いろんな可能性を秘めている。難民でなかったら、どんな世界が広がっていただろうか。

テレビや新聞でニュースにならないからといって、この人たちが存在しないわけではない。現地の言葉での言い回しなのかもしれないが、取材中、彼らに話を聞いた後などに「Thank you」というと、通訳を介していつも、「Thank you, too(こちらこそ、ありがとう)」と返ってきた。MSFで広報を担う一人として、身が引き締まる思いがした。(完)

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