南アフリカ共和国:「結核統計の一部にはならない」――XDR-TB との闘い

2013年09月11日掲載

つらい治療を乗り越えて涙を流すフメザ・ティジールさん つらい治療を乗り越えて涙を流すフメザ・ティジールさん

小皿に載せられた明るい黄色のカプセル薬5錠、大きな白の錠剤1錠、そして茶色のカプセル薬1錠。南アフリカ共和国のフメザ・ティジールさん(23歳)は、それらの薬をぐっと飲み下し、2年間続いた日課に終止符を打った。フメザさんの病気は、通常の治療薬が効かない「薬剤耐性結核(DR-TB)」だった。その中でも最も深刻な超薬剤耐性結核(XDR-TB)にかかり、国境なき医師団(MSF)の治療を受けていた。その治療薬は計2万錠。最後の1錠を飲み終えたこの日、フメザは喜びの涙を流した。

フメザさんは「この日が来るとは思っていませんでした」と晴れやかな表情で言う。「XDR-TBに勝ったんです!やっと完治して本当に嬉しい。最初は不安だったけど、希望は捨てませんでした。いつか治るという希望です。"結核統計の一部"でいたくないという思いで、ここまで来ることができました」

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治癒率20%以下の現実

MSFの治療を受ける前から、フメザさんは通常の結核の治療を受けていたが、効果が出なかった。しかし、XDR-TBかどうかの診断結果もなかなか確定しなかった。公的機関で使用している診断ツールでは、確定診断まで長い時間がかかるためだ。

XDR-TBの治癒率は20%を下回るが、適切な診断を受けるまでに時間がかかったフメザさんの場合、回復の見込みはさらに低いとみられていた。

MSFの結核専門医であるジェニファー・ヒューズ医師は、南アフリカのケープタウンで活動している。フメザさんを担当することになり、2011年5月に治療を開始した。その時点で、フメザさんは、効果が出ない通常の結核治療を9ヵ月も続けていた。

ヒューズ医師は、フメザさんの経験が、DR-TB治療を阻む2つの大きな障壁を象徴していると考えている。1つはXDR-TBを早期に発見する診断方法の不足、もう1つは治療薬の選択肢の少なさだ。「DR-TBを克服して人命を救うためには、より効果的な診断法が不可欠です。既存薬での成功例が限られていることから、患者のためによりよい治療薬を開発・実用することも必要です」と指摘する。

2年間の治療はつらく、苦しい。フメザさんは「少なくとも3種類の薬を毎日20錠以上、それから、補助剤と注射薬の投与が必要でした。それはもう大変です」と話す。フメザさんはいつからか、錠剤を"こいつら"と呼ぶようになった。副作用で辛酸をなめさせられたからだ。

有効な治療薬をめぐる課題

服用した治療薬は2年間で計2万錠 服用した治療薬は2年間で計2万錠

ヒューズ医師は、リネゾリドという強力な抗生物質が、フメザさんの回復に役立った薬の1つだと考えている。この薬は、ケープタウンにおけるMSFの"強化版治療法"プログラムで使用している。同プログラムは、より効果的な新薬をXDR-TBの患者ごとに適した組み合わせにして提供している。現時点で標準的に行われているXDR-TB治療を向上させることが目的だ。

MSFのデータでは、リネゾリドの有効性が示唆されているが、南アフリカ共和国では、2つの理由から結核薬としての普及が進んでいない。1つは、特許保護による極端に高い価格。もう1つは、実用化されている薬剤が、同国ではDR-TB治療薬として登録されていないことだ。そのため、公営の結核治療施設での利用が難しい状況だ。

南アフリカでは、リネゾリドに関して複数の特許を保持する製薬企業「ファイザー」が唯一の生産者だ。ファイザー社の設定する薬価で購入した場合、DR-TB治療の2年コースの費用は、患者1人あたり3万5862ユーロ(約470万円)にのぼる。

リネゾリドのジェネリック薬(後発医薬品)は、低価格で質もよく、他国では実用化されている。南アフリカが、国際貿易協定の範囲内で認められている手段を駆使すれば、この薬の流通を阻む特許の壁を乗り越えることができる。しかし、MSFも提言を行っているが、同国保健省は手段を駆使する態勢に至っていない。

世界中からの支援に感謝

XDR-TBを克服し、学生生活の再開も考えられるようになった XDR-TBを克服し、学生生活の再開も考えられるようになった

治療を続けた2年間、フメザさんはMSFのブログ「TB&ME」(結核と私)で、自身の直面する日々の葛藤について報告してきた。治療薬の重い副作用で、聴覚障害にもなった。それでも、フメザさんは「ブログを見てくださった方々からの支えでここまで来られました。回復を祈ってくださり、前向きなコメントで励ましてくださいました。そのおかげで、いつかXDR-TBから解放されるという希望を抱き続けることができたのです」と話す。

XDR-TBが治った今、フメザさんは大学に復帰することも考えられるようになった。ただ、XDR-TBとの闘いを経て、彼女の視点は変化している。「私は変わりました。以前とは別人です。また大学に入学したいと思っていますが、聴覚障害のせいで苦労するでしょう。ビジネスの世界からも受け入れられないでしょうが、保健医療の分野に進むことはできるかもしれません」

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