シリア:なぜ"難民キャンプ"から避難を?

2015年10月16日掲載

モハメドさん(左)と家族 モハメドさん(左)と家族

シリア北東部のクルド人地域の町、デレク。イラク、トルコとも国境を接している。モハメドさんはこの町の出身で、首都ダマスカスに出て小型バスの運転手になった。現在、4人の子どもがおり、末っ子はまだ歩くこともできない。内戦が激化した2013年、ダマスカスも安全ではなくなり、家族を連れて脱出した。

シリア在住の数千人のクルド人と同様、モハメドさん一家も最終的にイラクのクルド人自治区へと渡り、ドミーズ難民キャンプに入った。ドミーズの受け入れ数はすでに4万人を超えている。

2015年夏、ドミーズなどの難民キャンプに滞在している人びとへの支援が大幅に削減された。食糧引換券の価値は、31ドル(約4200円)から10ドル(約1300円)に引き下げられてしまった。その結果、ドミーズでは連日、大勢がキャンプを離れ、長期的な安全と生活再建を求めて欧州へと旅立っている。モハメドさんに心境を聞いた。

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生活再建を目指して家を建てたが……

ドミーズ難民キャンプ ドミーズ難民キャンプ

喜んで旅立つわけではありません。ここには両親もいますし、とどまれるのなら、むしろそうしたい。でも、本当にどうしようもないのです。

8月まで配布されていた食糧引換券が打ち切られ、もう手詰まりです。夏には親しい農家で農作業を手伝いました。一生懸命に働き、トラクターの運転が抜群にうまいと評価されていました。しかし、収穫した農作物自体が売れなくなっています。給与が支払われるのは作物が売れた時だけで、雇ってくれた知人が「もう給与が払えない」と言っているのは本当だと思います。

これから、どうやって家族を養えばいいのでしょう。難民キャンプでテント生活を送っていましたが、多額の借金をしてレンガの家を建てました。引越しが終わったのはほんの数週間前なのに、出て行かなければなりません。家族の誰もが望んでいないことですが、ここでの生活は過酷過ぎます。

「なぜ公園に行かないの?」

ダマスカスでの生活はいいものでした。子どもたちは公園が大好きで、休日にはよく連れて行きました。ドミーズに来てから、子どもたちが何度も「なぜ公園に行かないの?」と聞いてきます。ここには公園はありません。むき出しの地面があるだけです。それでも本当はとどまりたいのです。

建てたばかりの家を売却し、借金を返済しなければなりません。買い手はキャンプ外に大勢いると思います。クルド系シリア人にとってキャンプ内のこの家は、賃料も光熱費もいらない物件だからです。

ただ、借金を返済すると、手元にはあまり残りません。欧州へ行くための仲介業者に支払える額は少ないでしょう。あとは運頼みで、皆の後について行くだけです。親類を含めて数家族が一緒に出発する予定です。私たち一家だけで動くのは危険過ぎるからです。親類は、私の家が売れるまで出発を待っています。

両親をあとに残して

私の妹夫婦は、娘が勉強を続けられる環境を望み、2週間前に夫が先に出発しました。しかし、ハンガリーで拘束・収監されてしまいました。消息がわからない状態が何日も続き、ようやく昨日、仲介業者が見張り役を買収して解放させたという連絡を受けたところです。

連絡方法はスマートフォンの無料メッセンジャー・アプリケーション「WhatsApp」です。一緒に行動する数家族の中には、携帯電話を持っている人が必ず1人ぐらいはいて、貸してくれるのです。私たちがシリアを離れるときに持ち出せたものはごくわずかでしたが、今回はさらにわずかで、写真を保存した記憶媒体だけを持っていきます。

これまで何度も避難を繰り返してきました。両親はついに今回、避難をこばみました。ここに残していくのは心配です。本当は私も行きたくないし、家族のことも案じています。トルコまで行けたとしても、ここで働き口があると聞いたら、戻って来ると思います。

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