ニュースにならない人道危機――MSF広報スタッフ難民キャンプ現場レポート(前編)

2015年12月28日掲載

「ニャルグス」と聞いて何かピンと来る人はどれくらいいるでしょうか?タンザニア北西部に位置し、隣接するコンゴ民主共和国からの難民のために約20年も前に設置されたキャンプ、それが「ニャルグス難民キャンプ」です。世界最大規模のキャンプの一つであり、Google マップにも表示されるほど大きなこの場所に、国内での武力衝突を逃れて、隣国ブルンジからの難民が続々と到着しています。その数はキャンプの許容人数をはるかに超え、食糧も衛生環境も医療へのアクセスもすべてが不十分な状態が続いています。国境なき医師団(MSF)は2015年6月、コレラの流行に対する緊急援助でキャンプでの活動を開始しました。

昨今メディアで取り上げられることも多い「難民」ですが、生まれ育った国から逃れて難民になるとはどういうことか、「難民キャンプ」での暮らしはどんなものなのか。現場を訪れたMSF日本の広報スタッフ趙潤華(ちょうゆな)のレポートをお届けします。

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青空市場に床屋さん?難民キャンプの意外な一面

カメラを向けるといっせいに集まってくる子どもたち カメラを向けるといっせいに集まってくる子どもたち

私が「ニャルグス難民キャンプ」で最初に耳にしたのは、子どもたちの元気なかけ声だった。広いキャンプ内を移動するには車を使うが、私たちが乗る車に向かって子どもたちは精一杯手を振ったり何か話しかけてきたりする。赤土の泥にまみれながら元気そうに遊んでいたし、カメラを向けると笑顔いっぱいでポーズを取ってくれた。大人も積極的に話しかけてくれて、こちらがあいさつしたら笑顔で返してくれる。皆、私が日本から来たというと「ウェルカム(ようこそ)」と言って迎え入れてくれた。

おしゃれなデイビッド君、驚きの歌唱力 おしゃれなデイビッド君、驚きの歌唱力

驚くことにニャルグスには、食糧や雑貨などを売っている青空市場や床屋さん、食堂、クラブ(という名の音楽がかかっていてお酒が飲める小さなテント)まであった。携帯電話を持っている人もいるし中にはファッショナブルな人も。英語が話せるということでキャンプ内を一緒に回ってくれた20歳の青年デイビッドも、どこにでもいそうな今風の男の子だった。歌うことが好きと言うので携帯で録音したものを聞かせてもらったら、驚くことにジャスティン・ビーバー顔負けの(!?)歌唱力の持ち主だった。「難民キャンプ」での暮らしも、想像したほど悪いものではないのだろうか……?

数百人が一緒に暮らす「マス・シェルター」

仕切りがないマスシェルターの中の様子 仕切りがないマスシェルターの中の様子

妹の面倒を見る優しいお兄ちゃんでもあるデイビッドに「僕の家を見せてあげる」と言われ、ついていった。到着したのは、このテント。ここに家族6人で住んでいる。タンザニアは今、雨季のため、ほぼ毎日スコールのような雨が降り、地面はぐしょぐしょ。隣にはキッチンもあったが、とても衛生的とは言えない。でもデイビッドは少なくとも家族専用のテントに暮らしているという意味で、"ラッキー"なグループに入る。

ニャルグスには、「マス・シェルター」と呼ばれる大規模テントがある。元々、他のキャンプに移動する前などの一時滞在の目的で使われるものだが、そこに何ヵ月も住まざるを得ない人たちが大勢いる。ひとつのシェルターに多いときには400人もの人が収容されていて、中は仕切りがないか、あっても薄いシートがあるだけ。見知らぬ人と隣り合わせの空間でプライバシーもない。今にも吹き飛びそうな屋根、雨が降れば浸水する地面。衛生的にも、精神的にも、一刻も早く改善されるべき状況だが、新たな難民が到着し新しいキャンプの準備がなかなか進まない中、人びとはここから抜け出せる時を何ヵ月も待ち続けている。

空き地で育てたとうもろこしで作ったポリッジを食べる赤ちゃん 空き地で育てたとうもろこしで作った
ポリッジを食べる赤ちゃん

住環境だけでなく、食糧や水、毛布などの必需品も不十分な状態が続いている。配給される食糧では足りず、空いている土地でとうもろこしなどを植えて足しにしている人もいた。「難民」になるということは、仕事をなくすということでもある。母国でどんな仕事をしていようが、難民キャンプにいる間はほとんどの人が働けない。すべてを援助に頼るしかなく、それが不足していてもなす術がない。何もすることがない、自分の力で状況を改善できないということが、どれだけ人にとってストレスとなり、生きる力を奪うか、今回はじめて実感した。(つづく)

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