エチオピア: 決意――身重のからだでトラックに揺られて

2015年10月23日掲載

出産を終えて赤ちゃんと添い寝するシンデビーさん 出産を終えて赤ちゃんと添い寝するシンデビーさん

その日の夜明け、シンデビー・ウェダさん(30歳)は村の長老から祝福を受けて出発した。エチオピア ・デナン郡内の遊牧民の村で、彼女は林の中の家に母と暮らしている。そこから250km離れたデガブール病院に向かうのだ。手荷物は2つのバッグに詰めた着替えとビスケット。見送りにきたおばの手を借りて、シンデビーさんは人と荷物を満載したトラックの荷台に乗り込んだ。長旅の始まりだ。

町を出ると、シンデビーさんほっとため息をついた。結婚して6年、出産を2度経験し、2人の赤ちゃんを失った。いずれも村の分娩介助者に付き添われて自宅で出産 した。この地域の女性の多くはそうしているからだ。

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2度の失敗を乗り越えるために

「2度目は2年前でした。赤ちゃんは助からず、私も生死をさまよいました。何時間も意識が戻らず、近くの診療所に運び込まれたのです」。意識が戻り、体調が回復したのは、診療所からさらに300kmも離れた病院に移送されてからだった。その病院では2次医療を提供していた。

「2度の失敗をずっと引きずっていました」とシンデビーさん。もう同じことは繰り返さないと心に決めた。どれだけお金がかかってもいい、3度目のお産を成功させたい、そう思ってトラックに乗り込んだのだ。でこぼこ道を半日かけて走り、ようやくデガブールに到着した。「数ヵ月ぶりに笑顔になりました。もうすぐ自然の祝福を受けられる実感が湧いてきました──お母さんになるのだと」

母になる決意

期待したとおり、病院スタッフに快く迎え入れられ、受け付けを済ませた。少し休憩して、診察の順番がまわってきた。産前健診が終わり、産科ユニットスーパーバイザーのルキア・アブドゥラヒ助産師はシンデビーさんにこう告げた。「予定日はまだ先なので、ひとまず自宅に戻り、10日後にまた来てください」

シンデビーさんは耳を疑った。一瞬にして、6年間の記憶がよみがえった。あの苦悶、喪失、悲嘆……。彼女はぼう然として声も出なかった。

アブドゥラヒ助産師は、話した内容が伝わらなかったのかと思い、もう一度説明した。2度目の説明を聞き終え、シンデビーさんはベッドからゆっくりと体を起こした。診察室内のスタッフたちをじっと見つめたあと、アブドゥラヒ助産師を射るような眼差しで見据えた。静まり返る診察室。その沈黙をシンデビーさんの強い声が破った。「元気な赤ちゃんを抱くまで病院を出ません!これまで赤ちゃんを2人も亡くしているんです!赤ちゃんを抱かずに帰るなんてできません!」

デガブール病院とMSFの決断

デガブール病院 デガブール病院

アブドゥラヒ助産師は予想外の返事にとまどった。だが、シンデビーさんの決意は固かった。改めてシンデビーさんの話を聞き、過去の出産が深い心の傷になっていることを知った。なんとか力になろうと受けとめたものの、シンデビーさんをどこで受け入れ、誰が付き添うのか。アブドゥラヒ助産師たちは途方に暮れてしまった。

シンデビーさんの話は院内のあちこちに伝わり、国境なき医師団(MSF)のスタッフにも届いた。MSFはソマリ州保健医療局を支援するためにデガブール病院で活動していたのだ。MSFは、シンデビーさんと同じような問題を抱えた女性たちの存在を把握しており、遠方から来院する妊婦の滞在施設として「プレママ・ハウス」を建設中だった。

デガブール病院でMSFの医療活動コーディネーターを務めるセリ・サンゴ医師は、建設中の施設にシンデビーさんを受け入れること決めた。そこで7日間を過ごしたのち、シンデビーさんは元気な男の子を出産した。念願の赤ちゃんとの添い寝を果たしたシンデビーさん。「とてもうれしいです。みなさんひとりひとりに感謝しています」

プレママ・ハウスが果たす役割

入院中の子どもをあやすMSFスタッフ 入院中の子どもをあやすMSFスタッフ

この一件は病院から地域へ、地域から地域外へと広まり、シンデビーさんの村よりもはるか遠方の地域にまで届いた。完成したプレママ・ハウスには家具が備え付けられ、最大12人の滞在が可能となった。

2015年1月、MSFのプレママ・ハウスは全面オープンした。それから10月までに、100人以上の妊婦が利用している。中には、中度~重度の子癇(しかん)前症、貧血、多胎妊娠などの妊娠合併症を抱えている女性もいる。こうしたケースに、プレママ・ハウスは特に役立っている。

アブドゥラヒ助産師は「私たちだけでは、母子の命を守ることも、安全に出産できるように介助することも、難しかったと思います。出産間近の女性たちが滞在できる場所がなかったのですから」と、MSFの支援を評価している。プレママ・ハウスは清潔に保たれ、一般医療や産前・産後検診に加え、食事・石けん・洗剤・健康教育など妊婦にとって必要最低限のものはそろっている。

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