レバノン: 通りを挟んで対立する2地域、そこにシリアから......

2013年09月05日掲載

レバノン北部のトリポリに、"シリア通り"という名前の通りがある。通りの片側はジャバル・モフセン地区で、イスラム教アラウィ派の居住区だ。2.5㎢の土地に約6万人もの人が生活している。もう一方のバーブ・タッバーネは、主にイスラム教スンニ派信者が住む最貧困地区だ。シリア通りが2地区間の激しい対立の前線となっている。

2地区の激しい宗派対立に、一般市民も巻き込まれ、日常生活もままならない。医療の利用も妨げられており、国境なき医師団(MSF)は、両地区で医療援助を提供している。

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人口の8割が1日4ドル以下で暮らす

通りの両脇には、紛争で破壊された店が並んでいる。何十年も続いている衝突の傷跡だ。特に、ここ2年間は、隣国シリアの内戦の余波で、地域間抗争がさらに過熱している。

ひとたび衝突が起きると、両地区が戦闘区域となり、大勢が負傷する。2011年3月にシリアで始まった抗議活動の影響もあり、それ以降に起きた2地区間の武力衝突では、190人以上が亡くなり、1200人がけがを負う事態となった。特に、2013年5月には、少なくとも35人が殺害され、250人以上が負傷した。

宗派は異なるものの両地区とも貧困、人口過密、医療の大幅な不足に苦しんでいる。また、多数のシリア人難民が移入してきたことで、その状況がさらに悪化している。

MSFのトリポリでのプログラム責任者であるセバスチャン・ビダルは「両地区の共通点は経済指標が非常に低いことです。人口の約80%が1日4ドル以下で暮らしています。自己負担の少ない保健医療は普及しておらず、健康保険もありません。そうした状況が、2012年のシリア人難民の一斉移入で悪化し、人びとの重荷となっています」と説明する。

ジャバル・モフセン: 抗争時には完全封鎖、陸の孤島に

ジャバル・モフセン側からバーブ・タッバーネを望む

ジャバル・モフセンは、トリポリ市街を見おろす丘の中腹にある人口過密の居住区。抗争が起きると、商店や学校は閉鎖され、多くの住民が仕事を休む。レバノン軍の戦車がシリア通りを封鎖し、物理的に両地区を隔てることで沈静化を図る。

すべての進入路が封鎖されるため、ジャバル・モフセンとの往来はほぼ不可能になる。最低限の医療の利用も妨げられ、救命医療を受けるには抗争の前線を突っ切るしかない。

ビダルは「この地区には病院がありません。陣痛を迎えた妊婦や、救急処置の必要な患者も、最寄りの中心街の病院に行くには、敵視されることを覚悟して、バーブ・タッバーネを通過していくしかないのです」と話す。

MSFは2012年11月、この地域で唯一の診療所で、医療提供を開始した。それ以来、患者が途絶えることはなく、医師も看護師もそのニーズに応えるため、精力的に活動している。武力衝突が発生した場合も、住民を対象とした基礎医療の提供を維持している。ビダルは「状況が落ち着き、地区外に移送できるようになるまで、負傷者の容体を安定させることも活動の重要な一部です」と話す。

バーブ・タッバーネ: MSFが診療所を開設、2割はシリア人難民

バーブ・タッバーネのMSF診療所に並ぶ患者たち

シリア通りのもう一方にあるバーブ・タッバーネの人口は約8万人。さらに、シリア人難民の数が増えている。レバノンでも最も貧しい地区の1つで、保健医療もわずかにしか提供されていない。

MSFは2013年4月、同地区に診療所を開設。開業当日から患者が押し寄せ、2013年4月から7月末にかけて3500人が治療を受けた。大半は女性や子どもで、無償または費用負担の少ない医療を受けられない人びとだった。

診療所では医師2人と看護師2人が、1日平均60人の患者に無償で診療や治療を提供している。そのうち約20%がシリア人難民だ。

ビダルは「大多数の患者が幼い子どもです。過酷な生活環境で、胸部感染症や胃腸炎にかかっています。栄養の豊富な食べ物が手に入りにくいため、子どもたちの多くが鉄・ビタミン欠乏に陥り、感染症への抵抗力がさらに低下しています」と報告する。

地元住民と難民の双方に援助を

MSFはトリポリ市内の国立病院で緊急処置室の支援も行っている。同病院は、レバノン北部で唯一の公立病院だ。MSFは2012年5月以降、国立病院スタッフの研修や、緊急医療に必要な医療物資・機器の提供も行ってきた。2地区の住民間の衝突が起こると、通常、負傷者の約40%をこのトリポリ国立病院が受け入れる。

2011年11月以降のシリア人難民のレバノン移入を受け、MSFは活動を調整し、新たな医療プログラムを立ち上げた。レバノンの人びとも難民の受け入れと支援に多大な努力を払っているが、トリポリやベッカー高原のような以前から貧しい地域を中心に、対応能力が限界に近付いている。

MSFスイスでレバノンの活動統括を担うグスタボ・フェルナンデス医師は「シリア人難民への援助と、難民を受け入れているレバノン側の人びとへの援助は、いずれも欠かせません。MSFは、宗教・政治的背景の別なく、質の高い医療の提供を続けていきます」と話す。

2013年8月23日、トリポリ市内2ヵ所のモスク近くで2件の爆発事件が発生。公式推計によると約800人が負傷し、48人が亡くなった。MSFは負傷者8人をジャバル・モフセンの診療所で治療、同じく10人をバーブ・タッバーネの診療所で治療した。合計18人のうち7人が重傷で、より大規模な病院に移送した。また、集中治療の必要な負傷者50人以上を、トリポリ国立病院の救急処置室が受け入れている。

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