パプアニューギニア: 四駆車でも入れない地域での結核対策

2015年10月21日掲載

パプアニューギニアの湾岸州の沖合の航行は時に様相を一変させる。1年のうち5ヵ月間は決まって南東の貿易風「ローラ・バダ」が風速30ノットのうなりをあげ、巨大な三角波を巻き起こし、この地域でよく使われる小型の無甲板船は多くがほぼ常時係留されたままとなる。

その時期でも周囲から完全に隔離されるわけではないが、首都ポートモレスビーから300km余り西に位置する同州は遠い。山がちで、うっそうとした森に覆われ、複数の河川に分断され、自動車道の敷設はほぼわずかしかない。

国境なき医師団(MSF)が世界中の活動地で採用しているトヨタ製四駆車のランドクルーザーでさえも、そのランド(地域)をクルーズ(巡回)できないほどの地域だ。そんなことも、いくつもの困難のほんの一例だ。MSFは湾岸州で、2014年5月から結核プログラムを行っている。

パプアニューギニア:隔絶した村に結核治療を

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患者に出会うための試行錯誤

MSFの診療所で結核の検査を受ける少女(2014年9月撮影) MSFの診療所で結核の検査を受ける少女
(2014年9月撮影)

結核プログラムの課題は、この孤立した地域でどのようにして患者と接触し、治療を行うか。また、増加傾向にある薬剤耐性結核(DR-TB)の治療と経過観察をどのように提供するか、という点だ。

「試行錯誤が必要な地域なのです」。そう話すのは、MSFのオペレーション副プログラムマネージャーと、パプアニューギニアでの活動の医療アドバイザーを務めるアイザック・チクワナ医師だ。彼は東京を拠点として活動している。

試行錯誤の一環として、2014年には無人航空機、いわゆるドローンを試験的に導入した。診断検査用の喀痰(かったん)サンプルを都市部の病院へ運ぶ方法、治療薬をどのように定期投与するか、患者との接点を持つ方法など、さまざまな場面で試行錯誤が必要となる。

貿易風で交通が遮断、陸路を探索へ

鍵となるのはアウトリーチ活動(※)だ。国民の約85%が都市圏外に住んでいる。湾岸州の人口は15万8000人で、過半数が人口密度の低い地域で生活している。1つの集落の規模が数km四方に及ぶ。

  • こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、医療を提供すること。

チクワナ医師は「州都のケレマでは3つの施設に計200人以上の患者がいます。ただ、交通インフラが未発達なので、州内のほかの地域の状況はよくわかっていません」と打ち明ける。

8月下旬、ケレマからイフという町まで調査に向かった。州内9ヵ所の1次医療施設につながっている陸路の探索が目的だ。陸路での移動ができなければ、貿易風「ローラ・バダ」が吹く時期は、通行が事実上遮断されてしまう。

3日間の道のりで、日中はひたすら森を歩き、川を渡る。経路が全くないよりはましだが、こうした行程では長期的・継続的な解決策にはならないかもしれない。過去1年、ケレマだけでDR-TB患者が22人も特定されている。しかし、この交通事情では、MSFが患者のもとへ出向くか、もしくは、患者たちがこの道のりを経てケレマへ治療を受けに来るしかない。

部族ごとに異なる結核への認識

MSFの結核プログラムは保健省や国家保健プログラムと密接に連携している。湾岸州だけでなく首都でも同様の活動を行ってきた。結核は入院治療件数の最も多い感染症だ。しかし、まずは患者が医療施設まで来られなければ始まらないのだ。

通常、結核患者の治療期間は半年、DR-TBの場合は2年に及ぶこともある。MSF医療コーディネーターアシスタントのフィロメナ・タティレタは「治療を受けるよう勧められ、難色を示す患者もいます。結核への根強い偏見のためです。しかし、MSFの活動の進展は上々です」と話す。彼女は以前、パプアニューギニアのモロベ州ラエにあるアンゴウ記念病院に勤務していた。

タティレタは「ここでの結核プログラムは"緊急プログラム"ではなく、活動自体もまだ初期段階です。そのため、物資の輸送・調達から地理的条件まで課題は山積みです」と続ける。患者の経過観察、スクリーニング検査の実施、 "結核は治療できる"という認識の浸透、そして住民から信頼を得るためにも、州内の医療の普及が不可欠だ

パプアニューギニアには地域ごとの文化があり、言語の数は800以上にも及ぶ。部族ごとのアイデンティティが色濃く残り、結核についても、医学的な認識を持つ部族から伝統的・呪術的な認識を持つ部族までさまざまだ。

MSF日本からもスタッフを派遣

南スーダンで活動したときの井上薬剤師(右から2人目)と同僚たち 南スーダンで活動したときの
井上薬剤師(右から2人目)と同僚たち

MSFと保健省は始まったばかりのこの結核プログラムに力をいれている。社会インフラの整った地域とは異なり、患者たちが必ずしも医療施設にやって来るとは限らない。そのため、ときにはMSF側からの歩み寄りが必要だ。

MSF日本からパプアニューギニアに派遣した井上理咲子薬剤師は、任期2ヵ月の大半をケレマで過ごした。

以前に南スーダンやマラウイにも赴任した井上の第1印象は「いつも通りの任務」。しかし、まもなく、この結核プログラムはまだ先の長い活動であることがわかった。井上薬剤師は現在、都内の病院に勤務している。「半年の休職が取得できたら、またパプアニューギニアで活動したいと思っています」

さらに、井上薬剤師は「結核は短期では治癒できません。結核プログラムで活動するためには、長期の任務にかかわるための知識が必要でしょう。また、事前に、結核対策にかかわったり、結核との二重感染が問題となっているHIV/エイズへの対応を経験したりしておくと役に立ちます」と話す。井上薬剤師がマラウイでかかわったのは、HIV/エイズ対策プログラムだった。

パプアニューギニアでの結核プログラムは困難も課題も山積みだが、解消することは可能だ。同国出身のフィロメナは次のように述べている。「率直に言って、MSFがこの国の結核患者を助けるために活動しているからこそ、私も頑張れるのです。本当に長い間、顧みられなかった湾岸州での援助の第一歩をMSFが踏み出してくれました」

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