結核:13歳の少女の勇気ある希望

2010年04月01日掲載

レソトの地方にあるモフォカ村出身の13歳のツェパング・ロビスはHIV陽性である。彼女は祖父のおかげで、6ヵ月間の結核治療を無事に終えた。しかし、彼女が一日一日を前向きに生きる一方で、祖父と過ごせる日々は短くなっていく……

82歳のソロ・ロビスは、レソトの地方にある小さなモフォカ村で、人生の浮き沈みや死を見てきた。しかし、彼にはまだ重くのしかかる不安がある。それは、他の多くの村人に死をもたらしたHIV/エイズと結核から、どうやって聡明な孫娘ツェパングの命を守るか、という 悩みである。

ツェパングは2年前にHIV陽性と診断された。そして6ヵ月間の治療の末に、つらい結核との闘いを克服したばかりである。この国では、結核などのHIV/エイズ関連の合併症により毎年1万8000人が命を落としている。

レソトでは、道路沿いに葬儀場や埋葬サービス業者の看板が点在しており、過去20年間にHIV/エイズと結核によって多数の犠牲者が発生したことを思い起こさせる。このようなことを嫌というほど知っているソロは次のように語る。「まったくひどいことです。この10年は若いうちに亡くなる人たちが多く、状況はいっそうひどくなりました。週に2回以上葬式がありました。どの家も家族を失っています。私の妻とツェパングの母親も亡くなりました」

ソロは、ツェパングの両親が離婚し、2006年に母親がHIV/エイズで亡くなって以来、彼女の保護者を務めてきた。ツェパングが9歳の頃、慢性的な下痢、湿疹、嘔吐、高熱、激しい咳でいつも体調を崩すようになったため、ソロは彼女をMSFが援助する最寄のモフォカ診療所に連れて行った。自宅近くにあったこの診療所では、HIVと結核の統合治療の提供を目標としたMSFのセリベン・サ・ツェポ(「希望の水源」の意)プログラムが当時すでに存在していたため、ツェパングは抗レトロウィルス薬(ARV)治療を開始することができた。

13歳のツェパング・ロビスはHIV陽性で、6ヵ月間のつらい結核との闘いを終えたばかりである。 13歳のツェパング・ロビスはHIV陽性で、
6ヵ月間のつらい結核との闘いを終えたばかりである。

ツェパングがHIV陽性と診断されてから、ソロは彼女を診療所に連れて行って経過観察や小児患者サポート・セッションを受けさせたり、抗レトロウィルス薬を飲ませたりと、手厚く世話してきた。しかし、いつまでも孫娘の面倒をみられないことはわかっている。「生きている限り、ツェパングの面倒をみて、元気に過ごせるようにしてやるつもりです。でも、私が死んだらツェパングはどうなるでしょう? 私は年寄りですし、そうなったら彼女はこの世にたった一人取り残されます。それが心配です。孫はどうなるのかと不安がいつも離れません。彼女はまだ幼いですから……」

モフォカ診療所の小児患者サポート・セッションで、ツェパングは鉛筆を片手に背中を丸めて色画用紙に向かい、夢中になっている。このようなセッションは、HIVと共に生きる子どもたちが自らを見つめる姿勢に変化を与えている。ここでツェパングは、同じようにHIV陽性の他の子どもたちと一緒に絵を描き、歌い、踊り、笑うことができる。

MSF看護師のパトリシア・ニョニは、小児患者を対象としたMSFのカウンセリング・グループがどのようにして発展してきたかを次のように説明する。「私たちはこのような小児患者を対象としたサポート・セッションを2008年に開始しました。HIVや結核の陽性反応が出る子どもの数が増え始めた時のことです」

ここでツェパングは友達と共に、看護師とカウンセラーの指導の下で地元の童謡を歌いながら、笑い、踊り、遊んでいる。小児患者のサポート・セッションは、両親や保護者が子どもをどのように助けるかについて学ぶ機会でもある。

学校でのツェパングは、絵と英語の才能がある、聡明で将来有望な5年生である。「好きな科目は数学です。いつか看護師になりたいから、一生懸命勉強するわ。モフォカ診療所の看護師のマカラバ・ンタベララさんみたいになりたいの。子どもたちをとても助けてくれる看護師さんだからよ」とツェパングは語る。

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