スーダン:政府による活動制限で、緊急医療援助を一部打ち切り

2015年01月29日掲載

国境なき医師団(MSF)は、スーダンの紛争地域での緊急医療援助活動を、政府が意図的に阻害し、最も援助の必要な地域に入ることができなくなったとして、同国での活動の一部を中止せざるを得なくなったと発表した。

今回中止するのは、多数の国内避難民がいる3ヵ所の紛争被害地での活動。MSFのベルギー事務局が運営していたが、青ナイル州での活動はアクセスすら認められず、東ダルフール州の活動は中止を強いられ、南ダルフール州では行政手続き上の阻害に遭い、医療危機への対応ができなくなっている。

人道援助より軍事作戦を優先

MSFベルギーのオペレーション・ディレクター、バート・ジャンセン医師は「紛争地で活動する国際人道援助団体に対するスーダン政府の姿勢があらわになったのが、1月20日に起きた南コルドファン州のMSF病院を狙った空爆です」と憤る。「スーダン政府はさまざまな手段をつかって、援助の必要な人びとへの接触を阻んできます。MSFも出席したハイレベル会合では、軍事作戦が優先される以上、青ナイル州やダルフール地方南部といった紛争被害の特に大きい地域の人びとへの人道援助は今後も制限されると明言したのです」

MSFが活動を拒まれてきた青ナイル州では、2011年秋に政府軍と武装組織「スーダン人民解放軍北部(SPLA-N)」の間で紛争がぼっ発。同年と翌2012年、恐怖に駆られたスーダン人難民約10万人が国境を越え、南スーダン側の難民キャンプに向かった。その途上や南スーダン入国直後に衰弱しきって亡くなる人もおり、MSFもその危機的な状況に居合わせていた。当時の難民キャンプの死亡率は一般に緊急事態とされる水準の2倍以上に及び、紛争ぼっ発後の青ナイル州は、国際援助従事者の活動が一切認められない制限地域となっている。難民たちはその後も身動きがとれないまま、全面的に人道援助に依存し、スーダンへの送還を恐れている。MSFは南スーダンへ脱出を果たした人への対応を続けているが、スーダン国内では援助活動はおろかニーズ調査さえ認められていない。

南ダルフール州都ニヤラ近郊のエル・セライフ避難民キャンプでは、緊急対応の拡充を阻まれている。MSFは同キャンプで医療プログラムを運営していたが、2014年3月から4月に、紛争地での暴力被害から逃げてきた新たな避難者が到着した際、緊急対応専門の人員補充が急務となったが、現地への移動が認められなかった。この時点のキャンプにおける清潔な水の供給量は、緊急時に必要とされる最低量の3分の1を下回り、E型肝炎などの水系感染症がまん延。人命救助のための緊急対応が求められていた。

度重なる交渉でも拒否を続けるスーダン政府

ジャンセン医師によると、協議や会合における活動許可の要請、政府に影響力のある人物を介した交渉の模索、メディアに向けた発言のいずれも効果が見られないという。「スーダン政府が催す会合は国際援助を受け入れるのではなく、拒むためのものというのが、これまでの経験です。私たちが特に必要とされている主要な紛争被害地域3ヵ所で救急救命活動を行えないという、大変遺憾な状況が生じています」

暴力的状況により発生した援助ニーズは3州以外の地域にも広がっている。2014年末の国連統計によると、同年のダルフール地方全体の新規国内避難民は約40万人。国内合計230万人が避難中で、人道援助の必要な人は690万人に上るという。MSFベルギーは引き続き、スーダンの紛争被害地域に緊急援助を提供する道を模索していく。

MSFのスーダンにおける活動開始は1979年。2011年以降は当局による人道援助の阻害が深刻化し、青ナイル州、東ダルフール州、南ダルフール州を中心としたMSFベルギーの活動が実践困難に陥っていた。ベルギー以外のMSFはスーダンで活動継続中だが、MSFフランスは南コルドファン州フランダラの病院を標的とした2015年1月20日の爆撃を受け、同州での活動を当面中止している。

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