スワジランド:薬剤耐性結核を克服――「いまだに嬉しさで舞い上がっています」

2014年08月07日掲載

表彰状と一緒に贈られた鉢植えI got tested and cured of TBと書かれている 表彰状と一緒に贈られた鉢植え
"I got tested and cured of TB"と書かれている

スワジランドで、薬剤耐性結核(DR-TB)治療を終えた99人に、国境なき医師団(MSF)は証明書を贈っている。そこには、こう記されている。
"私は結核と診断され、完治しました"

その証明書を誇らしげに抱きしめるカニさん(34歳)。2人の子どもの母親だ。打ち解けた雰囲気のにぎやかな居住地ロゴバで暮らしている。カニさんがつらい治療の日々を振り返り、現在の幸せについて語る。

MSFは2007年からスワジランドで活動を続け、同国保健省とともにシセルウェニ地方とマンジーニ地方の診療所や居住地で総合的なHIV/結核関連プログラムを展開。短期化され、負担の軽減されたDR-TB治療の導入や、患者の通院治療の推進・実践も勧めている。

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夫の看病で自身の治療がおろそかに

結核治療薬の服薬を怠ると結核菌に耐性ができてしまうことがある 結核治療薬の服薬を怠ると
結核菌に耐性ができてしまうことがある

3年前、HIV/結核の二重感染と糖尿病の夫を介護していたカニさん自身が結核と診断された。カニさんの夫は治療を続けることをとても負担に感じていた。カニさんがそばで促さなければ、薬物療法も怠っていただろう。不安と、夫の看病の苦労から、カニさん自身の服薬がおろそかになりがちだった。

結核治療が8ヵ月目に入った頃、カニさんの症状が、多剤耐性結核(MDR-TB)だとわかった。結核菌が、一般的な結核治療薬に耐性を持ってしまったのだ。

「私自身が招いた結果だと思います。治療の予定を何度か見送ったことがあるので……。夫が病気になり、その看病で手一杯になってしまったのです。夫が入院したことがあり、急いで病院に行って付き添いました。そんなドタバタの中で、自分の治療のことはすっかり忘れていたのです。その間に、薬剤耐性ができてしまったのでしょう」

すべてを投げだしなくなるときも

多剤耐性結核治療の注射の激痛で顔をしかめる患者 多剤耐性結核治療の注射の激痛で顔をしかめる患者

診断を受けたカニさんは、自宅から5km先のマツァファのMSF診療所に通院するようになった。主に自宅でのケアを提供する診療所だ。「注射を自宅で受けられると聞いてほっとしました。その頃には夫も私も病気のせいで仕事を辞めており、厳しい経済状態でしたから。自宅で治療を受けられれば、交通費を節約できます」

ただ、治療はつらいものだった。カニさんはMDR-TB治療を「最悪」と表現する。8ヵ月に及んだ注射の痛みを忘れられないのだ。「耐え難い痛みが膝や背中に広がっていき、歩くことさえできないほどでした。1つ1つの動作も恐る恐る行っていました」

複数の薬を毎日飲まなければいけない多剤混合療法も大変だった。吐き気が続き、抑うつ、聴力障害、精神障害などの有害な副作用が出る恐れもある。カニさんは、治療を投げ出したい誘惑にたびたび駆られたという。

「飲むことを想像するだけで気持ちが暗くなりました。治療を諦めてしまおうと思ったこともありました。そんな時は子どものことを思うようにしていました。夫も両親も亡くなった今、私まで死んで子どもたちを身寄りのない境遇にはできません」

カニさんの夫は、カニさんがMDR-TBの治療を始めて数ヵ月が経つころに他界していた。

MSFと地元ボランティアの支えで笑顔に

カニさんの2人いる娘のうちの1人も、結核の診断を受けていた。しかし、そうした精神的・心理的な困難をすべて乗り越えて、カニさんは治療を終えたのだ。その支えとなったのは、MSFの医療チームや、自宅療養の患者を支援する地域ボランティアの励ましだったという。

現在、カニさんは2人の娘と普通の生活を送っている。生活費はカニさんが果物を売ってまかなう。娘に結核をうつしてしまったことは悔やまれるが、その娘も回復に向かっている。自身の回復と娘の回復で喜びは2倍だ。

それを夫と分かち合うことはもうできないことが残念だが、「医師からMDR-TBが治ったと告げられて、天にも昇る思いでした。治るとは思えませんでしたが、やり切ったのです。いまだに嬉しくて舞い上がっています」と笑顔を見せる。

マツァファ診療所ではほかにも63人が表彰を受けた。約45km先のマンカヤネ病院でもさらに35人が治療終了の証明書を受け取った。そこにもこう記されている。
"私は結核と診断され、完治しました"

結核で終わりはしない

MDR-TBの治療を受けているルンギレ・ンレコさん(38歳)の詩。同じ病気で11歳の娘を亡くしているが、ンレコさん自身は望みを失っていない。


As I lie in my bed: weak and tired
Succumbed to the continuous sickness
That I don't even know how to deal with
It has been endless
Chest pains that eliminate the interest in breathing
Night sweats, oh so I wish they could just vanish
Ongoing coughing that pains deep inside me
Look at me now, my clothes don't fit me anymore
I've lost so much weight

What is this?
What is it exactly?
I've been taking flu medication, but to no avail
I worry all the time: What will I do?
What are you exactly?

They say it's TB
The airborne disease
It sounds so scary
But there is hope
Because it's curable
It's not the end and all
Not for a sec

As John Donne said;
"DEATH, BE NOT PROUD"
Because TB IS NOT THE END
There is a cure for it
Hope is revived

(日本語訳)
床に伏し、衰え、疲れた
私を打ちのめす絶え間ない病
なす術もなく
終わりもない病
胸の痛みに息をする気も失せた
寝汗などかきたくもないのに
繰り返す咳の痛みは深く
私の身体にはもう、手持ちの服が合わない
こんなにやせてしまった

これはいったい
何なのだろう
かぜ薬を飲んでも、効果はない
不安が消えない、どうしよう
こいつはいったい何ものなのか

それは結核という
空気感染症
なんて恐ろしい響き
けれど望みはある
治せるんだから
終わりなんかじゃない
決して

詩人ジョン・ダンいわく
「死よおごるなかれ」
結核で終わりはしない
手立てはある
希望はよみがえる

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