結核:マロモラ・パニェン(33歳、MSFカウンセラー)結核/HIV患者

2010年04月01日掲載

マロモラ・パニェンはにHIV感染者の手助けになろうと、MSFの研修コースを修了し、カウンセラーとなった。 マロモラ・パニェンはにHIV感染者の手助けになろうと、
MSFの研修コースを修了し、カウンセラーとなった。

国境なき医師団(MSF)のレソトにおけるHIV/エイズ治療プログラム、セリベン・サ・ツェポ(SELIBENG SA TŠEPO)は、レイ・カウンセラー(資格のない一般の人が研修を経て育成されるカウンセラー)にも支えられている。レイ・カウンセラーは、献身的な地域社会のメンバーであると共に、結核・HIV/エイズの二重感染者やHIV患者であることも多い。通常は看護師や医師が行っている医療行為以外の仕事や責任を担い、同じ村の仲間である患者たちを献身的に助けている。彼らはプログラムにとって欠かせない存在で、定期的なカウンセリングと、命を救う薬について段階的なアドバイスをすることで、患者が治療についていきやすいようにしている。これはあるカウンセラーの物語である。

マロモラ・パニェンは、住んでいる祖母の家から15分間早足で歩いて、地方のメースマウス山診療所にやって来ると、自分の胸部X線写真を抱え、右手に黄色い医療冊子を持って列に並ぶ。彼は2006年にHIV陽性と診断されて以来、診療所で定期的に診察を受けている。2007年、HIV感染者に立ちはだかる難題に立ち向おうと、MSFの研修コースを修了した46人のカウンセラーの1人となった。診断後に自分が直面したのと同じ苦難を経験している患者に、診療所でのHIVの検査とカウンセリングをサポートするためだ。

パニェンは語る。「他の人びとがHIVと日和見感染症のせいで弱り、体調を崩し、容態が悪くなる前に、私の祖母が私にしてくれたように、HIVと結核の状態を知るための手助けがしたいと思いました」

4年前、慢性的な熱と体調不良によって弱り苦しんでいた彼を説得したのは、彼の祖母のマンツォツォ・パニェンだった。その2~3年前にHIVと結核が原因で亡くなったとみられる彼の母親のように手遅れになる前に、勇気を持ってHIVと治療に取り組むように祖母は勧めた。

2009年、パニェンは結核と診断された。新たに6ヵ月以上におよぶ集中治療を受けなければならず、HIVの治療が複雑になった。「祖母は私が決められた通りにHIVと結核の薬を飲んでいるか、看護師の指示を忠実に守っているかどうかを確認してくれます。祖母は私を勇気づけてくれる存在で、私が同じ立場の人びとを助けるためにいつもベストを尽くしていると太鼓判を押してくれます」

しかし、現実と向き合うのがつらいときもある。HIVと結核に対する認識は高まってはいても、偏見は今も残っており、噂が広まると村八分にされる患者もしばしばいる。パニェンは、悪意に満ちたコメントや他人の冷たい視線に耐えることを学んだと語る。

「まだ気持ちを傷つけられることはありますし、病気のせいで他の人と違うと感じることもあります。近所の人や村の人たちが、私のことをもうじき死ぬと噂しているのを聞くと、気落ちします。だから、彼らとは付き合わないことにしました。私はほとんど家にいて、仲間の患者以外、誰とも話をしません」

彼は語る。「私に元気をくれるのは祖母です。HIVと結核の両方に感染しているのは世界に私ひとりじゃない、私も同じ立場の人を助けてあげることができる、そう気づかせてくれたのは祖母でした。このことに気づいたとき、もっと元気になって生きるために闘おうという意欲が沸いてきました」

自分の病気を受け入れ、治療を受けながら他人に助けの手を差し伸べる彼は、同じ村に住み同じようにHIV陽性の女性を愛するようになった。「彼女と祖母が私の元気の源です。2人のおかげで、他のHIVと結核陽性の患者への手助けを続ける意味が深まりました。患者たちは想像以上に助けを必要としていることを、私は自分の経験から知っていますから」

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