イエメン:内戦でHIV治療中断の危機、MSFの取り組みは?

2015年11月10日掲載

アブドゥルファタハ・アル・アリミ医師 アブドゥルファタハ・アル・アリミ医師

アラビア半島の南端に位置するイエメン。この国でHIV/エイズの治療を受けている約1300人は今、治療中断の危機に直面している。2015年3月に内戦が始まったからだ。

国境なき医師団(MSF)はHIV/エイズの治療や紛争被害者の治療を含むさまざまな医療・人道援助を行っている。

HIV/エイズ治療の現状について、MSFのHIV/エイズ関連のプロジェクト・コーディネーターで、医療チームリーダーを兼務しているアブドゥルファタハ・アル・アリミ医師(イエメン出身)に話を聞いた。

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爆撃が始まり、不測事態への対応計画を実行

爆撃の負傷者が相次いで運ばれてきたアデンの病院(2015年3月撮影) 爆撃の負傷者が相次いで運ばれてきたアデンの病院
(2015年3月撮影)

イエメンで爆撃が始まったのは、3月26日午前1時ごろでした。国内全域です。首都サヌアだけでなく、サアダ、アムラン、ハッジャ、アッダリでも……。HIVの患者は戦争の恐怖だけでなく、抗レトロウイルス薬(ARV)治療の中止に追い込まれるのではという不安に直面しました。

最初の爆撃後の数日で、多くの患者がジュムフリ病院のHIV/エイズ診療所にやって来ました。そこはARVが手に入るサヌア市内唯一の場所で、MSFが2010年から断続的に活動しています。爆撃後に来院した患者の目的は治療薬の受け取りでした。誰もが安全な場所を求め、故郷への帰省を検討していたのです。

イエメンでは2011年、"アラブの春"で大規模な反政府運動が起こり、各地で事件が相次ぎました。MSFではその経験を教訓に、サヌアでの危機的事態に備えて不測事態への対応計画(コンティンジェンシー・プラン)を策定していました。内戦が始まり、私たちはその計画をすぐに実行に移しました。

患者団体と協力し、治療者の消息を確認

内戦のきっかけとなった大統領への抗議運動は武力衝突へと激化し、町は二分され、大勢の患者が診療所に来られなくなりました。私たちはそうした方々に、ARVを届ける必要があったのです。これに先立ち、国内の情勢悪化を受けた対策を2014年から進めていました。

ARV治療が中断されないように、患者には緊急事態にすべきことを繰り返し説明していました。また、カルテを更新し、混乱が深刻化していた地域の患者には、あらかじめ2ヵ月分の治療薬を詰めた袋を配布していました。さらに、MSFのARVの備蓄量も拡充していたのです。

3月26日の爆撃後、HIV/エイズの患者団体を通じて直ちに安否確認を行い、診療所で薬を受け取れるかどうかを確かめました。サアダ、アッダリ、ハッジャ、アデンなど紛争地となった州の患者、次にサヌア市内で事態が深刻化している地区の患者、最後に、数ヵ月以内に診療所で薬を渡す予定だった患者と連絡を取りました。

当時治療中だった773人のうち、4月初旬までに745人の消息を把握しました。HIV/エイズの関連団体と国際移住機関(IOM)の助けもあり、音信不通だった方々の居場所がわかったのです。

戦地をくぐり抜けて薬を届ける

その後、すべての患者に2ヵ月分のARVを配布しました。ただ、戦闘が起きていたり、燃料・交通費がなかったりして受け取りに来られなかった患者も多くいました。そうした方々にARVを届ける最良の方法を模索しました。

薬局担当のアブドゥルバセト看護師と私は、危険を覚悟で複数の場所に薬を輸送したこともあります。一部の届け先は軍事施設に隣接していて、毎日のように空爆にさらされていました。また、アブドゥルバセト看護師はHIV/エイズ関連団体のスタッフと協力し、オートバイでサヌア郊外の各村にARVを届けました。

患者にはMSFの電話番号を伝えてあり、直接連絡を受け、疑問に答えられるようにしています。ただ、停電があり、通信施設も被害を受けている影響で、電話でのやりとりにさえ支障が出ています。

各地の診療所を支援、全患者にARVを

サヌアのほかにARVを配布する診療所は4ヵ所あります。5月に入ると、MSFはこの4ヵ所の支援を開始し、ARVを供給しました。ただ、これも容易ではありませんでした。例えば、アデンの検問所では2週間の差し押さえに遭っています。

内戦が長期化し、支援している診療所への移動がさらに難しくなったため、次の対策として、患者が年末までに必要となる分量のARVを提供しました。11月までにARVを受け取る予定だった患者には配布を終えており、この対策は最終段階となっています。

ARVの配布に加え、HIV/エイズ患者に多い日和見感染症にも対応しています。結核、肺炎、下痢、カンジダ症が多くみられます。ジュムフリ病院に来院した患者を治療するとともに、他の診療所に治療薬を供給しています。また、HIV/エイズ治療に欠かせない検査のための試薬が、4ヵ所の診療所に行き渡るように手配しています。

「このつらい日々が、患者にとってさらにつらいものとならないように」

イエメンでは、HIV/エイズに対して根強い偏見が残っています。患者を差別する人の中には医療従事者もいます。知識が不十分なのです。私が医学生のころ、友人の兄弟がHIVに感染し、治療を受けることもできないまま、自宅で孤独死しました。その時、こうした状況を変えるために働きたいと思ったのです。

戦時下のイエメンで、HIV/エイズ患者の苦境を何度も目にしています。ある男性は逮捕され、2週間も収監されました。故郷に戻る途中の検問所で、ARVの密輸を疑われたのです。男性は戦闘が激化している州から命がけでサヌアの診療所にたどり着き、ARVを受け取って帰るところでした。また、ある女性は診療所に来られなかったため、1錠の薬を半分に割って服用を続け、治療が完全に中断する事態を免れました。

このような特殊な状況下でHIVとともに生きる人びとの支援のため、私たちは"そなえる"と名づけた取り組みを始めました。HIV/エイズ関連団体の代表たちが患者に、自身の体調、薬の備蓄、心理的・経済的状態を確認するよう呼びかけ、MSFが必要な人に心理ケアを提供する活動です。

以上がMSFの取り組みです。内戦で治療が中断することのないように、方法を常に模索しています。イエメンは私の祖国です。このつらい日々が、患者にとってさらにつらいものとならないように力を尽くしています。

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