チャド:なぜマラリアは根絶されないのだろう?――MSF医師のブログから

2015年12月18日掲載

誰もが1度はビクトリア時代(※)の「猛獣狩り」の記念写真を見たことがあるだろう。かっぷくがよく、口ひげをたくわえている男たちが、ショットガンを小脇に抱え、しとめた獲物の頭を踏みつけている。獲物はライオン、トラ、ゾウなどまさに「大物」ばかり。大きければ大きいほど、ハンターへの称賛も大きいものとなったのだろう。

  • イギリスのビクトリア女王の治世(1837年~1901年)

私(※)は今日、「小物狩り」になった。その瞬間を正確に覚えている。

  • ジョン・ブルック医師、フランス出身

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旅立っていった幼い命

マラリアの早期発見に欠かせない検査キット マラリアの早期発見に欠かせない検査キット

昼のことだった。ペンライトでダヴィド君の瞳を照らす。深い黒褐色の瞳は対光反射が失われている。彼は旅立ったのだ。その少し後、ベルナデッタちゃんの瞳を照らす。必死に蘇生を試みたが、彼女もまた旅立っていった。

それぞれの両親が幼い子どもたちを抱いて重症小児病棟から出て行く。お別れだ。この地域の習慣どおり、派手な色柄の生地でしっかりと包まれている。昼の1分間、チャドの農村での出来事。悲劇に打ちのめされる。

世界、とりわけサハラの以南アフリカ諸国ではダヴィド君とベルナデッタちゃんのような子どもが毎分命を落としている。2人の子どもが毎分亡くなっているのだ!1時間だと100人を超える。

本当の危険がひそむ場所

マラリアを防ぐ強力なツール「蚊帳」 マラリアを防ぐ強力なツール「蚊帳」

数日前、同僚のアレックスと孤立集落をまわっていた時のこと。私たちがいる町の近くを流れる川で、鳥が頭上を旋回し、しげみや草むらの中の獲物を狙っている。私は「しげみからいつライオンが出てきてもおかしくないね」と言った。

アレックスが「そんなのありえない」と言い返し、それ以上、この可能性については考えずに歩き続けた。湿って足をとられそうな場所を避けながら。雨期の終わりで、小さな湖や水たまりがあちこちに残っている。そこはたいていヘビにとって理想の住みかだ。ライオンやヘビのことは気にしながらも、私たちはなぜか、この地域にひそむ本当の危険については考えが及ばなかった。その危険とは、「小物狩り」のターゲットである蚊、ダヴィド君とベルナデッタちゃんを死に追いやったやつらだ。

マラリアを引き起こす寄生虫を運ぶのは蚊だ。この事実が知られるようになってからもう100年近くになる。ヘビにとって理想のすみかだった水場は、ボウフラが羽化して蚊となる場所でもある。そしてやつらは、ヒトを50m先からでも探し当てる。はく息に含まれる二酸化炭素や体臭を手がかりにしているのだ。

マラリア根絶のために必要なこと

蚊のライフサイクルと生息環境についてこれだけよく知られているのに、「小物狩り」がなぜいまだに続いているのだろう。「猛獣狩り」のターゲットだった大型動物はこの地域から駆逐されてしまったように思えるのに。

マラリアが現在まで残っているのは、これが「医学的な問題」の中に押し込められてきたからかもしれない。マラリアは病気であり、ほかの病気と同じく「医療従事者の手に託すのが一番」とされた、とか。

これまではそう考えられていた、という点に疑いの余地はない。医学・薬学の専門家にとってマラリア対策の成果が誇れる実績であることも事実だ。私ももちろん、MSFがチャドで行っているマラリア対策の一翼を担っていることに誇りを持っている。MSFはこの取り組みで、重症マラリアに感染した子どもの死亡率をほぼ100%に近い水準から5%未満にまで引き下げた。

製薬業界も多大な貢献をしている。定期的に服用することで、寄生虫が体内に入ってもマラリアの発現リスクを抑えられる薬剤を製造している。また、早期発見して治療薬を服用することも有効だ。

"医の心"より"闘いの精神"

さらに、もちろん寝床には蚊帳をつり、体に虫除けをふきつける。蚊に少しでもまずそうな獲物に思ってもらえるよう祈る。建物も四隅や壁・床の割れ目まで虫除けを噴霧する。蚊はこれらの場所に何ヵ月もとどまる場合があるからだ。

しかし、マラリアをこの惑星から排除するには、"医の心"よりも"闘いの精神"が必要だ。マラリアに関する限り、実質的な成功を収める唯一の道は、マラリアが存在していない場所から対策を始め、マラリア・フリー・エリアを広げていくしかないからだ。

ここアフリカでは、出発点となるマラリア・フリーな地域が既に存在している。サハラ砂漠だ。乾燥気候で人口密度が低いため、マラリア原虫が蚊に運ばれて広がるリスクはい。

戦略的に蚊を退治しよう

マラリアとの闘いで最初に注意を向けるべきは、村や集落の水たまりや湖だ。蚊は風に運ばれていくこともあるものの、もともとの行動範囲はそれほど大きくない。

すべての村で、蚊の発生場所となっている水場を特定しなければならない。詳細は下記の図の通り。

マラリア対策の鍵を握っているのは、啓発・予防活動だ。蚊帳の配布、殺虫剤の使用、現地の生態環境への配慮、蚊が嫌うとされているレモングラス入りの石けんの配布などが行われている。こうした「小物狩り」の戦略こそが、蚊の生息地付近の地域で、マラリアのリスクを大きく削減する可能性を秘めているのだ。蚊をどうにかできれば、マラリアといえども封じ込められないはずはない。そうなれば、ダヴィド君やベルナデッタちゃんのような子どもたちが命を奪われることもなくなるのだ。

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