世界精神保健デー:内戦のトラウマに苦しむシリア人難民

2013年10月09日掲載

シリアの人道問題は悪化の一途をたどり、周辺国は多くの人びとが避難している状況で、イラクに逃れた難民たちの心理ケアのニーズも高まっている。イラク北部のドミーズ難民キャンプでは、精神疾患の急性期の患者が1年前と比べてはるかに増加。国境なき医師団(MSF)のカウンセラーや心理療法士が対応を続けている。

ドミーズでMSFの心理ケアを受けた患者のうち、重度と診断された人は2012年は約7%だった。しかし、2013年は15%と2倍以上になっている。MSFの心理ケア顧問であるアナ・マリア・ティヘリノは「ドミーズの心理状況は危機的です。人びとの心理的反応や症状は複雑さを増しています。統合失調症や重度のうつ病といった精神障害が一般化し、多くの患者に自殺傾向が見られます」と説明する。

MSFは2012年5月からイラクのドホーク県ドミーズ難民キャンプで活動。同キャンプには、4万2000人以上のシリア人難民が滞在している。複数のMSFチームが週平均で合計約2500件の一般診療および心理カウンセリングを提供中だ。

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希望を失う人びと

カウンセリングを受ける16歳の女性(右) カウンセリングを受ける16歳の女性(右)

MSFは2012年5月に、ドミーズで包括的な医療活動を開始した。その直後から、心理ケア・プログラムを追加する必要性を把握。2012年7月以降は、訓練を受けた心理療法士とカウンセラーで構成したチームが心理カウンセリングを提供している。

この心理ケア・チームと連携する医療スタッフは、カウンセリングの必要な患者の特定に協力し、紹介を行う。地域保健担当者のチームも難民キャンプ内で活動し、心理ケアの提供に関して周知している。この心理ケア・プログラムの開始以来、2620件のカウンセリングを行った。

MSFの心理ケア顧問であるアナ・マリア・ティヘリノは「心理ケアのニーズは膨大で、医療援助の不可欠な構成要素と捉えるべきでしょう。難民キャンプに来る人びとは、心的外傷の原因となるさまざまな体験をしています。暴力の直接の目撃者となったり、命の危機に瀕したり、自宅や家族を失ったり……。その一方で、キャンプ滞在期間が1年に及ぶ人びとの間では絶望感が高まっています。明日何が起こるのか、そして、この内戦がいつ終結するのか誰もわかりません。そのことが、人びとの精神保健に多大な影響をもたらしているのです。希望が失われています」と話す。

重度の精神疾患も増加

統合失調症やうつ病といった重度の精神障害患者の増加を受け、MSFでは対応方法を調整。ケアのために診療所を訪れる患者もいるが、多くの場合、精神障害への偏見が心理的な援助を求める際の大きな壁となっている。そうした患者については、MSFの心理療法士が在宅訪問を行い、患者本人および家族との接触を維持している。

MSFは、在宅訪問の対象患者を必要に応じて最寄りの病院に紹介する方針をとっている。同時に、地元の保健担当局と協力し、MSF診療所内での精神医療の拡大にも努めている。そうすることで、将来的に、患者はキャンプ内の住居とや家族により近い場所で治療に臨み、より細やかな経過観察を受けられるようになる。

子どもたちの心にも大きな影響

心的外傷の影響で感情を抑えられなくなる子どもも多い 心的外傷の影響で感情を抑えられなくなる子どもも多い

内戦は、子どもの精神保健に大きな影響を及ぼしている。ドミーズでは、新規患者の半数が子どもや青少年だ。18歳以下の子どもたちが、週平均15~20人ほどMSFの心理ケア・プログラムの対象となっている。

各年齢層に共通する症状は、恐怖、不安、緊張感からくる夜尿症だ。ほかにも、攻撃的行動や、家族・友人からの自発的な孤立がみられる。こうした症状に対応するため、カウンセリングでは子どもだけでなく家族にも話をし、絵を描いたり楽器を演奏したりすることを通じた自己表現を勧めている。その目的は、子どもと家族が安心できる環境を再建し、さまざまなことに対処するスキルを高めるためだ。

自傷行為がやめられない男性

ドミーズでは特定の区画が、家族も妻も伴わない単身男性専用に割り当てられている。身内の支えがない男性たちが、テント1張に5~6人で滞在している。単身の男性たちの間では、心理ケアのために診療所へ通うことへの偏見が特に強い。そのため、MSFの男性カウンセラーが各テントを直接訪問し、カウンセリングを提供している。

MSFのカウンセラーであるニハドは「軍隊から離脱した人もいれば、ダマスカスでの戦闘を目の当たりにした人もいます。『ドミーズでは誰からも見捨てられている』という声を何度も聞きます。彼らと話してみると、不安といら立ちの中に悲しみが見えてきます。心的外傷後ストレス障害(PTSD) の症状も見られます。内戦を体験し、目の前で人が殺される場面を目撃しているのです」と説明する。

ニハドには、忘れられない患者がいる。彼は重度の自傷癖だった。「通常こうした症状は、絶望を感じた人が、状況をなんとかコントロールしようとする場合に起こります。その男性は体中に深い傷跡がありました。焦燥感と怒りが高じ、自傷行為がそれを鎮める唯一の方法だと考えたのです。シリアの職場をやむなく後にし、イラクでは職に就けず、家族にも会えません。完全な孤独の中で過ごしています。血を見ることで心が安らぐのだそうです」と話す。

自分の心を取り戻すために

MSFのヘンリケ・ツェルマン(中央)

ドミーズでのMSFプログラムの目的は、人びとが気持ちをコントロールできる状態に戻れるように後押しをすることだ。心理療法士スーパーバイザーを務めるヘンリケ・ツェルマンは次のように指摘する。

「MSFは、精神的な対処法を強化するために安心して気持ちを打ち明けられる機会を提供しています。1回のカウンセリングで問題解決とはいきません。MSFにも現状を解消することはできません。時間はかかります。ただ、人びとが自身の体験をある程度受け入れ、いま現在経験している耐えがたい症状を制御する手助けはできるのです」

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