レバノン: シリア人難民の出産環境の改善目指す

2013年08月20日掲載

「レバノンに着いた時は妊娠7ヵ月でした。シリアでは大勢の親戚が殺害され、私は恐怖でパニック状態でした。徒歩で何時間もかけてレバノンの国境を超えたのですが、出血が始まったので流産を心配しました」――アレッポから逃れてきたシリア人難民マリアムさん(18歳)はそう振り返る。

レバノンで活動する国境なき医師団(MSF)は、2013年4月、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)プロジェクトを発足させた。シリア人難民の玄関口ともなっているベッカー高原に滞在する難民の主要なニーズに対応するためだ。

MSFは、2013年4月より、レバノン東部のベッカー高原でリプロダクティブ・ヘルスケアを提供する診療所を3ヵ所運営している。MSFの熟練助産師(レバノン人)が6月末までに約850件の診療を行った。レバノンの第2都市であるトリポリでは、ダル・アル・ザハラ病院に設置したMSF診療所でリプロダクティブ・ヘルスケアのプログラムを展開しており、シリア人難民を対象に450件以上の診療を行った。2013年1月には家族計画サービスも開始し、6月末までの受診件数は118件に上った。

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テントの中、1人きりでの出産

マリアムさんの子どもをあやすMSFのミドルトン助産師

MSFのプロジェクト担当者であるマージー・ミドルトン助産師によると、女性たちの多くはレバノンまで1人でやってくる。家族や夫はシリアに残るしかなかったり、内戦で命を落としたりしている場合が多いのだという。

ミドルトン助産師は「妊娠中でありながら医療機関へ行っていない妊婦もいます。彼女たちは、産前ケアを受けていないので赤ちゃんの状態を確認できず、大きな不安を抱えています。精神的・肉体的なストレスが重なると、妊婦にとって非常に危険です」と指摘する。

難民の多くは受け入れ国に知人もおらず、地域の支援を得るのは困難だ。ミドルトン助産師は「妊娠している女性たちは、どこへ助けを求めれば良いのかわからないのです。テントの中で、1人で出産しなければならなかった女性たちもいると聞いています。それがどれほど危険か。恐怖と孤独の中で出産することが母親にとってどんなに辛いことか。助産師である私にとって非常に胸の痛む話です」と語る。

分娩費用の自己負担分も"壁"に

費用の問題もある。レバノンの産前ケアは、医師の診察、ビタミン剤の処方、交通費の支払いだけで20ドル相当(約1940円)になる。これは、日雇い労働者の1週間分の収入の半分以上にあたる。難民となった人びとだけでなく、レバノンの女性たちにとっても高額なのだ。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、難民登録の有無に関わらず、シリア人難民の分娩費用の75%を負担している。以前は全額負担であったが、資金不足によって75%に削減された。しかし、自己負担分の25%でさえ、多くの難民にとっては支払えない金額だ。さらに、ベッカー高原には、UNHCRの資金援助を受け、妊産婦を受け入れている病院が6ヵ所しかない。

分娩費用は、正常分娩で50ドル、帝王切開ならば200ドルだ。ミドルトン助産師は「支払えない難民の女性は、病院での診療を拒否されたり、難民登録カードを没収されたりする可能性があります。それは、医療費を支払うまで食糧配給券が貰えないということにつながります」と説明する。

劣悪な生活環境、粗末な食事

MSFの診療所で血圧測定を受ける妊婦

助産師など専門家の介助なしで行う自宅分娩は、一般的に大きなリスクを伴う。ほとんどの難民は不安定な生活環境にあり、リスクはいっそう高くなる。さらに、過密状態で不衛生な環境が妊婦の健康を脅かす。水溶性下痢の患者も報告されている。

性感染症も多く見られる。妊娠中に医療を受ける機会がなかったことや、給水・衛生設備の利用が不可能だったことなどが理由としてあげられる。感染症は早産の主因の1つとなる。

また、粗末な食生活も問題だ。多くの難民は基本的な食糧を買う余裕もない。胎児は育たず、母親自身も妊娠中の健康維持が困難となる。その結果、新生児にも栄養不良が見られる事態となっている。

MSFは、世界保健機関(WHO)の基準に基づき、妊婦1人に産前検診を4回実施することを目指している。問題や合併症が認められれば婦人科医を紹介し、無償で治療が受けられるように手配する。

MSFの診療所では、熟練した助産師が産前検診を提供している。また、レバノン到着後に陣痛が始まった場合や、問題が発生した場合に取るべき行動や助けを求める場所がわかるように、女性たちに危険な兆候を認識する方法や分娩計画の方法を教えている。

ミドルトン助産師は「陣痛が始まった妊婦が来院したことも何度かあります。緊急対応の準備は整っていますが、この診療所での分娩は推奨していません。分娩の85%が正常分娩であるとは言え、合併症などで追加的なケアが必要になった場合は、病院の分娩環境の方がはるかに安全だからです」と話す。

産後ケアと家族計画のニーズに対応する

出産後も、母親と新生児の健康は危険にさらされる。MSFは、産後ケアと家族計画サービスを提供している。女性たちには、産後1週間以内と6週間後の2回、産後ケアのために来院するように伝えている。2回目は希望に応じて避妊法を開始する目的もある。劣悪な環境での難民生活が続く間は妊娠を望まないという女性は多く、MSFは、家族計画に対する高い関心とニーズに対応している。

記事冒頭のマリアムさんもその1人だ。「夫も私も、しばらく子どもは欲しくないのです。シリアの状況は耐え難いほどひどくなり、レバノンでも不安の中で暮らしています」と話す。MSFがバールベックで運営する診療所に経口避妊薬をもらいに来た彼女の腕には、すでに赤ちゃんが抱かれている。

シリアから避難する途中やレバノンに到着した後も、情報不足や経済的な理由から避妊できなかった女性たちがいる。MSFは、難民女性を対象に、感染症、性感染症、婦人病などの治療も提供している。

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