ペルー地震:緊急コーディネーターの手記(2)

2007年09月20日掲載

スペイン人看護師のルイス・エンシーナスは、8月中旬に発生したペルー地震後に援助活動を開始した、国境なき医師団(MSF)緊急援助チームのコーディネーターである。40人からなるこのチームには、医師、看護師、心理療法士、ロジスティシャン、水・衛生担当の技術者が参加している。地震発生当日、エンシーナスはコロンビアのボゴタで活動していた。発生から2日もたたないうちに、彼はチームと12トンの援助物資と共にペルーに向かっていた。最も被害が大きかったピスコに到着してまず初めに感じたのは、まるで爆撃を受けた町のようであるという印象だった。

緊急コーディネーターの手記(1)はこちら(8月15~19日)

緊急コーディネーターの手記(3)はこちら(8月25~9月7日)

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2007年8月20日(月):これで忘れない

これで忘れない。4才のリカルド。おもちゃ。質問。ホテルのオーナー、妊婦、病院…。こう日記に書いた。すっかり疲れ果てて、きちんと書き上げることができない。全てが頭の中でひそかな涙とともにごちゃまぜになっている。何か素晴らしいことや、前向きなことを書きたい。笑顔の賞賛、喜び、音楽について。しかし、なにも浮かんでは来ない。

この週末にゾーラ、アンドレウ、デイビッド、フランソワが到着した。拠点として使っているホテルはわれわれのニーズには応えられない有様で、建物のあちこちがぼろぼろと落ちてくる。できる限りの設備を整えた。食堂が中央管制室となり、調理場で食事をしている。まだ建設中のこの階には裏に小さなテラスがある。乱雑に洗濯した衣服がテラスのねじれた金属棒の真ん中にかけられ、砂ぼこりだらけの、遺体の悪臭が混じった風に煽られてうねっている。われわれは代わりとなる場所を探していた。軍用の空港は一つの選択肢だった。軍用輸送機のハーキュリーズが夜通し着陸するため躊躇していたが、遂に決心した。そして再度確認した。初期行動計画を検討するため、皆で一緒に考える時間をなんとか作った。活動上の現在の混乱状態を把握しようと、懸命に考えた。国境なき医師団(MSF)が活動の焦点を遠隔地に合わせるべきなのは明白だった。同時にピスコの町にも注意を払う必要があるが、町には他の団体が続々と到着している。MSFはピスコから出て活動を始められる状況にある。そして心理面での支援が当面の焦点になる。すぐ近くにいるピスコの住民にとっては、MSFの活動は理解に苦しむものだろうが、一方で、遠隔地の村人からは拍手で迎えられる。その音は心地よく、アドレナリンの注射のように効いて、これまでの睡眠不足が一気に解消されたような気分だ。

8月21日(火):ピスコ、経験したことのない一週間の始まり

新たにスタッフが到着したので、彼らとピスコを歩き回ってみた。こういう時、現実をしっかりと受け止められるよう、自分は第三者であると考えたくなる。そのような立場であれば、後ろから駆け寄ってきて私を呼び止め、「あなたの国でも家が倒れたの?」と見上げながら尋ねる10才の幼い少年の生活に起きた現実を、きちんと理解できると思うからだ。私は身をかがめながら、少年の苦境を完全には理解できなかった。少年の目は涙で濡れていた。そして突然私の目にも涙が溢れてきた。私は言葉に詰まった。耐え難いほどの砂ぼこりが混ざった風がまた強くなってきた。私はおずおずと首を振った。少年は無言のまま身動きせずに私を見つめ、その場にくっついてしまったように見えた。砂であちこちが汚れた少年のふさふさの黒い髪を撫でながら、明日は状況がよくなるよと言った。馬鹿みたいな事を言ったと思ったが、それしか思いつかなかったのだ。ポケットにはイチゴ味のお菓子がまだ少しだけ残っていた。少年に一つ渡し、今晩よく眠れるようにこれを君にあげる、万事いい方向に向かっていくよ、と伝えた。中央広場を目指して進み続けた。少年を見ようと振り返ると、彼は少し微笑んで私に手を振り、私も同じように弱々しく応えた。言葉を失った私は、心理療法士のゾーラに少年との出会いについて話した。少年の顔は私の頭から離れず、行動を続けるための励ましとなり、もっと活動して彼のような笑顔を増やさなければならないと私を促している。あらゆる街角で人びとに話しかけ、その話に耳を傾けた。「雑談会」と名づけられた心理教育的なグループセッションを立ち上げたことで、MSFの心理ケアプログラムが形になり始めた。このグループセッションには二つの役割がある。この会に参加することで、不安、悪夢、心配、短気、感情の起伏、うつの徴候、後ろ向きの見方、恐怖といった症状は、住民の大部分が共有するごく当たり前のことであるというメッセージが伝わる。また参加者の中から心理療法が必要な人を特定し、回復に向けて軌道に乗せることができる。当初の目的を達成するつもりであれば、せっせと働き、決意を持って全ての仕事をやり遂げなければならない。

時間に追われながら働いている。もっと時間が欲しいが、それは叶わぬ注文だ。夜のミーティングでは多くの情報寄せられ、溜まったストレスが発散される。余震は収まりつつあるようだが、再度、もっと強くて激しい地震に驚かされるかもしれない。だが徐々に全てのことが軌道に乗りつつある。正確にはほぼ全てのことだ。ピスコの東にあるウマイとインデペンデンシアでは移動診療を展開している。また、心理・社会面の支援と個別の心理ケアも、ウマイ、インデペンデンシア、ピスコの「ホテル」と呼ばれる仮設の共同キャンプのような場所で実施している。

8月22日(水):メニューに載っているスパゲティと冷たいシャワー

まだ水曜日だが、ここに既に数週間もいるような気がする。その一方で、ようやく問題の表面を撫でたにすぎないようにも感じる。だが日記を見ながら、活動開始から4日目にして状況が既に明確化してきたと考えて自分たちを励ました。今日は記念すべき日になった。アンドレウがパラカスに住む場所を見つけてきたのだ(よくやった!)。ピスコから南に15km行った一種の観光地で、海から100メートルのところにバンガローが5つ建っている。これで新しいスタートが切れそうだ。われわれは直ちに全ての準備を整えた。誰もが協力して作業を進めた。新しい場所に向かう途中、まだ営業している数少ないレストランの一つに立ち寄り、ローマのベネト通りのレストランで出てもおかしくないようなスパゲティ・カルボナーラを注文した!それに入浴用の水もあった!翌朝の朝食のとき、全員が散歩に出て笑いながら浅瀬をばしゃばしゃと歩いた。水温6度ぐらいの冷たい水でシャワーを浴びるのはいまだにおっくうである。しかし最後には、体を洗いたいという欲求には逆らえない。チームのほかのスタッフがあまりに頻繁にシャワーを浴びるので驚いていた。後になってやっと、私の部屋だけお湯が出ていなかったことがわかったのだ。

8月23日(木):ミーティングと悩みの種

毎晩、緊急対応委員会のミーティングが開かれている。午後6時開始予定だが、時刻どおりに始まったためしがない。しかし、ミーティングの運営は軍隊式だ。(だから軍用の空港で行われているのだ)この会議に出席するメリットは、軍用の空港の隣にテレコム・サン・フロンティエール(Télécoms Sans Frontières、TSF)の拠点があるという点だ。このTSFという文字はMSFにとって世界を変える三文字だった。TSFは無線でインターネットが利用できるコンピュータ4台をMSFに提供してくれた(イエス・サー…)。これは大いに役立つだろう。広報責任者のフランソワはこれ以上の幸せはない様子で、写真を送信したり、インターネットで情報検索したりしている。基本的に夜にはこの場所が彼の本部となり、時には私の本部にもなる。

ドアが閉まると、ミーティングの始まりである。変わることのない責任者の面々以外は、毎晩新しいメンバーが出席している。やるべきことを調整し、やり遂げようとする意志はある。だが残念なことに、適切な見通しを立てたり、現状を判断したり、基本的な原則を決めたりするのはなかなか難しい。分科委員会では、被災者自身に必要な活動を調整するようお願いすることもある。威厳と落ち着きをたたえた被災者たちからは、消せない心の深い傷が絶えず存在することが伝わってくる。被災者とともに行動することで状況が把握しやすくなる。その結果、援助がうまく調整されていないことに不満を漏らしながらただ座っているのではなく、被災者と共に活動するに至っている。援助の必要性は街角のあらゆる所に現に存在しているのだ。オーケストラの指揮者が指揮棒を無くしたからどうしたというのだ?それでも構わない。演奏者は依然としてその場に揃っており、いつでも歓喜の歌を作曲し、葬儀用のワルツを演奏する準備ができていて、集中した様子を見せているのだ。

8月24日(金):あるエピソード、日常生活にはおもしろい逸話があふれている

まだ新しい匂いがする自分の日記帳を見た。空白のページがあまりにも多いので、いくつかコメントや覚えておきたいポイントを書き留めた。それからチームが体験したり、語ったりしたエピソードも書いた。特に忘れられない話がいくつかある。ウマイの南にあるベルナレスを拠点に活動するフランス人スタッフの話もその一つだ。何も変わった話ではないけれど、彼は住民に呼び止められて、フランス語で「頭痛」や「痛み」は何と言うのかと尋ねられた。そう聞かれたら誰もがつい微笑んでしまうだろう。住民はこう説明した。「われわれがフランス語を学べば、あの親切なスタッフたちは私たちの言いたいことが理解できます。そうすれば、彼らはここにもっと長く滞在してくれるでしょう?」

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